「頭が痛いので出来ません」と気軽に言える関係を
ドクターによれば、頭部へのダメージは蓄積されたものである可能性があるという。
「あとで主治医の先生に聞いたところ、頭のなかに400ccくらい血が溜まっていたようで、でも幸い脳には傷が無くて、脳の外側の『硬膜』の脳側に出血があって、その出血で脳が圧迫されて、意識を失って倒れたようでした。倒れた日の以前から、『出血して固まった痕がいくつかあるから、少しずつ出血はあったんじゃないか』と言われています。CT(検査)ではそれは分かなくて、MRIじゃないと分かりませんでした」
石渡は、普段から怪我について考えていなかったら、今回のように早めの行動は出来なかったという。
「夜中に『手術が終わりました』と報告を受け、本人に会えたのは数日後でした。無事手術が成功し、意識が回復し、奇跡的に後遺症も無く、いま彼は元気に生活しています。格闘家にとっては、日常のなかで起きた事なので本当にショックな出来事でした。でも、あの時早く119番していて良かったと、ほんとうに思います」
2017年の年末に石渡は、3試合を戦い抜くなかで記憶を失い、入院。その後、長期欠場となっている。
「僕も定期的にMRIを撮るのですが、過去の出血した痕はあったんです。“あのときかな”とかいろいろ思うのですが、その出血がもし広がっていたら死んでいたかもしれない。選手は、それ(リスク)を分かっていなくて、中途半端にやっているんだったら、辞めた方がいいと思います。このことはジムの後輩たちにも伝えています」
文字通りのフルコンタクトである格闘技で、プロのファイターとして戦う、あるいは戦うまでのプロセスは常に危険が伴うものであり、傷つき・傷つかせるなかで、その覚悟とともに知っておくべきことがある。
「後から聞いた話ですが、本人はその日、頭痛があったそうです。状況によっては、防ぐことが難しい部分もあるのですが、そういう状況を作らないこと。『今日、頭が痛いので出来ません』と気軽に言える関係であれば……。たとえ、互いに試合前で勝ってもらいたいと考えたとしても、『練習を休みます』と言いづらくさせた関係性を作った自分も反省でした」
石渡の告白に、SNSでは様々な反響があった。永井は、「この件について頭痛がありながらやったのは自分で、前の試合で負けて強くなろう! 強くなろう! と焦った結果です。石渡さんは何も悪くありません」と記している。
リスクを伴わないスポーツはない。それは人生においても同様だ。しかし、ファイトするという行為が、長年、特殊なメンタルを育んだのもたしかだ。
「試合後や練習で時々、永井が『頭が痛いです』という日があって、気になっていました。僕も結構、頭痛が多いので、脳内出血のことなどを調べていたことがあって、あの時“もしかして”と思ってピンときました。今回、脳内出血について、自分の頭のなかにあったから、多少なりとも動けたというのもあります。
ただ、ボクシングを習っていたときも『殴られたら頭は痛いのは当たり前だから』『もう何ラウンド行くぞ』とか、周囲からよく言われていたので、初期の頃はそういうものだ、という刷り込みもありました。それを格闘技界の多くがやっているから、頭部へのダメージについて麻痺しちゃっている。ネガティブにとられると困りますが、『とても危険なことをしている』ということに目を逸らしてはいけない」と、石渡はあらためて警鐘を鳴らす。