▼第13試合 幸輝興業株式会社 presents INNOVATIONウェルター級(66.67kg)タイトルマッチ 3分5R
×番長兇侍(Hard worker/JAPAN KICKBOXING INNOVATION/王者)
判定0-3 ※48-49、48-49、47-49
○太聖(岡山ジム/JAPAN KICKBOXING INNOVATION/挑戦者)
※太聖が新王座に就く。
1勝1敗で迎えた3戦目は、太聖の地元興行で行われる番長の初防衛戦。
1R、走り込んで奇襲をかけた太聖だったがこれは空振り。そして、驚いたことにオーソドックススタイルのはずの番長がサウスポーに構えている。“全弾フルスイング”と呼ばれる強打者の番長は、決して技巧派ではないだけに意外。だが、太聖に動じる様子はなく、逆に右ミドルが好ヒットする他、右縦ヒジ打ちなどサウスポー相手に定石の右先行の攻撃が有効。
番長は蹴り始めに合わせられた太聖の軽いワンツーに転倒するあたり、サウスポーの付け焼刃感は否めない。実際、試合後に太聖に「あのスイッチはどうだったか?」と訊くと「右の攻撃がバンバン当たるのでラッキーだった」と振り返ったが、露骨な作戦失敗だったかもしれない。しかし、番長の左ミドルキックやロングレンジのパンチは強烈で必倒の恐ろしさは十分。
2R早速、番長はオーソドックススタイルに戻している。そこからはこれまでの過去2戦をプレイバックするに近い互角の攻防。強打の番長とトリッキーな太聖。3Rも同様で、インターバル中の中間採点発表は、ジャッジ2名が太聖を支持し、1名がイーブン。
4R、スタミナが尽きる気配もない太聖は、機動力豊富に手数を増やしてあらゆる技にトライする。その貪欲さが顕著な反面、番長は消極的ではないが勢いにやや飲まれている印象。しかも番長はいつしか左肩を盛んに気にしだしており、肩の亜脱臼などを連想される動きも見せる。
互いを「ズッ友」と呼び合う親友対決ではあるが、太聖はそんな番長の陰りに目もくれず勝利のみに集中している。左腕が使えないまでではないがパンチ中心で動けなくなった様子の番長は、ローキックとミドルキックを基調に戦略を立て直している様子。その間、太聖は集中力を研ぎ澄まし、持てるすべてを出そうと気を吐く。
5R、そんな太聖の気魄に合わせるように番長も全力を吐き出しにかかる。これに太聖は、一見同じフルスイングパンチの左右で応え、キックボクシングのタイトルマッチでありながら西部劇中の豪快な殴り合いの様相となる。
終盤には、太聖は胴まわし回転蹴りを連発。太聖の死力を尽くす積極性は十二分に伝わってきた。試合が終わり、判定を待つ間、番長は挑戦者コーナーに笑顔で歩み寄り「チャンピオン、おめでとう!」と負けを認めて祝福。何か吹っ切れたような爽やかさを残した。
判定は、前王者の自覚通り勝者、太聖。新王者の誕生に本人は人目もはばからず号泣。
太聖のリング上インタビュー「やっとです! 僕のように4度もベルトに挑戦させていただける人はいないと思います。これも田村さん(岡山ジム相談役の田村信明氏)や岡山ジムの皆のお陰です! やっと、やっっっと、チャンピオンになれました! 番長選手は、フルスイングの強打で、僕は意外と打たれ弱いんですけど、ウッ先生(岡山ジムのタイ人トレーナー)と作戦を考えて勝てました。INNOVATIONのチャンピオンになれたので、次は、大きな舞台に挑戦していきたいです! 是非、シュートボクシングのベルトに絡ませていただきたいです。宍戸先生(“ミスターSB”宍戸大樹のことだが先生の敬称をつけたのはテンパっているからだと思われる)には、バックブロー(実際はバックドロップ)でTKO勝ちしているので。僕みたいにセンスがなくって、顔だってカッコ悪い男だってベルトが巻けました。む、報われました!(大泣) これからだと思うので、よろしくお願いいたします! (ここで横にいた師匠のウッがその場で拳立伏せを命じ号令とともに20回をこなし、立ち上がってハグ。太聖は号泣。ウッの目にも涙)」
▼第12試合 セントラルグループ presents 岡山ZAIMAX MUAYTHAI 65kg賞金トーナメント 準決勝戦(Bブロック)3分3R延長1R
○小川 翔(OISHI GYM/WBCムエタイ日本ライト級王者)
判定3-0 ※29-27、30-28、30-26
×山口裕人(山口道場/JAPAN KICKBOXING INNOVATION/WPMF世界スーパーライト級暫定王者)
※小川が決勝戦進出。
名古屋の小川と大阪の山口。この組み合わせが今までなかったのが不思議なほどの好カードがここで実現。優勝に向けて集中力高まる両雄は、共にベテランでもあり集中力を高めながらやや早歩きでも悠々と花道ブリッジを渡り抜けリングイン。
1R、滑らかなジャブからサークリングの山口。静かに待ち構える小川。お互いの右ローキックが交錯する。どちらも強烈。山口はギラギラと猛獣の眼。小川は仮面のようなポーカーフェイス。山口の右ストレートが頭にも腹にも強振される。当たれば必倒の威力を感じさせる。これを小川は完璧に防御しながら細かく左右ローキックを返す。空手出身の小川の下段蹴り(ローキック)はコンパクトで、どの試合においても小刻みにリターンされるが、そうプログラミングされているマシーンのように冷酷で正確。それでいながら上段蹴りも左右、ムエタイ的なテンカオも含め技が多彩。
青コーナーでコーナーマンを務める弟“マッドピエロ”山口侑馬の口からは「巧いな」と感嘆が漏れ出てしまう。小川は、左ハイキックも好打。それにしても攻撃的な山口の攻めは派手で、小川の高度なディフェンステクニックにほぼ阻まれようとアピール度は高く、試合のイニシアティブは下がりながらも小川が取っているようだが、互角にも取れる印象。ド派手な山口と“地味ツヨ”小川の個性が浮き彫りとなる。
そして2R、この日のベストラウンドと断言していい大波乱のドラマを迎える。
山口の速いジャブはソリッドでパシーンとヒットするが、それにもすかさず小川は下段蹴りを返す。山口のワンツーが入る。強烈に見えるが、小川はディフェンス力が高いだけでなく打たれ強さも相当(もしくは顎を引き額でパンチを受けるなど当てられ方も巧いのかもしれない)で、やはりすぐにローキックを返す。表情は怖いくらいに能面チックな超冷静。見間違いかもしれないが山口は頭突きで先行するような強引な飛び込みさえ見せて、前進し倒しに行く。こちらは狂気の形相でまさに“クレイジーピエロ”。対極の個性がぶつかり合う名勝負が奏でられる中、ラウンド終盤近く、突然、試合は変調しクライマックスが訪れる。
見事な山口の右バックハンドブローが直撃する。シンプルに放たれたそれは、おそらくそれまでに様々な仕掛けが交えられ当たるように仕向けられていたのだろう。小川は尻餅をつき、それを見た山口は「ヨッシャ!」とガッツポーズでコーナーに下がる。が、小川はそれこそ一瞬で立ち上がる。
これを凝視していたレフェリーは短時間に考慮してこれをノーダウン(スリップ)とした。しかし、ダウンを確信していた山口はすでに小川に背を向けている。試合は中断されていない。「ダウンじゃない続行だ!」とリングサイドの関係者が山口に怒鳴る。「えっ?」と振り向くと、そこには臨戦態勢の小川が能面を外して修羅と化し襲い来る修羅場。猛烈な打ち合いが数秒続く。まるでサンドバッグの追い込みのような勢いでパンチを叩き込み合う。
その中で小川の右ストレートがクロスカウンターで撃ち抜かれ山口ダウン。場内は嬌声(いや驚声か)に包まれる。侑馬は「なんじゃーっ!」と怒声を上げる。無理もない。ラウンド終了まで数秒を残して続行。幻のダウンを奪った山口がものの数秒でKO負け寸前の大ピンチに陥っている。混乱。フラフラの山口、早回しのビデオの様に正確なパンチを速く連打する鬼の小川。ゴング。
重要なインターバル。山口コーナーは、何やら怒鳴りながらも最終回に向けて回復作業に努めている。小川は一気呵成。青白い炎がオレンジ色から真っ赤に燃え上がっているようだ。
3R、国内有数の技巧者でもある両雄がラフに激しく打ち合う。まさに勝負の刻。普段の試合ならこの展開に舌なめずりの山口だが、深刻過ぎるダメージに猶予がなさ過ぎる。小川とて損傷は甚大なはずだが、勢いは小川に大きく傾いている。ラフと表現したが、小川の攻撃はそれでもバリエーション豊かで正確、美しい。それは長年の修練による賜物だろう。例えば優れた画家なら殴り書きでも美しい絵を描いてみせるように。それは山口も同様で、放たれる攻撃はすべて必倒の威力を保っている。
閑話休題。以前、興味深い話を山口から聞いた。天性のKOファイターにしか見えない山口は「試合で常に倒すことなど狙っていない」と言ったのだ。彼のこれまでの激烈なKO劇は「常に“狙ったホームラン”ではなく“ヒット狙い”が伸びてホームランになる」ようなものだったのだと。それで23勝のうち16KOを叩き出してきたのだ。
鬼の二人は必死。これは準決勝戦。勝てば次にファイナルマッチがある。が、そんなことは微塵も思考にないだろう。高度なレベルの打ち合いが滅茶苦茶に交錯する。観客にとっては黄金の時間。ファイターとその仲間にとっては地獄の最中。バリエーション豊かな小川の攻撃はスクランブル時でも美しい。山口の猛打はそれでも唸りを上げ続ける。試合終了のゴングがかき鳴らされる。
判定は聞くまでもなく小川のユナニマス。最大4ポイント差をつけたジャッジもいる。
「判定が出た瞬間」ではなく「試合が終了した途端」に大石陽一郎会長の切れ長の眼が光り、小川の決勝戦への準備が始められていた。
山口陣営は、納得いかないこともあるだろう。しかし、その場で抗議するでもなく足早にコーナーから去っていく。口では悪態を振りまいても山口兄弟と山口道場一同は、スポーツマンシップ豊かで素晴らしい。書き加えれば、山口と小川は、試合が終わって笑顔で抱擁しあい、互いを称えあっていた。これがファイティングスポーツ競技の真骨頂。
これ程の試合は滅多にあるものではなく、豪華な当興行のメイン数試合はまだ残っているが「これがベストバウトで間違いない」と思わせる熱戦。
ところが、残す後半戦の佳境、驚きはまだここから加速する。
▼第11試合 セントラルグループ presents 岡山ZAIMAX MUAYTHAI 65kg賞金トーナメント 準決勝戦(Aブロック)3分3R延長1R
○タップロン・ハーデスワークアウト(タイ/ハーデスワークアウトジム/元WMC世界フェザー級王者)
判定3-0 ※30-28、30-28、29-28
×マサ佐藤(名護ムエタイスクール/英雄伝説64kg級アジア王者)
※タップロンが決勝戦進出
前試合に続いてちびっ子・タップロンと共に入場のタイ人強豪は、共に金色のトランクスに履き替えており、つまりはトーナメントの勝ち上がりを当然としている。沖縄北部から乗り込んできた“やんばる将軍”マサ佐藤は、大勝負への緊張感か、より闘志を高めていることがわかる昂ぶりが隠し切れない入場。
1R、タフネス評価が高い佐藤は、相手の攻撃を受けて返すことが身についているのか、防御はボディーワーク少なめのアームブロック中心であることから、パンチ安全圏の外から強烈な右ローキックを叩きこむタップロンには都合よく、パンチの左右連打からのコンビネーションも叩き込まれ手数で大きく引けを取ってしまう。動きが滑らかで肘打ちも織り交ぜ技が多彩なタップロンが“柔”ならば、強引に構わず硬いパンチやローキックを振り回す佐藤は“剛”のイメージ。
2R、1Rを取られたと見たか、佐藤がギアを上げて機動をアップ。相打ちでも強打を叩き込もうと手数をあげる。しかし、タップロンは佐藤が狙う攻撃は事前にほぼ見切っている具合でディフェンス成功率が高い。逆に佐藤は、多彩なタップロンの攻撃、しかも数々の強豪をKOしてきたそれを次々被弾はするが、分厚い鎧の装甲がごとく打たれ強さが尋常ではなく、ポイントは取られてもダメージはごく少量しか芯に伝わっていない様子でもある。
それはタップロンが左フック→左右ボディーブロー→右ローキックといったコンビネーションを全てヒットした時も同様で、腹にも脚にも装甲は巻かれているらしい。特にタップロンの左右ローキックは何発も入っているのだが、試合後、普通に歩いていた佐藤は「脚は全然大丈夫です」と語っていた(ついで「頭はもっと平気です」とも)。
しかし、ポイントはどうしても上げられてしまうわけで、スロースターターの佐藤は3Rの得点ゲームに弱い。だが、ラウンド終盤、初戦の翔貴戦で倒した一発ほどではないものの、やっとのこと右ストレートをねじ込むことに成功した。タップロンは、決して打たれ強い方ではないが、これには顎を引きガッチリ耐えてみせる。
インターバル中の採点経過報告は、当然「ジャッジ3名がタップロンを支持」だが、深々と赤コーナーの椅子に座るタップロンの様子がややおかしい。眼が泳いでる。青コーナー、佐藤陣営は「効いてるぞ!」と最終ラウンドに気勢を上げる。
3R、佐藤はギア全開で前に出て打ちまくる。スタミナも無尽蔵に見えるフィジカル強タイプだけに、この動きが初回から出せれば恐ろしいのだが、そのもどかしさも含めて佐藤の個性ではある。下がるタップロン。小走りに追う佐藤。青コーナーは「チャンス、チャンス!」と声を上げる。
だがしかし、バックステップを踏みながらも返しに強烈な左ローキックや左テンカオを当てるのはテクニシャンのタップロン。が、構わず佐藤は前に出続ける。「あと少し!」とセコンド声も空しくゴングは鳴り、判定は2ポイント差が2名、1ポイント差が1名のタップロン完勝となる。
決勝戦進出のタップロンは、どう見ても疲弊し、脚も引き摺っている。佐藤はケロリ。コーナーマンから「決勝戦の代打出動があるかもしれない」とリザーバーとなる幸運の準備さえしている模様。見事な勝利だが、タップロンの闘いの真骨頂はここから佳境を迎える。