ミャンマーという国を世界に知ってもらうために──
パントージャがプロになった2007年、まだヴァンは6歳だった。ミャンマーの山岳地帯で「友達と遊んでたよ。だって俺は田舎出身だし、そういう感じだからな。鼻水垂らしながら“サッカーでもしようぜ”って」という少年時代から、祖国を離れ、2017年にフロイド・メイウェザーとコナー・マクレガーが戦った試合で、MMAの存在を知った。
「当時の俺は高校生で、UFCとかMMAが何かすら知らなかったんだ。だから、今回の試合が『歴代最高のフライ級王者を倒す試合』と問われて、『デメトリアス・ジョンソンと比べてどうか?』と言われても、ジョンソンの試合を見たことが無いんだよ。俺が見てきたのはパントージャだけ。もちろんジョンソンが偉大なのは分かってる。でも今の俺にとっては、パントージャが一番の存在なんだよ。俺が見てきたものだからね」
かつて憧れた存在で、2人の間には11歳の差がある。メディアは、それをパントージャの言葉を引用し「旧世代と新世代の戦い」と位置付けるが、ヴァンはその括りを否定する。
「ああいう話は好きじゃないんだよ。相手が『歳を取ってるから』とか、そういう話をされたくない。若いとか年寄りとか、そういう構図にしたくないんだ。パントージャはみんなが“倒せない”と言う相手なんだ。それでいい。そこを変える必要はない。“歳だから”とか言わないでほしい。彼は最高の状態で来ると思うよ。だからそこだけ見てほしい」

(C)thefearlessmma1
ではなぜ、ヴァンにとって「今が新時代を切り開くのに最適なタイミング」なのか。
「UFCで敗北を喫して(※2024年7月にチャールズ・ジョンソンに3R KO負け)復帰して5連勝した。ここまでどれくらい早かったのかはよく分からない。だって俺は一度負けてるし、少し時間がかかった。でも今の自分の位置にはすごく満足してるよ。精神的にも肉体的にも準備が整ってる。神様は完璧な計画を持ってると思ってるし、全部理由があって起きてる。間違いなく今がベルトを賭けて戦う完璧なタイミングなんだ。5Rにわたる激闘に備えているのも間違いない。もしまた年間最優秀試合候補になるような戦いが必要なら、俺は準備万端だ」
フライ級戦線が活発化した現在、王者パントージャvs.1位ヴァンと同日に、2位モレノvs.5位・平良達郎が組まれ、翌週に3位ロイヴァルvs.6位ケイプの試合も待っている。さらに、前週ではタギル・ウランベコフに一本勝ちした元UFCコンテンダーの堀口恭司が8位にランクインした。
「ベルト取ったら、間違いなくたくさん選択肢があるよ。楽しみだ。でも、目の前の目標は12月6日に彼を倒すこと。それが終わったら、UFCが望むことをやるよ。誰と戦うかなんて、俺が選ぶ立場じゃない。彼は偉大なチャンピオンだ。俺たちの階級をどう代表しているかとか、そういう姿勢も好きだ。彼は自分を主張している。だから俺がレジェンドのパントージャと同じケージに立てるってだけで、もう言葉にならないよ、わかるだろ? それ自体が祝福なんだ。早くオクタゴンで彼と対面したい」
この試合の意味は、現UFC世界王者で最年少の王者になることや、アジア初の男子世界王者になることよりも、ヴァンにとって大事なことがある。
「ミャンマーにベルトを持ち帰ること──それが一番大きい意味のひとつだよ。ミャンマーという国を世界に知ってもらうためにね。みんなミャンマーを知らないし、名前すらうまく言えないから。だから自分がミャンマーを代表して戦えるのは、自分の人生の中でも最高の瞬間のひとつになると思う。母も家族も、教会の牧師も来るんだ。自分が積み上げてきたものを見せて、国を代表するのが待ちきれないよ。12月6日(日本時間7日)が来るのが本当に楽しみだ」──ミャンマーの国旗の中央に位置する星のごとく、ジョシュア・ヴァンは、世界最高峰の舞台で大きく輝くか。




