大塚は以前よりブロッキングを多用していた
——準決勝の相手はカリッド・タハに一本勝ちした大塚隆史選手に決まりました。あの試合は当日に見ていたのですか。
「試合の日はなんとなくモニターで見た程度で、翌日に映像を見ました。5分ぐらいですけど、いくつか大塚選手が考えていることが分かったんです。公開練習のときのインタビューと彼の試合を見て、意図が感じられました」
——それは打撃に関することでしょうか。
「もう2回も戦ったので……、これは別に言ってもいいと思うんですけど、公開練習で『キックボクシングを練習してきた』って言ってたじゃないですか。それでタハ戦を見たら、ブロッキングをするようになったのが分かったんです。つまり打撃をしっかり見よう、しっかり受けようという気持ちになっているのが分かった。それが一つの軸になったというか。以前よりブロッキングをするし、前よりも打撃を怖がらなくなっていた。よく見るようになって、自分からも積極的に仕掛ける。しかもきれいに仕掛けるようになっていたんです」
——大塚選手がK-1やKrushファイターたちとスパーをしていくなかで打撃に自信がつき、スタイルにも変化があったと。
「相手の打撃に負けないで、その上で組んでテイクダウンを取るということをやりたいんだろうなと自分は読んだんです。“打撃で負けないで”と思っている。こっちとしては、そこを負けさせてやることしかないわけです」
——うーん、勝負で勝つというのはかくも奥が深く、心技体、人柄も出ますね。“打撃で負けない”と強化してきた相手に、まずはそこを崩そうと石渡選手は考えた。ところで、大塚選手がタハを最後にネックロック、ギロチンで仕留めたことはどう感じましたか。
「あれはタハがいくつかミスをしているし、僕はこういう風にはならないだろうなと思って、特に警戒はしていなかったです」
——あの際でタハがスイッチを仕掛けたことで捨て身気味になってしまった。しかし、大塚選手の組みが強いことは疑いようがない。石渡選手との試合では初っ端、大塚選手が左を振ったところに石渡選手は右をかぶせようとして、そこにカウンターで前足にローシングルで入られました。あれは想定内でしたか。
「いえ、あそこは転んじゃったって思いました。立つ自信はありましたけど、あれはミスでしたね。どこかで挽回しないといけないなと思いました」
──フックガードから立ち上り際にバックに回らせず、コーナーを背に立ちました。ケージとリングではそのあたりも変わってきますか。
「いまケージに行ったらたぶん違和感ありますね。いまはもうリングのほうに慣れちゃっています。円形に近いのと四角では空間が違う。それが一番、大きいです」
——福岡で久しぶりにリングでやって、その後も練習してきてアジャストできた感じなんですか?
「試合前に『リングで練習してきた』って言ってたんですけど、実際はほとんどできなかったんです。ただ、前回の試合でやった感覚がそのまま残っていたから大丈夫でした。その意味では、実戦って強くなるなと思いましたね。パンチも右で倒した感覚が残っていたから、早くこれを当てたいなと思っていたくらいで」
——しかし、最初にダウンを喫したのは石渡選手でした。最初ワンツーで前に出ていって、さらに右フックを打ったところに……。
「ワンツーで左のストレートを打ったときに、(体が)左に入った。それで打った右にカウンター食って倒れたんです」
——ワンツーからロープに詰めて追って行きましたよね。そこからちょっと不思議な間がありました。バランスを崩したような……。何というか……、どこかを傷めているように見えましたが……。
「それは…………誰しも古傷はあります。ましてやこのときは2試合目なんで、そういった部分が出ることはあって、踏ん張れなかったり。それは競技人生でずっとついてまわるから、大事な場面で出なければ……このときはたまたまバランスを崩してもらってしまいました。ただ、もらった瞬間は見えてないですけど、倒れてもクラクラしているとかそういうのはなかった。フラッシュダウン的な感じでダメージはそれほどなくて、立つときに1、2発パウンドを受けながら……腹立ったんですよ、久しぶりに。試合中に怒ってた」
大塚に“こじ開けられて”、試合中に怒っていた
——何に対して怒ったんですかね。
「何、殴ってんだよと思って(笑)。コイツ、ぶっ飛ばしてやろうと思ってました」
——石渡伸太郎、怒りモードに入ったと。たしかにフラッシュダウンから右で脇差しすぐに立って、左は引手を持ったら、かなり強引に大外刈で……。
「投げました。そのへんまではほぼ体が勝手に動いた感じです」
——柔道時代に培った動きが、ああいう場面で無意識に出るんですね。倒して、気持ちが感じられる強いパウンドを打ちました。
「そこから記憶がちゃんとしているシーンはトップを取っていて……とにかく怒ってました(笑)。ケンカの気持ちになってましたね」
——ダウンを取られた直後に、ああいった形でやり返せるのはファイターとしての強みだと思いました。
「自分では“2つ”持っていると思っているので。格闘技と、格闘技のここ(胸を指して)をこじ開けられると、ファイト──闘争心そのものが出てくるっていう。そこを大塚選手がこじ開けてきたんだなと思っています」
——第2エンジンがあるわけですね。パウンドして、上体を離せば足を蹴って、足を払ってはフットスタンプと強気で盛り返しました。1Rが終わった時点では、ジャッジをどうとらえていましたか。
「たぶん印象的には俺が負けてるんだろうなと思ったんです。でも、2人の間では1個、自分が上に立ったなというのはあったんです。“大塚と僕の間では”。互いのやりとりでは1枚上に立ったなという手応えがあったんです」
——……ファイターならではの感覚なのでしょうね。相手を飲んだ、コントロールして優位に進められるという。
「正直、試合前は大塚選手を倒すんだったらKOでないと難しいと思ってたんです。判定で競り勝つのは、彼に対しては難しいかもしれないと。ビッグダメージを与えないと勝てないんじゃないかというのはありました。でも、あの1Rが終わったときに、競り勝てると思ったんです」
——競り合いでも勝てる、と。2R目は先に自分から前に出て、ボディストレートなど下も突きながら圧力をかけて行きました。
「見ているお客さんにはあまり伝わらなかったかもしれませんけど……、大塚選手、ダメージを蓄積させていたと思います。よろけてつまずくようなシーン、滑っているように見えたと思うんですけど、戦ってる者からするとダウンに近い。大塚選手に言わせたら違うって言うかもしれないですけど(笑)。それこそペッシの顔面に打ったやつを、ブロック1枚挟んでいますけど、何発も被弾させているので、結構ダメージは蓄積させたと思います。ボディにも相当いいのが入ってたんで。逆に、コイツ偉いなと思いました。気合入れてきたんだなと思って、大塚選手から苦しくても負けないぞという気持ちが伝わってきて……」
——大塚選手も、2014年の大晦日に、同じさいたまスーパーアリーナで石渡選手に敗れたことを忘れたことはないと思います。観ているこちらもテレビで“失われた10年”などと言われると、失われてないぞ、という気持ちになりました。
「……あの大塚選手がグラグラ揺れながらも倒れずに向かってくる姿や表情を見て、……敵ですけど、仲間みたいな気持ちもありましたよ。あぁ、コイツもここに賭けてきてくれてるんだなって」
高い志を持った仲間のような気持ちで戦っていた
——互いの細かい攻防の積み重ねのなかで、心も体も技も、それぞれに勝負がある。大塚選手は打撃から頭の位置をすっと落としたレベルチェンジが巧みで、シングルレッグも得意としています。片足を掴まれた石渡選手はスネを外に当ててテイクダウンを防ぎながら、コーナーを背にした。そこからバックを奪う熱い攻防がありました。そんななかで、大塚選手の組み手に対し、石渡選手は差していた右腕を内側に入れて、ある部分を持ったじゃないですか。あそこはバックを取られる可能性は……。
「……よく見てますね。詳しくは言えないですけど、あそこはイジー・レスリング(※ジョンジョーンズらを指導するイジー・マルチネスによるシカゴのジム)で練習してきた成果が出ています。よく見る攻防のようですけど、手足の位置とか変形がされているから、たぶんコピーはできないはずです。あれは……」
——なるほど……。五輪レスリングでなく、カレッジレスリングや壁レスリング、そしてMMAならではの格闘技の醍醐味があります。そこに石渡選手が学んでいるムエタイクリンチや、ユニファイドならヒジ打ちも入ってくるわけですから、格闘技は面白いものですね。
「格闘技は相対的なものでもあるから、相手の反応によっても変わってきます。大塚選手にクラッチを深く組まれたら、そこも変えなくちゃいけない。そこはすごく警戒しました。次のアタックが来たら即行、動こうと注意はしていました」
——2Rに2回、その攻防がありましたが、石渡選手はテイクダウンもバックも取らせず、ブレークとなりました。大塚選手のローブローを受けた後、3Rへ。ここでは決定的な場面を作ろうと?
「2R後にコーナーに帰ってきてセコンドに、『ダメージは俺が与えてると思いますけど、見てどうですか?』って聞いたら、『どう取られるか分からないから3R目、勝負かけて前に出たほうがいい、倒しに行っていいよ』って言われて、『多少リスクはありますけどいいですか?』って聞いたら、『勝負しにいこう』って言われたので『分かりました』って。で、少し距離を近くしました。プレッシャーを強くして」
——たしかに3R、先に圧力をかけて行った石渡選手は、サウスポーからコーナーに詰めて右フックで飛び込みました。それを上体を屈めてかわした大塚選手がそのままヒザを着きながらカウンターのダブルレッグに入って、石渡選手は尻餅を着かされました。でも、すぐに片足は後方に飛ばして切って、大塚選手は右足を両足で挟んでシングルレッグに切り替えてバックに回りました。あの場面、一瞬後ろにつかれましたが、石渡選手はクラッチはさせずに正対して離れることに成功しました。力の入る攻防でした。
「あそこは、ダブルレッグを切ったときに自分でもよく反応したなと思いました。米国修業の成果が出たなと思いながら切ってました」
——スタンドでは再び圧力をかけて右ボディストレート、左ハイから左ストレートを受けた大塚選手が押し返しにきて、右の蹴りから右フックで跳び込んできました。そこに石渡選手は左フックをかぶせてダウンを奪い返しました。下がりながら当てましたね。
「あれ、外から見るとフックに見えると思うんですけど、カウンターのストレートを頭ずらしながら打っています。コナー・マクレガーと一緒で、自分の得意技のひとつです」
——ヘッドスリップからのカウンター、サウスポーのマクレガーが見せる動きと同じパンチだったんですね。大塚選手がダウンした瞬間、サッカーキックも速かったです。
「人の顔が近づくと蹴る右足になってるみたいで(笑)。ダウンさせてから蹴るスピードは誰よりも速いんじゃないかと思います。元々パンクラスにはあったけど無くなったから、RIZIN初戦のムサカエフ戦では出なかった。それが今回は出ました」
——さらに左フックで大塚選手が再びダウン気味に足を手繰りに来たところをがぶって切ってサッカーキック。続けて左右の猛ラッシュでした。拳は大丈夫かな、と思うぐらいの。
「ちょっと痛めてましたけど。ただ、我慢できないほどの痛みじゃなかったので。もう少し細かいのを当てたかったんですけど、ちょっと力んじゃいました。決定的な場面は作りましたけど、次の試合への期待感も持たせないといけないと思って倒しに行ったんですけど……KOで押し切らないといけないシーンだったなと、後で見て思いました」
——「次の試合への期待感も」と、あの場面で思えるものですか……。しっかりコーナーに詰めてボディにも打ち分けて上下効かせていたように見えました。
「トーナメント(で次の試合がある)というのもあったんですが、フィニッシュしないといけないなって」
——終わって握手をして、互いに少し言葉をかわしていましたね。
「さっき言ったような、本物の格闘技を見せる、高い志を持った仲間のような気持ちで戦っていたので、終わった瞬間、『ありがとう』って言いましたね」