もし父が提案したら、僕は全部やらなきゃいけない。ライオンだろうが、熊だろうが、鷲だろうが
自宅を改築したジムで、息子を鍛えるために自身のすべてを注ぎ込んだアブドゥルマナプは、ある日、ハビブに驚くべき提案をする。
「お父さんが『熊とレスリングしたいか?』って聞いてきたことがあって。『うん。もちろん。やるよ!』って答えたんだ(笑)。だって、もしお父さんが何かを提案したら、僕は全部やらなきゃいけない。ライオンだろうが、熊だろうが、鷲だろうが構わない。やらなきゃ。あの熊はリアルじゃないというか森にいるような野性の熊ではなくて、サーカス熊だったんだけど、彼は多分、柔術は茶帯だね(笑)。僕のこと2回もテイクダウンしたんだよ。3回だったかな。正確には覚えてないけど、僕もテイクダウンしたよ。あの子、強かったな(笑)」
9歳のハビブ少年のシングルレッグをがぶる小熊、なおもダブルレッグでテイクダウンするハビブ。背中をつけず足を効かせてすぐに立ち上がる熊。逆に立ち上がった熊は片手で脇を差して、もう片方の手でニータップでヒザを折り、テイクダウンを決める。尻餅をついたハビブにバックを奪おうとする熊。ハビブは股下に腕を差し込みスイッチから上を取り返し、脇を差しに行くが、熊も脇を差し返していく──熊とともに、ほとんどレスリングの攻防を繰り広げたヌルマゴメドフの動画は瞬く間に世界中に拡散された。小熊と互角に組み合うハビブを父はどんな想いで見つめていただろうか。
「ダゲスタン人はなぜそんなにタフなのか」と問われたヌルマゴメドフは、レスリングがその根底にあることを語っている。
「みんな好きでスポーツをやっているからかな。みんなMMAのことが好きだし、レスリングが好きだし。僕のレスリングキャリアで言えば、4、5歳からスタートしてるけど、みんな大体がそれくらいの歳から始めてる。小学校に通い始める前に、みんなレスリングに行くんだ。『レスリングに挑戦する』ということが伝統だからね。ダゲスタンの人間にとってはフリースタイルレスリングがトラディショナル・スポーツなんだ」と、身に沁みついていることだという。
「僕はこれまでを通して、フリースタイルレスリング、柔道、コンバットサンボをやって、8年前にプロMMAファイターになり、その4年後にUFCファイターになった。楽しいからやっていたというか、自分がトレーニングをしていなかったらどういう人間になっていたかは想像もつかないんだ。何も分からないな。自分というのはただトレーニングとともにある。それが僕の人生」
練習に励み、試合に臨み、またジムに戻る。その繰り返しの日々を父と送ってきた。
「お父さんは僕のコーチであり、ここ(米国)に来ることになって、AKA(アメリカン・キックボクシング・アカデミー)のハビア・メンデスがヘッドコーチに就いたけど、人生においてやはり自分のコーチは父親で、お父さんは家でもジムでも、いつでもどこでも常に自分を鍛えてくれた。“お父さんは、僕のすべて”さ」
この2年後に初めてUFCの王座に挑戦することになる28歳の青年ハビブは、何の躊躇もなく「父が自分のすべて」だと言い切っていた。