3月9日(土)「DEEP JEWELS23」後楽園ホール大会で前澤智が浅倉カンナと対戦する。
2018年12月に黒部三奈を下し、アトム級王者となった前澤は、RIZINからJEWELSで復帰戦を行う浅倉を「オイシイ」相手と言い、「“やりやすい相手”だと思われてるかもしれないけど、力で良くも悪くもなる世界だと思っている」と、勝負について語った。
――まずは、DEEP JEWELSで悲願のベルトを獲得した(2018年12月1日『DEEP JEWELS 22』アトム級タイトルマッチで黒部三奈に判定勝ち)ことについてお聞かせください。
「格闘技と両思いになれました。でもこれから、結婚生活と一緒で二人三脚、大変だと思うので、また金原(正徳)代表と防衛できるようにALPHAのみんなと練習を積んで、立川に日本一の女がいるということを示したいなと思います」
――今振り返ると片思いの期間は長かったですか?
「あっという間でした。本当にずっと命を燃やし続けたというか……いいことを言おうとするとポエマーみたいになってしまうのですが(苦笑)、辛いこともきついことも、そう思わないように、自分で選んだ道だったので……。(亡き)父から『やるからには一番を取れ』と言われていて……でも一番とか取ったことなくて……、たぶん応援してくれたんだと思うんですけど、ベルト見せてあげたかったなって。たぶん近くで見てくれていると思います」
――いい親孝行ができましたね。
「そう信じています。心配はさせていると思うんですが、応援もしてくれていると思うので、母だったり、姉だったり、おばあちゃんには心配をかけていますけど、でも(青森から)東京に出てきて、立川で最高の先生に会えて、最高の仲間に会えて、それはもう胸を張って家族に、地元のみんなに今ここで幸せだよと伝えたいと思います」
――黒部戦は予想どおりタフな試合になりましたが、試合前はどんな作戦でいこうと?
「的を絞らせないように。最近の私の持ち味が、小刻みに動いたり、セオリーどおりに行かず、いろいろなフェイントを混ぜて、自分はもらわない、リスクを負わないで当てる動きでした。今回の試合でも、例えばタックルのフェイントを入れたりしながら上を狙ったりとか、上を狙いながらタックルを取りに行ったりとか、MMAって寝技、立ち技、その間・間のスクランブルだったりとか、全部ごちゃ混ぜでできないといけないので、去年まではそれがうまく繋がらなかったんですけど、でも今年に入ってから、だんだんその繋ぎ目をなくすような練習ができてきたのかなと思って、打倒極を回せたのかなと。向こうは本当にスタミナがあって、前に前に出てくると予想していたので、打ち合いなら負けないという気持ちで、打ち合うときは打ち合う。でも付き合わないときは付き合わない。自分のやりたいことを押し通せたかなと思います」
――2Rが前澤選手にとって大きなラウンドになりました。あのパンチは……。
「スーパーマンパンチ、狙っていました。プロとして試合をしていて、勝つのも大事ですけど、盛り上げるのも、見せるところも、自分の見せ場を作るのって大事だと思いますし、びっくりさせた者勝ちかなと思って、一発狙ったのを打ち込んでみました。それが当たって。でも、自分のことも信じていたし、当たるって信じて入れました」
――前澤選手のパンチに驚きましたが、あのパンチを食らった黒部選手がすぐに起き上がってきたのにも驚きました。
「あれが黒部さんですよね。1試合目は寝技で負けて、2試合目も判定で負けて、そのときは寝技にいくと、初めて試合をしたときに負けた怖さが思い起こされて行けなかったんですけど、今日は自信を持ってタックルも行けたし、スーパーマンの後に追いかけて、バックを取って、以前バックチョークで負けたので、取り返してやろうと思ったんですけど、気持ちが先に行っちゃってうまいこと取れなかったので、そこは金原代表によく『お前のいいところは行けるときは行けるけど、行き過ぎるのは駄目なところ』と言われていて、長所と短所が表裏一体で、そこは追いすぎない。じゃあ次の展開、次の展開と、いい意味でポジションを諦められたかなと思います。それでいいところを取る練習が出せたと思います」
――黒部選手の強い部分を凌いだ上で勝ったことは自信にも?
「そうですね……黒部さんのこと大好きなんです。本当にファンというか。一緒に練習していてすごく大好きで、複雑なところもあったんですけど、でも黒部さんが煽りVのときに、『この試合をして負ける気しない。殺すつもりでいく』と言ってくれたので、自分も腹をくくって挑戦できたかなと思います。本当に感謝です」
――競った試合でした。判定の瞬間はどのよう思っていましたか?
「テイクダウンも取って打撃も当てている実感があったのですが、ロープに押し込まれたり、途中、キックも混ぜようと思ったら滑ったりして、それがもし向こうに有利に見られていたら嫌だなと思いながら待っていました。やはり判定って人に委ねるから、何があるか最後までわからないので、ドキドキしていました。怖かったです」
――黒部選手の組相撲からのヒザにとらえられた時はどう感じていましたか。
「前の試合は効いてないからそのまま放っておいて、周りから見て印象が悪かったんです。格闘技というものをわかっていなくて。でも、今回は効いていなくてもすぐに返さなきゃと思って、身体の位置を替えたりしていました。それでも私も練習していたことがうまく出せないところがあって、少しくっつかれすぎたかなというのもあって、ちょっと判定が怖かったです」
――王者の意地も感じた。
「打ち込まれるたびに、黒部さんの『ウッ、ウッ』という声がすごい聞こえて、黒部さんもキツいんだと思って。でも、そのときに、自分と会話を少ししたというか、『いやいや、お前もつらい練習してきただろう』と思って、どうにかヒジを返すような動きも見せたりはしたんですけど、それがうまくできなくて、ちょっと反省です」
――その後に前澤選手の柔道、ニータップ気味のテイクダウンで取り返したのも、試合を重ねた勝負強さを感じました。
「ヒザ蹴りに合わせた足技も、あれは狙いました。1発、2発と来て、『来る、来た』みたいな感じで、3発目に大内(刈)をかけて倒しました。もっと上から固めたくて、代表の声も聞こえていたんですけど、全体を通して良くも悪くも気持ちが先にちょっと出すぎていました」
――金原代表から「行きすぎるな」という声もありましたね。
「ちょっと追っかけすぎて、『引け、引け!』と金原代表の声が聞こえて。でも、そのくらい欲しかったベルトだったんだと思います」
――際どい判定をものにしたのは、打撃もテイクダウンも、最後まで諦めない気持ちが実ったのでしょうか。
「はい、父が助けてくれました」
――お父様とは青森にいるときに?
「東京に出てくる前なので、4年前になるんですが、交通事故で亡くなって。バイクの事故だったんです」
――……格闘技を目指したことについてはどのように仰ってましたか。
「最初は『お前、何目指してんだ』って(苦笑)。試合をして──実際に父は、たぶん私が殴り合ったのを見たことは無いと思うんですけど、たまに怪我して帰ってくると、『またボコボコにされたか』って心配はしていました」
――このベルトを見せたかった。
「父も見てくれていたと思います。最後に好きなことをして亡くなったので、私も残っている母とか姉とかには心配かけるんですけど、好きなことをして死にたいなと思います」
――小さくても勝つ方法があると見せてくれました。
「ちっちゃくたって勝てるという。それが本当に短所だと思ってたんですけど、ジムの仲間だったり、代表に、『お前ちっちゃいの生かさないでどうすんの』と言われて、あ、そっかみたいな。『背伸びする必要ないんだぞ。お前そのままのいいところを出せ』と言われてきたんです。認められるって嬉しいですよね。本当に生きていていいんだと思うし」
――手足が短くてもジャブを当てる。ステップも含め金原選手ゆずりでしょうか。
「金原マジックですね(笑)」
――ベルトを獲ってからも大変です。防衛をして、RIZINにも出たいと?
「出たいですね。勢いって大事だと思うので、このままの勢いでRIZINも出て──そんなに簡単にはいかないと分かっているんですが、その分しっかり練習をして、国内でも頑張りたいし、代表みたいにもし海外のチャンスがあるんだったらチャレンジしたいなと思います。今まで以上に気を引き締めて」
――今後どんなチャンピオンを目指したいですか。
「防衛したいです。でも、今まで以上に厳しい練習をしないと、新しい選手も増えてきているし、まだ私が勝てていない選手もいるので、その人に勝たないと日本一だと胸を張れないと思うので、これからも24時間365日、また格闘家として、格闘技と向き合っていきます。あとは女の子でも格闘技をしていいんだよという、日本がそういう世界になってくれればいいなと思うので、そういうことも発信できるような選手になりたいので、皆さん応援をよろしくお願いします」
(※黒部戦後に、前澤が3月9日の「DEEP JEWELS23」で浅倉カンナと対戦することが決定。浅倉戦についても追加で語ってもらった)
――3月9日に浅倉カンナ選手との試合が決まったときの気持ちは?
「率直にいうと、チャンピオンになっても、目標を達成しても、楽にはならないなと。もちろん立場が上になっていくと、向かってきてくれる相手も格上だったりするので、戦いはまだまだ続くなと思っています。でも、逆に、それはありがたいことだなとも。自分にそういう相手と戦わせてもらえる価値があるんだなと思えば。RIZINですごく頑張っているカンナちゃんとやらせてもらえるのは光栄だし、チャンスだなと」
――チャンス、ですか。
「やはり世間に格闘技を広めてくれたのは、RIZINに出ているカンナちゃんだったり、RENAさんだと思うのですが、でもここで勝てばオイシイかなとも思うし、私にもチャンスが来たのかなと思っています」
――2017年8月の石岡沙織戦以降、RIZINを主戦場としていた浅倉選手が、いきなりチャンピオンと対戦することについて、思うところはありますか。
「向こうもやっぱり手っ取り早いですよね、一番とやるのが。自分を分析すると、ほかの選手より“やりやすい相手”だと思われるところがあるのかなって」
――戦いやすいと思われたとしたら、そこは奮発材料になりませんか。
「そうですね。私自身の地力やレベルというのはもしかしたらそんなに高くはないかもしれませんが、私には代表の作戦があったり、それをしっかりこなすだけの体力がつく練習をしている自覚もあります。試合で相手に対応していけるような、試合中でも進化できるようなチャレンジする力がついていると思っています」
――齋藤裕子、パク・ジョンウンと破ってきた経験も。
「そうですね。経験も今の私を助けてくれていると思います」
――浅倉戦に備えて新たなことにも取り組まれたのでしょうか。
「出稽古先を増やしたりはしましたが、根本的なところは変わらないです。自分に負けないように、自分に嘘をつかないようにやっています」
――自分に嘘をつかない練習というのは、苦手なことにも取り組んだり?
「嫌いなところから目を背けない。自分が出来ないことってやりたくなかったりしますし、練習中も負けたくないので得意な動きばかりをしてしまいがちです。でも、練習で勝つことを諦めてチャレンジのほうにカロリーを使う。それに、疲れてくると休みたくなっちゃうんですが、休みたいと思う脳みそを、その思考力を、もう休みたいと思わずに体力に回すというか」
――休みたいと思う力を体力に回す……。
「休むことを考える隙間を与えないように。その部分でも嘘はつかないようにしています。もうちょっと頑張ればできるかなとか思ったときに頑張れるように──、練習しています」
――自分が思っている限界の先があると。
「そうですね。限界を毎日超えていると思います」
――レスラリング出身の浅倉選手のイメージは?
「黒部戦の前にカンナ選手と練習をしたこともあるので、そこで自分なりに肌で感じたものはあります。もちろんそこから上積みされたものもあるでしょうけど、それを思いながら練習しているときも、カンナちゃんが前にいるようなイメージでやったりはしています」
――頭が身体の横に出ると特に強いテイクダウンを持っています。どのようにとらえていますか?
「速いですよね。そして低く来る。その後の動きも若くて勢いもあり、身体も柔らかいので、思ったところにいない。スクランブルしようとしたら、もう嫌なところにクルクルと回られている、そんなイメージを持っています」
――しかし今回のDEEP JEWELSはケージです。前澤選手にとってはいかがですか。
「私、ケージ好きです。逃げ場のないような雰囲気も。あと、最近は打撃のほうが目立っちゃってますが、組技ができないわけではないので(笑)。リング・ロープだとしなったりして、思うように力を相手に加えられないときがあるのですが、金網だとまた異なります。ケージに押し付けることも押し付けられることも、金網を使って練習しています。ケージレスリングは肝になると思います」
――その前にスタンドの展開があります。浅倉選手はレスリングベースの左構えですが、そこはステップも含めて、金原代表からいろいろと策を?
「もう今までよりもさらに愛を。愛が重いくらい(笑)。でも私もそれに負けじと愛を返して、背中についていって練習しています。自分がしてきたことを信じていくだけです」
――試合で目指すことは?
「今まで判定が多い1年というか、選手生活ずっと判定が多いので、そろそろ一本・KOがほしいなと思っています。欲しくないですか、カンナちゃん相手に」
――欲しいところでしょうね(笑)。
「地上波に出ている人に、国民的アイドルですけど、悪者になっちゃうかもしれないですけど、自分も前に立ちはだかる者にはちょっとどいてもらおうかなと思っています」
――女子MMAの場合は、どうしても競技人口から練習相手が限られてしまう。そんななかで練習相手の夢を食うことが避けられません。
「そうですね。でも憎くてやっているわけじゃない……けど、男の人より相手が近いぶん、どろどろした妬みだっったり嫉みみたいなものが見え隠れするのかもしれません(笑)。それでも、自分たちはスポーツ選手としてやっているというのを、そろそろ認知されたいです。女が格闘技を? と言われる世界をそろそろ変えたい。『せっかく女の子として生まれてきたのに、なんで怪我をしに行くの?』という心配をされることは多いです。女性には身体の違いもあるので、ある意味、賭けているものが男の人とは異なるという誇りも持ってやっています」
――先日、4月21日に横浜アリーナで開催されるRIZINの会見があって、そこで榊原信行実行委員長が「4月大会は浅倉選手もいますし」という言葉も出ました。心穏やかでなくなりませんか。
「いつになったら私を出してくれるんですかね(笑)。勝てばチャンスがあるのかなと思いつつ、でも勝つにも魅力がない勝ち方をしたらやっぱり私に価値はないと思われるので、やはり、今回の試合は、RIZINさんにとっても利用価値のある選手だとアピールできる場なのかなと思ってやります」
――今回はノンタイトル戦ですが、チャンピオンベルトを持つ者の責任のようなものも感じていますか?
「そうですね。先日、ある選手が『DEEPの代表として、日本で面白い試合をしていこうと思います』というようなことを言っていて、そのときに初めて私も、『あ、個人じゃないんだな』と理解したこともあったんです。ベルトを取ったばかりのときはまだ自覚が足りなかったのですが、団体を代表する価値がある選手になりたいなと思っています」
――浅倉カンナ選手に自分が上回っているところはなんでしょう。
「年齢?(笑)私は自覚がまだないのですが、最近打撃を褒めてもらう機会がすごく多くなってきたので、打撃とスピードを使ってカンナちゃんを翻弄していきたい。ついてきてほしいな、くらいの気持ちでやります」
――リング上でRIZINもアピールされていましたね。
「いやあ、テレビにも出たいですね(笑)。やっぱりやるからには注目されたい。地元のみんなに一番、自分が東京に出てきて頑張っているって見せられるいい場所なんです。出てももしかしたら地上波で放送されないかもしれないけど、でもいいところを見せられれば(地上波で)流される可能性だってあるし、そこは力で、良くも悪くもなる世界だと思っているので、言ったもの勝ちかなと思ってアピールさせてもらいました」
――最後にファンにメッセージを。
「ファン、いるのかな(笑)。カンナちゃんのほうがツイッターのフォロワー数とかも多いけど、今回勝って、少しでも自分の存在を知ってもらえたらなと思いますし、女子でもこんなに男性に負けない面白い試合をするんだな、という試合をカンナちゃんとだったらできると思っています。そこで勝って、自分が生きている証を示したいと思います」