MMA
インタビュー

【ONE】快挙、アドリアーノを初回KOで王者となった若松佑弥「相手も疲れていて俺も休みたいっていう自分の弱さを打ち砕いて、前に出た」

2025/03/28 09:03

さまざまなことを犠牲にして賭けてきたから、これが最後の我儘だと──

──試合後の反響はいかがでしたか。

「いろいろメッセージがきて、ちょっと初めてだったんで、もう誰が知り合いなのか、分かんなくなっちゃって。もう見るのが怖くなっちゃって。携帯開いても自分の試合とか、家族で写真撮ったりとか、そういうのしか見れなくて、既読すると忘れちゃうじゃないですか。なんで(そのままにして)結構、もう数日、ボケってしてて全然(返事を)返せたりとかもしてなくて、ちょっと慣れないっていうか。返したい気持ちはめっちゃあるんですけども。子供の世話もあるし、全然もう見れてないんですよね」

──そういった反響も含めて“すごい大きい仕事をやってのけた”っていう実感はちょっとずつ湧いてくるでしょうか。

「そうですね。でもなんか本当に俺が? みたいな感じが……そんなこと言われても、急にそうなったんで。夢見てる感じで、どうしたらいいんだろう、みたいな感じです」

──それでジム(TRIBE TOKYO MMA)に行ったんですよね。

「そうなんですよ。とりあえずもうジムに行って。月火水も顔出しちゃって。お世話になった人、チームの人たちに、やっぱりまずは感謝を伝えたいっていう思いで。あと、最初は靖国神社に。試合の次の日に親戚とかもいたんで、ご先祖様というか英霊たちに(ベルトを)見せたいなと思って。おじいちゃんとか向こうの人(鹿児島県出身)が、普段来ないんですけど来てたんで、みんなで“九段の(花の)下で会おう”と。一番最初に思って、そこに行ったんです。

 ジムでは、長南(亮・TRIBE代表)さんや、堀江(登志幸・トレーナー)さんとか、トレーナー陣に感謝を伝えて。普段と変わらない感じで。多分、長南さんも自分と同じ気持ちなのかなって。まだふわふわしたっていうか、現実的に受け入れてないのかなって。何喋ったらいいんだろうみたいな。特に今までと変わんない感じで、普通にジムに行って練習ちょっと見て。みんな気を遣うんで、練習終わって掃除ぐらいのタイミングで行って、ベルトを持って見てもらいました」

──リング上でベルトのボタンを気にしていたお子さんはその後、謎が解けましたか。

「なんかもう、今は全然興味ないようです(笑)」

──ジムで胴上げされていましたが、気分は?

「初めてだったんで。もうなんか、変な慣れてない陰キャみたいな感じで、どうも……みたいな(苦笑)。ああいうことは普段ないんでちょっと恥ずかしかったんです」

──ファイターからも素晴らしい試合だった、という声が多かったです。チャンピオンになった実感はいつ頃持てそうですか。

「嬉しいですね、やっぱり。でもこれでいいのかなっていう感じはあります。それがブレーキじゃないですけどいい塩梅で。半分はやっぱり嬉しいんですけど、自分は陰と陽を大事にしてるんで、どちらかに振り過ぎちゃうと、やっぱり調子に乗っちゃうんで、こう(ベルトを)見たら実感は湧くんで。。でも片づけたら冷めるという感じです」

──調子に乗るような感じには見えないのですが。

「いや、でも今まで生きてきた中で、僕、結構調子に乗って……あの、痛い思いしてきたんで(苦笑)。もう散々調子に乗って飛んできた人間なんで。それがなんか恐怖なんですよね。蹴落とされるっていうか。でも、父親になったことが大きいです。子供たちがいるんで下手なことは言えない。それが一番ですね。これが僕が独身とかだったら、もうハチャメチャだったかもしれないです(一同笑)。いまは守るものがあるんで。チャンピオンとしてだけじゃなくて、人として」

──かっこいい父親になりたいと仰っていましたが。

「これを死ぬまで続けないといけないなという。これで調子こいて変わってしまったらそれは違うと思うので。自分が信じていたことが自信になった感覚ですね。もし今回負けていたら、もうほんとうに終わっていたかもしれない。本当、ゼロか百かっていうか。もうラスト、今回も自分はやるべきことをやるだけやったんで、負けたらもう本当にもう辞めようっていう、そんくらいの気持ちでした。もう多分、糸が切れたような感じになってたと思います。

 でも、これで間違いなかったっていうことが、今回これで証明されたんで。ということは、引き続きそれをもっと磨いていこうっていう感覚によりなりましたね」

──今回負けたら辞めようと……。

「自分の中でやりたいことやって、家族も犠牲にして、食事だったり。もうすべての生活をかけて、もう最後だって。もうこれで最後で周りにわがままを聞いてもらって、自分がやりたいようにやったんで。さすがにもうこれで負けたら、みんなにそんなことは(お願い)できないなと思って。もう限界だったというか。だってこれで負けたら、それは正解じゃないというわけじゃないですか。その時はめっちゃ落ちていたと思います」

──今回の試合のために、試合前は家族と距離を置いてきたわけですね。

「そうですね。実家の方に行ってもらって別居して。母と弟が近くに住んでるんですけど。今回も俺が食事代とかお金出すから、とお願いして2人預けて、もうすべて自分がやりたいようにして」

──試合前に自分の気持ちにも甘えが出ないように?

「それもですし、やっぱり僕は何回も言ってたんですけど、特攻隊とかそういう精神が好きで。全てを犠牲にして散っていった人間だと思うので。僕はそれを体現したいと思って。生か死かの、そういう時代があって。死んでも、犠牲になっても守るという。今のご時世、経験する必要はないですけど、勝手に自分で“どんな気持ちなんだろう”と想像して。家族と離れて自分をもう極限まで追い込んで、それをやりたかったという感じです」

──特攻隊の精神が戦う時のメンタリティに近いのではと感じる?

「そうですね、ただ以前と自分も違うのは、戦略も野生だけじゃなくて、戦略だったり技術だったりも兼ね備えた上で、“もう負けてもいいや”ぐらいな感じなんです。前の自分は負けに行ってるような感じで、全力を出して負けるならいいんですが、バカみたいに殴り合いして負けるとかじゃないんです。やることやってきたから、もう戦略とかは身についていて“あとは無理、行こう”と、ひたすら弱い自分を打ちのめすイメージっていうだけですね。そこで技術とか考えてたら遅れるんで」

──10代の頃はやんちゃだったそうですが、今だとあまりそのイメージが湧かんないんですが、どこが転換点だったのですか?

「鹿児島から18歳の時に出てきたっていうのも、向こうのヤンチャ系の人達も、悪いことしてたらやっぱり痛い目に合うんだなって思って。そこで1回“もう俺は真面目に生きる”って思って。でも、まだ全然荒削りなんで、そこからデビュー戦で負けたり、親友が亡くなったり、仏教学んだり、いろんな出来事があってどんどん削られていって丸くなって、今に至る感じですね」

──木喰のような仏像彫もされていますね。

「『バガボンド』の宮本武蔵が彫っているシーンがきっかけで(木彫)、やっぱりそういう境地の人が彫るってことは、なにか意味があると思って。仏を彫るのって、弱い自分を認めて、そこに向き合う意味もあります」

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