2021年4月8日、シンガポール・インドアスタジアムで「ONE on TNT 1」が開催され、米国時間のプライムタイムに「TNT」にて放送。北米ユニファイドルールとは異なるONE Championshipのルールでの決着に、UFCやBellatorファイターらが反応、大きな反響を呼んでいる。
ONEの北米進出第1弾大会のメインイベントは、ONE世界フライ級タイトルマッチ。王者アドリアーノ・モラエス(ブラジル)に、GP覇者にして挑戦者のデメトリアス・ジョンソン(米国)が挑んだ。
モラエスは、生後わずか数日でブラジルの首都ブラジリアの路上に放置され、孤児院で育ったという厳しい幼少時代を過ごした過去を持つが、格闘技で生計を立てるようになり、現在はアメリカントップチーム(ATT)に所属し、堀口恭司らと練習を積んで、今回のタイトルマッチの準備をしてきた。
対するDJことデメトリウス・ジョンソンは、元UFC世界フライ級王者で、ONEフライ級ワールドGP優勝者。UFCではヘンリー・セフードに敗れるまで、UFC史上最多となる11度の王座防衛に成功。2019年3月からONEフライ級ワールドグランプリに参戦し、若松佑弥、和田竜光、ダニー・キンガッドを下し、優勝を遂げている。
北米市場では、ATTで研磨する不屈の王者と、北米メジャーのレジェンドによるメインイベントともいえる。
そんななか、先制したのはモラエスだった。
オーソドックス構えのDJにいきなり右のカーフキックをヒット。これはセコンドで日本のシュートボクシングに参戦経験を持つATTのカテウ・キビスが得意とする動き。スイッチを常とするDJは、顔色を変えずに前足を入れ替えたが、長身のモラエスを相手に長い距離は不利と植え付けられただろう。
続くモラエスの右ミドルを被弾しながらも、ジョンソンは打ち終わりに組みつきテイクダウン。しかし、下のモラエスはすぐに外がけから足関節狙い、足を抜くジョンソンに片足タックルの要領でついて行くトランジッションで、上を取り返すことに成功している。1Rからペースはモラエスのものだった。
2Rにフィニッシュは訪れた。
再び右カーフキック狙いのモラエスは、さらに左ミドルハイキックと中間距離を蹴りで制すると、続けて右の蹴りへ。その蹴り足を掴んで詰めてきたDJにモラエスは右アッパー!
後方に倒れたDJは左で脇を差して立ち上がろうとするが、その立ち際を左手で頭を固定したモラエスは、ONEでは許されている3点ポジションでの頭部へのヒザ蹴りへ! 再び後方にダウンするジョンソンにパウンドの連打でレフェリーを呼び込んだ。
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ピットブル「サッカーキックも許可してくれるといいのだけど」
このユニファイドルールでは禁止のヒザ蹴りのフィニッシュに、北米ファイターたちが大きく反応した。
PRIDEファンで、Bellatorライト級2位、RIZINライト級トーナメント準優勝のパトリッキー・フレイレは、「おめでとうモラエス。歴代の名選手を相手に素晴らしいパフォーマンスだった。ユニファイドルールの一環として、グラウンドでの頭へのヒザ蹴りが必要だ。サッカーキックも許可してくれるといいのだけど」。
UFCファイターのルイス・ペーニャは「(グラウンドに)接地された相手へのヒザはどこでも合法でなければいけない」。
BellatorからONE、UFCでも活躍したベン・アスクレンは、「グラウンドの相手へのヒザ蹴りはONEでは合法です。ONEの最高のルールです!」。
そして、3月にUFCで世界バンタム級王座を争った2人も、このシーンに反応した。
マットに片ヒザ着きのときに顔面に反則のヒザ蹴りを受けて試合続行不可能となり、新王者に就いたアルジャメイン・スターリングと、反則のヒザ蹴りを打ち込んでしまったピョートル・ヤンだ。
ONEでのモラエスのグラウンドでの頭部へのヒザ蹴りに、スターリングは、「これが、UFCのMMAでダウンした対戦相手へのヒザ蹴りが悪質でイリーガルな理由だ! この場合、米国ではヒザ蹴りが許可されておらず、マイティマウスはより安全に保護されて立ち上がることが出来る。マイティマウスが大丈夫だといいけれど……。これが僕がそれらのルールに同意しない理由だ」とツイート。
その投稿の後に、スターリングと因縁のあるヤンは「アドリアーノ・モラエスおめでとう! いいヒザ蹴りだった。そしてDJがすぐに回復したのは良かった」と、同門のATTの練習仲間のKO勝利を祝福している。
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試合前にDJが言っていた「戦いのなかに安全なポジションなんか無い」
実は、このグラウンド状態での頭部へのヒザ蹴りについて、3月の『UFC 259』の試合後、DJ自身は、「(ユニファイドルールの)ダウンした相手へのグラウンド状態での頭部への蹴り禁止は修正した方がいい」とコメントをしている。
「そうすることで試合や動きも続くようになると思う。コーチが自分によく言ってくれるんだけど、『なぜ選手がグラウンドにヒザをついたときに、何ができるかな? 何はできないんだっけ? なんて考えなきゃならないんだよ』って。僕はそのことをよくよく考えるようにしてる。トレーニングしてくれるコーチがそういう考え方を示してくれることっていうのはすごく腑に落ちる」と、ダメージを受けた相手が、さらなる打撃を受けないようにルールを利用してマットにヒザや手を着くことに疑念を呈した。
「アルジャメインになんの他意もないけれど、アルジャメイン、もっと出来るやつなのに、なんでそんなポジションに行くんだよ。戦いのなかに安全なポジションなんか無いんだよ。助かろうとするためにそういうポジショニングすることは止めさせるべきだ。その方がよりこのスポーツにとって、可能性が広がって良いことだ」と、ONEでは可能な、グラウンドポジションでの頭部への蹴りについて、肯定していた。
フィニッシュは、試合の流れのなかにあり、その瞬間だけを切り取っても見えてこないものもある。
モラエスが序盤からヒットさせたカーフキックや、左右の蹴りは、DJをどんな心理状態にさせたか。
試合後、DJは「距離を縮めようとしたんだ。彼の身体は大きいから、アドリアーノ・モラエスと対戦するのにあれが最大の壁だと分かっていたから」と、キックを受け、蹴り足を掴んで詰めに行った瞬間を振り返る。
頭を下げて来たDJ。そこにモラエスは狙いすましたような近距離のアッパーを打ち込んだ。「安全なポジションは無い」というDJは、1Rにガードポジションを強いられ、劣勢になったこともあり、ダウン後すぐに上体を立てて左で脇を差しに行くと、モラエスはその頭を押さえつけて、ヒザ蹴りを叩き込んだ。
試合後、敗者のDJは「すべて大丈夫。みんなでホテルに帰って来た。クソみたいな日だけど、オフィスで試合を観てくれ。3回、試合を観たけど残念な日だった。調子はいいと思っていたのに。長く格闘技をやっていれば、いつかこういう日が必ず来るのは分かっていたことだ。健康だし、気分もいい。これ(敗戦)もゲームのひとつだろ? 僕がやられた試合をまた見直して。応援してくれたファンのみんなありがとう。ONEもこの機会をありがとう。おめでとうモラエス、試合をしてくれてありがとう。また俺達も戻ってくるよ」とツイート。
そして初防衛に成功した勝者は、カテウ・キビスらATT勢と歓喜のハグをかわすと「夢がかなった。毎日ATTで練習してきた成果だ。みんなに感謝したい。“俺たち”はやったよ! 彼はレジェンド。DJの試合を見て育ったんだ。完璧な戦略を立てて来たよ。彼が前に出てくるところに、いいアッパーカットも打てた。僕はベストじゃないけど異質だ。何て言っていいか分からないよ。とても興奮している。幸せだよ」とコメント。
勝利直後、米国ATTに戻っている練習仲間の堀口恭司は「ナイス」と祝福のツイートを投稿している。
さまざまなファイターやファンが語った、モラエスvs. DJのフィニッシュ。米国ではなくシンガポールで行われた“ユニファイド”ではない“異質”のONEルールは、北米に大きな反響を起こしたことは間違いない。