「センセイ」という言葉はすごく重みがある
そして、今回の朝倉未来戦。類まれなストライカーの朝倉に対し、クレベルは強い柔術を軸とした思い切りのいい打撃、そして時に、相手を引き込むことも辞さない、下からの柔術のガードワークを武器とする。それは、現代MMAでは、タブー視されている危険なムーブだ。
「僕は、本当に自分の柔術を信じている。人生で生きていくなかで、大変なときがあって、それを乗り越えて、そこから強くなって成長してきた。試合も人生と同じで、良いときも悪いときもある。悪かったときに、大きな経験を積んで強くなった。みんな『ヒジ打ちありでグラウンドで下になるのは危ない』と言うけれど、今までたくさんそういった経験をしてきた。もしミクルがパンチやヒジを打って来たら、自分にとっては極めるチャンスがどんどん生まれてくる。僕が警戒すべきは、ミクルのコーナーゲームやロープゲームだ。コーナーやロープを掴む反則はしっかりチェックしてほしい」
【写真】2021年3月の前戦で強豪の摩嶋一整に、サトシ同様に三角絞めで一本勝ちしたクレベル。三角が入った瞬間に「Vou pegar!(極める)」と叫んだ。(C)RIZIN FF
“喧嘩屋対決”と喧伝されるが、坂本も関根も、クレベルが怒りをあらわにするときは、たいてい周囲のことだという。
「クレベルが熱くなるときって、自分のことじゃなくて周りに何かあったときなんです。例えば試合中に、相手コーチに生徒が突き飛ばされて怒ったり、友達に何かあったりとか、義侠心のようなものがある」(坂本)
【写真】ブルテリア・ボンサイジ柔術の入口に貼ってある朝倉未来のポスター。クレベルは「毎日見るよ」という。
その部分で朝倉未来と比較されることについて、クレベルは、「ミクルと違いがあるとしたら、僕たちの方が厳しい時代を過ごしてきた、ということ。悲しい話はいろいろあるけど、それだけに執着したくないんだ。いろいろ難しかったよ。彼は好き好んで自分からそっちの道に行ったかもしれないけど、僕にとっては行きたくて行ったわけじゃなくて、場合によってはギャングの道に巻き込まれてしまう可能性もあったんだ」という。
そうならなかったのは、ボンサイ柔術の仲間たちの力が大きい。
父の亡き後、サンパウロ本部を継いだダイは、リーマンショックで帰郷を迫られたクレベルが、様々な誘いを受けるなか、「マルキーニョスとサトシと一緒に住むといい。彼らとともに進んでほしい」と道を示した。
同い年のサトシもクレベルの良い資質を引き出してきた。クレベルが仲間のために会場でもめ事を起こして問題になったとき、破門されそうになったクレベルをサトシは涙を流して「自分が一緒にいるからチャンスをあげてほしい」とマルキーニョスを説得し、道場に留まらせた。そんなサトシが、RIZINのリング上にクレベルも引き上げたのだ。
そして、多くの偏見にさらされた日本で、敬意を獲得するきっかけも柔術だった。
「僕にとって“センセイ”という言葉はすごく重みがある。それは彼らにとって良き道を示す責任があるということ。セイトたちもその親たちとも、一人の人として接することが出来る。自分のことを格闘家として知っている人たちは敬意がある。
でも、反面、“ニッケイ”“ガイジン”として、差別的な思いを抱く人がいることも理解できる。ニッケイブラジル人の中にも悪いブラジル人がいて、それによって自分たちも影響を受けてしまうことも。
『日本で義務教育も受けてない日系人が一人で生きていくことなんてできない。だから自分を守るためにもギャングのメンバーになるしかなかった』という言葉を聞いたことがある。自分は、できれば証明したい。みんながみんな悪いブラジル人じゃない、柔術が君を守ってくれるよ、と」