2019年7月2日、永井佑虎(当時26)は、東京・墨田区向島にある総合格闘技ジム「CAVE」での練習中に体調を崩し、救急車で運ばれ緊急手術、一命をとりとめた。
その後、2020年3月17日に「ご報告」として、「本日でパンクラスでプロデビューして丁度一年経ちました。この度、総合格闘家を引退いたします。昨年の7月2日の練習中、頭部に怪我を負い引退せざる得ない状況になりました。とても悔しい気持ちでいっぱいで気持ちに整理がつかずご報告が遅くなりました」と、SNSで引退を表明。
そして、7月3日、「昨日で怪我をして丁度一年経ちました。一昨日は術後一年健診も受けて一旦通院も終わりました。本当に生きてて良かったです。病院の先生に本当に感謝してます。昨日は一年前の事が色々頭に浮かんできてなんかまた悔しくなってきました。時間が解決してくれるとは思いますが……」と、1年前に怪我から手術を行い、現在は通院の必要が無くなったことを報告した。
その永井のツイートに合わせて、CAVEの先輩の石渡伸太郎が、「時間だけでは解決出来ないんじゃないか! また夢中になれる何かを探して頑張れ! いまこそ」と返答し、永井の1年前の「怪我」について、それが自身とのスパーリング後に起きたことであることを明かした。
「一年前自分とのスパーリングで(永井は)急性硬膜下血腫になってしまいました。緊急手術をして奇跡的に後遺症も無く元気になってくれました。本当に格闘技は死と隣合わせだと再認識しました。今後少しでもこういった事が減るように当時の様子を書きます」
本誌では、石渡と永井の投稿を踏まえ、あらためて取材を行った。今回のインタビユーで、格闘技のみならず、すべてのスポーツの現場で起こりうる怪我のリスクと、それを減らすためにすべきことについて考えたい。
だんだん視界が白くなっていった
永井佑虎の名前が格闘技メディア以外でも広く報道されたのは、TOKYO MXで放送されたスポーツ情報番組『BE-BOP SPORTS』でのことだった。同番組内の企画「PANCRASE REBELS TRYOUT」MMA篇は、「Team 石渡」と「Team 北岡」を率いる両コーチが推薦選手を育成し、その選手同士が対戦するというもの。
立ち技部門では、梅野源治推薦の岡本璃奈(後にぱんちゃん璃奈にリングネームを変更)と、不可思推薦の川島江理沙(クロスポイント吉祥寺)が対戦し人気を博しており、MMA篇でもブレークが期待されていた。
そんななか、石渡に推薦された永井は、もともと石渡の米国フォークスタイルレスリング合宿にも同行するなど信頼が厚く、同地でのイジースタイルレスリングでは練習の初日に怪我を負ったものの、見取り稽古で参加し、そのエッセンンスを身に付けるなど熱心なところを見せて来た。石渡も「練習を欠かさず一生懸命で、ずっと目をかけていました」という。
2018年11月の「PANCRASE REBELS TRYOUT」では、北岡推薦の四家達規に判定勝ち、賞金30万とプロデビューが約束されると、その後、2019年3月のPANCRASE・廣川懸三戦で1R TKO勝ち。続く同年5月の平岡将英戦では判定負けでプロ初黒星を喫していた。
アマチュア3勝1敗、プロ2勝1敗、これから白星を積み重ねる必要がある永井は、2019年7月2日、いつものようにCAVEプロ練習に参加し、石渡とのスパーリングに臨んだ。永井は、当時についてこう振り返る。
「あの日のスパーリングの1週間前にもスパーリングがあって。スパー後にちょっと頭痛を感じていたので、次のスパーの前日に病院にCT検査に行っていたんです。結果は『特に異常はない』ということでした。試合での課題も見えていたので、そこを埋めたくて、あの日もスパーリングに臨みました」
石渡は、「日時を決めて、その日はスパーリングだけをやろうと。実力差があるので、向こう(永井)はヘッドギア着用の16オンス、そして僕は強打をしないライトコンタクト──6、7割の強さでやりました」と、そのときのスパーリングの状況を振り返る。
永井はこの日のスパーリング前も、頭痛を感じていたという。
「当日も少し頭が痛いな、とは感じていました。それで、スパーリング中にだんだん視界が少し白くなっていったように感じて。後半に石渡さんからマットに座らされたことは覚えています。それもしんどくなって、『ちょっと横になります』と言って、そこから痙攣して、以降は記憶がありません」