日本の方が長くいて、より日本人だから日本国歌にしたかった
──難しい質問ですが、今回このベルトを獲るのに、一番苦労したことはなんですか。
「一番大変だったのは、(ファイトキャンプをして)自分の家族が一緒にいられなくて色々、子供たちとも遊べないのが、それが一番大変。何か考えてると、疲れる。練習しないでもういきます(となってしまう)。あとはたぶんダイエット(減量)かな。私、2カ月半、日本にいなくて家族が近くにいない、それが寂しかった。だからたぶん、それが一番難しいな。でも自分にはドリームある。すぐにチャンプに行きたかったけど、自分は色々我慢して、すぐにベルトを獲れたから、すごい嬉しいです」
──海外で、米国のATTと、タイのタイガームエタイやプーケット・ファイト・クラブ、バンタォ・ムエタイMMA等で練習した成果が今回きちんと出たと解釈していますか?
「もちろん私は前からやっていた練習で、ファイトクラブでいっぱい練習した。当たり前にこれで変わってる。なので日本に戻ったらもっと自信がついて、アメリカでもっと練習したら強くなる。プーケットでもムエタイのチャンピオンがいっぱいいて、みんな有名で強い。私は戻ったらもっと強くなってもっと自信になっている。日本に戻ったらみんないつも『どうですか? 自信ある?』と聞くけど、自信ある。それがすごい変わった。3週間前に日本に戻ったら、自分の柔術スタイルだけ決まっているのは当たり前。日本の外の練習したら、もっと自信が変わる。それが本当に変わっているよ」
──試合前の国歌斉唱を、ブラジル国歌ではなく日本国歌にしたのはどんな思いがあったのですか?
「私、ブラジル人。みんなそれは分かってる。私、14歳で日本に来てもうすぐ20年、日本にいる。全部自分にはある。家族いる、自分も友人もみんなが助けてくれて、チャンピオンになったら(今度は)日本を助けたい。私は日本を大リスペクトだから。でも私はブラジルと日本のハーフ。だけど私は日本の方が長くいるから、より日本人。だから今日、日本の国歌(にするの)は当たり前。日本に助けられて、サポートしてもらっている。私は本当は血はブラジル人だけど、いつも助けてくれているのは全部日本だから、日本がありがたい。今日は国歌は日本のものでいきたい、なんで? それは、ずっとここまで自分を日本が助けてるから」
──試合が終わった後に追悼していたのはアントニオ猪木さんのことですか?
「アントニオ猪木さんはもう日本のレジェンド。ヴァーリトゥードプロレスリングで、病気が悪化して死んじゃったから。日本だけじゃなくて世界がそれを寂しがっている。彼は日本のレジェンドで、日本のファイターたちは、彼がいなくなったから、このモーメントはちょっと難しい。彼は日本でめっちゃレジェンドで、昔のファイターだったらみんなそれが分かっている。令和世代はみんなもう知らないけど、彼は日本のレジェンドだから、私めっちゃリスペクトしている」