▼第7試合 ONEウェルター級(-83.9kg)MMA 5分3R
×イシ・フィティケフ(豪州/トンガ/Gracie Jiu-Jitsu Smeaton Grange) 133.8 lbs, 1.0116
[1R 終了時 TKO]
〇チェイス・マン(米国/The LC)183.8 lbs, 1.0107
豪州・トンガ系ベテラン、イシ・フィティケフが、無敗でONE初参戦の米国人ファイター、チェイス・マンと対戦する。
フィティケフは当初、12月の『ONE Fight Night 38』で無敗のトルコ人ファイター、ジャービル・ジャブライロフと対戦する予定だったが、ジャブライロフが負傷欠場したため中止に。
新たにマンと対戦する豪州シドニーを拠点とする33歳のフィティケは、この試合で3連勝を狙う。フィティケフはラグビーから格闘技に転向し、2022年11月にMMA7戦全勝の完璧な戦績でONEに参戦した。
ONEデビュー戦はルスラン・エミベック・ウフールに僅差のスプリット判定で敗れたが、ONE初陣で逆境に直面したグレイシー柔術スミートン・グランジ所属のフィティケフは、2023年4月の『ONE Fight Night 9』でブラジルのヴァミール・ダ・シウバに1Rリアネイキドチョークで一本勝ち、ONE初勝利を飾った。
さらに、勢いの止まらないフィティケフは2024年の『ONE 168:デンバー』で手塚裕之に判定勝ち。手塚の5連勝を止めた。ここで3連勝を決めれば、タイトル挑戦に一歩近づく流れだ。
今回の対戦相手チェイス・マンは、北米MMAで有望な無敗スターの一人だ。29歳のマンはプロ6戦全勝の戦績を提げて、待望のONEデビューを果たす。オールラウンドファイターのマンは、その内4勝をフィニッシュ、2KO、2一本を収め、高いフィニッシュ能力を誇示している。
マンにとってONEデビュー戦で経験豊富なベテランのフィティケフは、かなり厳しい相手だが、ここで勝利すれば、一気にタイトル戦線に浮上するチャンスでもある。
1R、詰めるフィティケフにダブルレッグテイクダウンのマン。コーナーで立つフィティケフのバックを奪い、引き込みリアネイキドチョーク狙い。さらにトップに戻り、腰を引き寄せるが、コーナーで立ったフィティケフ。小外刈テイクダウン狙うマンに、すぐに立つフィティケフ。
両差しのフィティケフだが、崩したのはマン。立ち際のフィティケフにバッククリンチから小外刈テイクダウン。リアネイキドチョーク狙い。作らせないフィティケフは正対立ち上がり、右で差して押し込みも体を入れ替えたマンが、四つから小外からテイクダウン。ここも立つフィティケフに押し込み右ヒザを突くマン。フィティケフはシングルレッグに入るが、右ヒザから折れて尻餅。マンは崩れ際に右を当ててパウンド。ゴング。
A knee injury leaves Isi Fitikefu unable to continue, and Chase Mann improves to 7-0 in his ONE debut 👊#ONEFightNight39 | 🔴 LIVE NOW
— ONE Championship (@ONEChampionship) January 24, 2026
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フィティケフは右ヒザを痛めたか、コーナーに戻るが椅子から立ち際に崩れ、ゴングが鳴らされた。
1R終了後、TKOでマンがONEデビュー戦を白星で飾った。
公式プロフィールによれば、マンは、アーカンソー州の中心部、パラグールドとレイクシティという小さな町で、畑や農場に囲まれて育った。両親は、彼の幼少期ずっと薬物依存症に苦しんでいたという。そのため、マン家の子供たちは両親の家と祖父母の家を行き来する生活を送っていた。マンも軽微な器物損壊で逮捕された後、裁判所命令を受けたセラピストがマンの両親を説得し、ローズ・ランチという宗教系治療施設にマンを入院させた。ある朝、突然、彼の家にトラックがやって来た。作業員たちは荷物をまとめて彼を車に乗せ、ウォームスプリングスを目指して北へ1時間かけて出発した。9カ月の予定だったプログラムが、永久に残る傷跡を残す1カ月となってしまったという。施設の職員はマンを含む子供たちを殴り、娯楽として互いに戦わせることさえした。ローズ・ランチに入所して29日目には、職員がトイレのドアを蹴破り、首の周りに手形が残るほどの激しい暴行を加えた。両親は、その翌日に初めて訪ねた際に彼のあざを見て、すぐにローズ牧場から彼を連れ出した。
「両親は私をそこから救い出し、訴訟を起こしたんです。でも、その後、また薬物依存が再発してしまいました。それが、両親が自分を責めて、本当にどん底に落ちた大きな原因だったんです。あそこではひどい身体的虐待が横行していました。FBIの強制捜査で、多くの従業員があらゆる種類の暴行で刑務所行きになりました。店は閉鎖され、オーナーは逮捕されました。ひどい状況でした」
19歳の時、すべてが変わった。アーカンソー州出身の彼は、第一子の誕生を喜び、たちまち新たな人生を歩み始めました。
「娘が生まれた瞬間、私の中で何かが目覚めたような気がしました。神様が私を地に足をつけさせてくれました。神様は私の命を救ってくれました。それは間違いありません」
15歳の時、兄がブラジリアン柔術を練習しているのを見て、少しの間練習を始めた。フットボールに専念し、クォーターバックとして活躍し、様々な大学から奨学金のオファーを受けていたマンは最終的にはそれらを断った。娘の出産後、闘志をパワーリフティングに注ぎ込み、州記録と全米記録を樹立。700ポンドのスクワットも成功たが、21歳の時、何かがひらめいた。パワーリフティングジムで、ブラジリアン柔術とムエタイをやっていた友人が、小さな格闘技プログラムを運営していたのだ。
マンはそこで短期間トレーニングを積んだが、その後、アーカンソー州ウォルナットリッジにある「The LC」という強豪校の存在を知った。ウェルター級の有望株だった彼は、その学校に入学してみることにした。そして、最初のセッションで彼は大きな衝撃を受けた。
「最初の夜、女の子に絞め落とされて『ここが私のいるべき場所だ』って思ったんです。働き始めたその日から、家に帰って彼女に『ねえ、これやる。これやりたい』って言ったんです。すると彼女は賛成してくれたんです」
その後数年間、マンは格闘技のあらゆる分野でスキルを磨き、グラップリングのトーナメントにも出場し、実力を試した。そして2021年9月、ついにアマチュア総合格闘技の試合に初参戦。リアネイキッドチョークで90秒で勝利を収めた。アマチュア時代にはさらに3勝を挙げ、2023年2月にタイトルを獲得。
4カ月後にプロデビューを果たし、完璧な成績を収め、6勝0敗、フィニッシュ率80%を記録している。
「無敗記録についてよく聞かれますが、あまり気にしていません。ただ、もっと上手くなり続けたいだけです。常に目指しているのは、完璧なプレーをすることです。コーチを誇りに思わせたい。妻を誇りに思わせたい。アーカンソー州を誇りに思わせたいんです。ここで何かを築こうとしているんです。私と同じように何もないところから来た子供たちに、何でもできるってことを見せたいんです。自分を信じ、神が味方してくれれば、正しい心構えさえあれば、何でもできる。私はレガシーを残したいんです。ONEで世界のトップ選手たちと戦い、自分の実力を証明したかった。見てみたかったし、確かめたかった。そして、それが実際に実現したのは本当に信じられないことだった」──マンは、貧困と依存症の悪循環に陥ったすべての若者のために、そして、変革は可能であると知る必要のあるすべての人々のために戦う。



