グローブタッチのときに言ったんですよ。「来たよ」って
——GP準決勝で大塚選手が積み上げてきたものも感じられる試合だっただけに、あらためて相手の夢をその体で直接潰して勝ち上る格闘技のシビアさを感じました。しかし、これで2試合をクリア。その日のうちにもう1試合ある、というのは……。
「正直に言うと、そんなに余裕は無かったんです。ほんとうに1個ずつやっと勝ち上がってきたので、辛かったですね。帰りたかったです(笑)。今日まだやんのか、嘘でしょって感じでした」
——……準決勝が3年ぶりの再戦という大一番で、続けてここ数年の集大成的な試合が2日間で3試合目というのは、どう考えてもタフなものでしょうね……。数時間後の試合に向けて、もう1回、どのように作り直したのでしょうか。
「マジかよって思ったのは試合後の5分ぐらいで、そこからは、じゃあ準備しなきゃ、とまた試合前の準備に追われてました。イチロー選手じゃないですけど、ルーティンがあるので、それが時間がかかるので早くやらなきゃ、みたいな」
——単にアップだけではない、石渡選手独自のルーティンがあると。
「今回の試合に向けて、自分のコンディションと向き合う方法を見つけたんです。傍から見たらそんなに変わらないかもしれないですけど。練習仲間からよく言われてたんです。『本気でやってないんじゃないかって思うくらい調子の良くないときと、逆にどうしたんだっていう強いときがある』と。自分でもそれは分かっていて、コンディションの浮き沈みがすごくある。その波がなんなのかということを競技生活を長くやってきて、やっと見つけたんです。怪我とかは別にして、今回そのやり方で、いいときの状態で持っている力を全部使って戦えたというのはあります」
—─それはコンディショニングトレーナーらと作ってきた?
「そうです」
——もう少し教えてください。試合前にそのコンディションと向き合う方法では、どんなことをするのですか。
「そうですね……細かすぎるんですけど、関節可動域とか、筋肉の固さとか、そういったものをチェックするような感じです。それを決勝に上がるときもちゃんと保っていました」
——でも満身創痍というか、いろいろな部分に負傷があった。次、戦えるのかなとは思わなかったですか?
「当然、痛かったですけど…………、あと15分終わって死んじゃったら、しょうがないって、そういう覚悟はあったので」
——……そんなことはあってはいけないですけど……そういう覚悟を決めて試合に向かっていたということは、想像はできます。堀口恭司vsマネル・ケイプの準決勝はモニターで見ていたのですか?
「見てました。マネル・ケイプ、打たれ強いなと思って。天才肌なんだろうなと思いました」
——あの態度はいただけないものの。
「態度は、堀口選手に対してはなぜか紳士的でしたけど、俺に対しては終わってからもなんかやってたので……。堀口くんが言っていたように僕も、MMAを野球やサッカーのようにスポーツとして認知させたいって思いがあります。……同じ大会でも、体重超過の問題とかもあって、ちゃんと競技者としてやっている人間を見せたかった。だから、ああいうケイプの態度はファンが楽しければいいかなと思う部分もありますけど、ある程度わきまえてやってほしいと思っていました」
——たしかに。試合では、ケイプのバッティングで堀口選手の意識が飛びました。そのピンチから持ち直してテイクダウンに切り替えての一本勝ちを見て、どのように感じていましたか。
「やっぱ半端じゃないなと思いました。強さを見せつけたというか。練習の幅、練習量、そういったことが出ていました。あのバッティングは効いてましたから。足の動きが明らかに落ちていたし。そこから切り替えて一本取ったのが本当にすごいなと思いました」
──そして決勝戦。花道で咆哮して、リングに向かいました。この時の気持ちは?
「頑張ろうって。2日で3試合目なので、いい意味で力は抜けていましたね」
──先に石渡選手が入場して、堀口選手が続けてリングイン。サイドステップでリングを一周したときに、コーナーにいた石渡選手に拳をコツンと合わせにきましたね。
「そうでしたね。だから、自分もリング中央でのグローブタッチのときに言ったんですよ。『来たよ』って。約束通りに(決勝に)来たよって」
──そうだったんですか……。堀口選手の反応は?
「無言で肩をペンペンって叩いてきました。そうか、これから戦うんだなって僕も思って、コーナーに戻りました」
すごく楽しかった。日本刀で突き付けられているようで
——互いに4年前と比べて、様々な面で強くなっている。今回の堀口戦に向け、どんな作戦を考えていましたか。
「作戦は……最後の結果とはすごく矛盾しますけど、追いかけない。カウンターを合わせるっていうものでした」
——あの飛び込みに。たしかに合わせようとしてましたね、入ってきたところに右を。
「堀口くんはやっぱり最初、容易には入ってこなかったです。そこが賢いですよね。そこでポコンと入ってきてくれれば僕にもチャンスがあった。でも試合の入りが凄く慎重だった」
——1R最初の1分30秒過ぎまで、共に間合いを測りつつ緊張感ある神経戦でした。「先の先」「対の先」「後の先」どれもがあるような。堀口選手は牽制の前足へのローと右ミドル。この入りをどう感じていましたか。
「何て言うか……これ視聴率大丈夫なのかなと考えてしまいました。生放送だと聞いていたので、このやりとりは伝わるのかなと。勝負どころを作りにいかないといけないなと思いました」
——そんなことまで気にしていましたか……。堀口選手は左右スイッチしながら出入りのフェイント。そこに石渡選手は“反応”をしていました。カウンターを合わせようと。
「堀口くん、全部入ってくるフェイントでチェックしているんです、僕の動きを。だから同じ動作をしないように気を付けました。もし全部右でかぶせていると、それに対応した攻撃で飛び込んでくるので。喧嘩四つで前手と前手が触角みたいに触れたときも、足の位置や手の位置、全部測りながらやっている。叩いたときのリアクションも全部見てる……でも、あのときすごく楽しかったんです。日本刀で突き付けられているような感じで、ゾクゾクするというか」
——拳が交錯していなくても互いに斬り合っている、と。
「何かの瞬間に少し甘いリアクションとかをすると、『駄目だ、もっと集中だ』みたいな感じでした。本当に一斬りされたら終わりだって感じていました」
——あのメインの雰囲気はタイトルマッチのような空気、さいたまスーパーアリーナでいえばヒョードルvsミルコ戦のときのような厳粛な空間でした。2人が勝ち上ってきたことへの敬意が観衆から感じられて。でも、その序盤で「生中継だ」と言われたことがひっかかってしまった……。
「スポーツを見せると言いながらそれに徹し切れず、自信を持ち切れなかった自分の負けなのかなと思います。……普段あんまりハイキックなんて狙いに行かないのに、それで結果蹴り足を掴まれて倒されているので……」
——ただあの蹴り、結構ハードヒットしているんです。
「カウンターで入ってましたね。相手がのけぞってそこに左(フック)でも殴ったんです。少し効いたかなって」
——はい。でも堀口選手はその蹴り足を肩口まで上げてスラムしてきました。堀口選手、フィジカルも強くなっているなと感じました。
「そうですね。あの対処も素晴らしいというか。足を下ろせなかったです。僕、片足立ちであんな風に転ばされることは滅多にないんですけどね。それに体の強さには正直、驚きました。体が強くなっているなというのは、公開練習のときに見て分かっていたんですけど……」
——あの公開練習で堀口選手はシャドーだけでした。その動きで、直に見ると分かるのですか。
「分かります。体格が以前と違うのも感じたし。動きのキレや安定感で体が強くなってることは分かってたんですけど、実際に組んだら……もう本当にそれ以上でした。コツコツ受けてるパウンドが、これまで経験したことがないようなパウンドでした」
堀口選手のパウンドで何度もブラックアウトしていた
——石渡選手の身体に異変があったにしても、ああいう形でもらい続けることはこれまでに無かった。
「初めてですね、あんなことをされたの。プレッシャーが凄かったです。パウンドはハファエル・シウバのそれでした」
——日本人選手にない、海外選手のフィジカルだった。グラウンドになってからも、ほとんど背中を着くことがない石渡選手が背中をつけさせられました。
「圧力そうとう強かったですね……。パウンドのプレッシャーと、パスガード、サブミッションのプレッシャーもかけてきてたし」
——腰を切られてパスされかかった足をハーフに戻して、「もう1回フレームを作れ」という植松直哉コーチの声に、石渡選手が顔の前に腕を入れようとしていました。そこからああいう形で後ろを向くことは、普段の石渡選手の試合からは想像できませんでした。
「……おかしいと思いますよね。あのときの自分の状態では、ああせざるを得なかったんで……それが必要以上の大きなリアクションにはなってしまいましたけど……そうでなくても、抑え込まれているときに、彼がとんでもない量の練習をやってきていることを、肩で感じました」
——マウントを取ってからの堀口選手のパンチがえげつない音がしていました。
「打ってくるパンチがとんでもないパンチなんです。一発一発、目の前が暗くなる。脳みそが中心まで殴られているような……。気がついたときには、リングの外に顔が出て殴られてたんです。あのとき、1回、1回、ブラックアウトしていました。ダウンするようなパンチを数十発、打たれていたような感じで。殴られて気が飛んで、殴られて気が戻って……それでセコンドの声が、『立て、立て』って聞こえてきて、“立たなきゃ”と思って……」
——残り20秒以上あって、一発ごとにブラックアウトしていた……。アゴも上るようなパウンドを受けていたのに、ロープ外に出ていた頭を自分で中に戻して、コーナーを背に立ち上ったというのですか……。
「一瞬、気が戻ったときに声が聞こえて、もう無意識ですね」
——体に染みついた動きでコーナーを使って無意識に立ち上がった。このときも大塚戦のダウン後のように、けんかモードになったんです。覚えていますか。
「いまは覚えてます。沸いてるなと思ってました。お客さん沸いてるわって。そこで前に出て打ち勝てたので。ただ……今となってみれば、あそこは(堀口が)付き合わなかっただけなんだなとは思います」
——気持ちは感じました。やってやるぞという
「本能的な部分ですね。元々そういう性格です(苦笑)」
「次もらったら立ってられないから勝負しに行くよ」って
——1R終わった時点で相当ダメージがあったと思うのですが、インターバルではどう考えていましたか。
「帰ってきて言ったんです、セコンドに。『次もらったら立ってられないから、自分から出て、倒されるかもしれないけど、勝負しに行くよ』って」
——…………。
「ブラックアウトして起きての繰り返しだったので、次もらったらブッ飛ぶのが分かっていたので、自分から勝負しようと。あそこでまた1Rの序盤みたいに、じりじりやられて殺されたら後悔するじゃないですか。だから前に出て……。でも、試合前に絶対にやっちゃいけないことは、堀口の近くに行くことだって思ってたんです」
——……それなのに、最後は自ら近くに行った。
「そうせざるを得ない状況を作られちゃったので」
——セコンドに宣言した通り、2Rは一気に前へ。作戦では「追わない」と決めていたのに、追っていった。堀口選手の右ミドルと石渡選手の右ストレートが相打ちになって、さらに詰めて行った。
「あそこで少し嫌がっているように見えたんです。それで前がかりになって、また大塚戦と同じミスをしている」
——左を振って崩れたところを打ち抜かれた。痛めた箇所のために踏ん張れていないんじゃないですか。
「……それはたぶんそうじゃなくてもバランスを崩していたと思います。あの瞬間、僕は見えてないし。堀口はしっかり見てる。ワンミスを許してくれない。強い選手とやると、一つミスするとそれがフィニッシュにつながるので。たいていの選手は1個、2個ミスしても見逃される。あるいは気付かない。でも堀口くんはそれを許してくれない。それが、実力の差なんだなって感じます」
——カウンターで右をもらって、前のめりに倒れて、すぐに追撃のパウンドをもらった。冒頭で話してもらった通り、試合直後は記憶は無かったわけですよね。
「終わったときに、上を見たら人が集まっていて、『寝てて、寝てて』って言われて、『嫌だ、嫌だ』って言って。『堀口くんのところに行きたい』って言って、堀口くんに挨拶しに行って、セコンドに挨拶して……そこまでは覚えてるんです。そこから覚えてない。リングサイドに1回座って、表彰式を待っているところが一瞬、プツッとあって、あとは医務室にいた」
——自分がいる場所も分からず、RIZINに出たということさえも飛んでいた記憶が、徐々に戻ってきて、こうしていま詳しく話してもらっていることにホッとしています。
「記憶が戻ってきた当初は、やられたシーンばかりがフラッシュバックするんですよ……。マウントで殴られているシーンとか。だから……悔しさだけがずっと残っていて」