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インタビュー

【修斗】佐山聡に憧れた父と“野生児”西川大和がついに修斗参戦! 父子鷹の壮大な挑戦

2020/05/27 11:05
 2020年5月31日(日)『ABEMA』テレビマッチとして行われる「プロフェッショナル修斗公式戦 Supported by ONE Championship」第1試合で、興味深いカードが組まれている。  4月17日に「無観客」で開催された「Road to ONE:2nd」で、ラジャダムナン王座挑戦経験もある緑川創に立ち技で真っ向勝負を挑んだ西川大和(西川道場)が、修斗に初参戦。フルコンタクト空手世界大会準優勝の実績を持つ木下タケアキ(和術慧舟會HARTS)と対戦する。 (C)Road to ONE Executive Committee/ABEMA  17歳ながらそのポテンシャルの高さを示した西川は、産まれてすぐに「世界チャンピオンにする」と決めた父・武彦氏が1日も休む事なく鍛え上げ、小学5年生の時には『探偵ナイトスクープ』でそのあまりにも特殊過ぎるトレーニング方法が紹介されるなど、注目の選手だ。  2019年にはシュートボクシングにも参戦し、元スーパーウェルター級王者・坂本優起に判定勝利。MMAでも国内外のプロモーションでキャリアを積んでおり、二刀流で存在感を示している。  北海道在住の西川親子に話を聞くと、父・武彦氏はもともと佐山聡門下生で、大宮でエンセン井上や中井祐樹らの指導を受けていたという。幼少時から“ベアフット”で強さを磨いてきた山中での異色すぎる特訓、父が果たせなかった修斗マットへの想い──父子鷹の壮大な挑戦を、両者に訊いた。 父・西川武彦「大和が修斗に出ることに、運命を感じました」 ――西川大和選手の父親としてユニークな育て方で、ファイターに成長させた西川武彦さんは、もともと修斗のジムに通っておられたと聞きました。どちらのジムでしたか。 「佐山聡さんが大宮に修斗のジムを立ち上げてすぐの頃ですね」 ――では、1995年のヴァーリ・トゥード・ジャパンの頃、大宮時代に行かれたのですね。 「そうですね。中井祐樹さんが、(ジェラルド)ゴルドーに目を潰される前です。エンセン(井上)が大宮に来たあたりですね」 ――武彦さんご自身は修斗の前に格闘技経験は何かされていたのでしょうか。 「自分は柔道と空手とボクシングをやって、それで、大宮のほうに行ったんです」 ――総合格闘技の黎明期に大宮で練習をされていた。試合に出たりもされたのですか。 「いえ、自分はそこまでいかなかったですね。佐山さんみたいに無差別でやりたいなという希望があったんですが、背が小さかったからちょっと無理だなと。あの時代、あったじゃないですか。無差別の最強を目指すというようなところが」 ――はい。実際、170cm・71kgの中井さんが196cm・98kgのゴルドーらと無差別級で無制限ラウンドで対戦していました。 「そうなんです。あの“幻想”にとらわれていた世代です。自分が通っていた頃は、中井さんが寝技クラスを担当していて、九平さんが打撃クラスをやっていたんです。まだ秋本じんくんや池田久雄さんが学生だったように思います。池田さんはアマチュアレスリングの経験があって。横浜の木口道場から朝日昇さん、桜田直樹さんらも来るようになって。桜田さんが周富徳さんの弟子にあたるところの中華料理屋さんで働いていたり……」 ――ブラジリアン柔術、高専柔道、レスリング、キックボクシング、様々なバックボーンを持つ選手が集まっていた。 「“マウント”とかそんな言葉が無かった時代から、エンセンが来ていろいろ教えたりしていました。当時、佐山さんとは別の(4代目)タイガーマスクの人がいて、まだ付き人みたいな感じでしたが、あの人はプロレスを目指していて、一緒にウエイトトレーニングをやって、自分も身体をでかくして無差別でいきたいな、と思っていたんですが、無理でした。それで1年ほどで北海道に帰ってきたときに、ゴルドー戦で目を悪くした中井さんがパラエストラを立ち上げて、札幌にもパラエストラ札幌ができて。整体の仕事をやっているんですが、ちょくちょく見に行くようになって。  だから、中井さんとは今でも1年に2回くらい会うんです。それに大和は小学校6年生から北大柔道部に出稽古に行かせてもらっています。あと、エンセンともピュアブレッドで会うこともあります。空道クラスがあるので、大和がフルフェイスのマスクをかぶった相手に、オープンフィンガーとヒジで顔面に当てるスパーリングの出稽古に行ってたら、エンセンがそこに来ていて。当時はけっこういい男な感じだったのに、いまはお互いにスキンヘッドでゴツくなってますね(笑)」 叱るときは「練習をやらせないぞ」って言うと、「練習したい」と泣いて謝ってくるような子でした ――武彦さんは修斗の激動の時代に触れて、地元に戻られてから生まれた大和選手を野生児に育てあげたのですね。これまでの取材では、2、3歳で木登りを1日100本、20kgの錘を背負って裸足で2~3km歩き、川の流れに逆らって歩いて足腰を鍛えたり、といった独特のトレーニングについて聞いています。大和選手が弱音を吐くようなことはなかったですか? 「いや、まったくなかったです、それは。大和は練習を休むということがないんですよ。変な話、こちらが怒ったときは『練習をやらせないぞ』っていう感じだったんですね。そうすると、『練習したい』と泣いて謝ってくるような子でした。だから、世間が思っているような、無理やりやらせているとか、親の夢を押し付けているという感じではないんです」 ――なるほど。本人も子供の頃は山遊びの感覚だったと言っていますし、『探偵ナイトスクープ』で話題になった非常階段や電柱登りトレーニングも、楽しんでやっていたようですね。 「はい。基本的に好きなんですよね」 ――整体トレーナーとして「ベアフット ニシカワ」も開業されていますが、大和選手は裸足で山中を歩くトレーニングもされてきたそうですね。格闘技は基本、裸足で行うことが多いですが、どんな意図があったのでしょうか。 「立つ時は足の指でバランスを取ります。幼少期に裸足でトレーニングしたり、家の手伝いをしていたアスリートは多いんです。イチロー、パッキャオもパンチでは足の指が大事だと言っていますし、具志堅用高さんも貧しかったとき靴も買えなかったから、沖縄でサトウキビを裸足でかついで、足の指でしっかり踏ん張っていたと聞いています。  だから、大和の身長は170cmですけど、足のサイズは32cmもあるんですよ。身長は親の遺伝もあるから、そんな大きくできないけれども、足の指と手の指は、使っていたら大きくなるのは知っていたので」 ――実際に大和選手はベアフットになったと。武彦さんは、当時目指していた修斗という舞台に、大和選手が出ることに関して、どのように感じていますか? 「やっぱり……あの当時は身体が小さい人は修斗最強だと思っていました。佐山さんに憧れて、佐山さんの理念のもと、みんな日本全国から、もしくは海外からも人が集まっていました。ですから、修斗というのは特別なものがあって、格式もある。大和はPFCやGRACHAN、Fighting NEXUS、シュートボクシングと歩んできたので、修斗とは違う路線で行くのかなと思っていたら、『Road to ONE』を経て、思わぬところでそういうお話が来たので……運命を感じましたね」 まず怪我をしないこと。ディフェンスとエスケープは違う ――武彦さんは、5月31日の修斗で大和選手にどんな試合をしてもらいたいと思っていますか。 「やっぱりコーナーから見守る側としては、面白みに欠けるかもしれないけど、まず怪我をしてほしくないんです。怪我をしないで、普段自分がやっていることを全部出していってほしい。  結局、試合の結果というのは“未来”の話じゃないですか。でも、練習だったり、そこにいく過程というのは“現在”なのでコントロール出来る。結果には運もあるので、コントロールできない部分ではなく、いま自分が練習をしていることをしっかりと試合のときに全部出してほしいと思います」 ――西川選手の野生児的なエピソードを聞くと、ついワイルドなガチャガチャしたスタイルを想像してしまいますが、実は試合を見ると、しっかり距離を設定して、下段から崩してデフェンスを重視していることが分かります。寝技でも、無理やり立たずガードを取る場面も見られ、最近では稀有なスタイルだと感じました。 「大和が小さいときからやっている練習は、全局面で対応できるような練習なんです。“お見合い状態”というのは戦っている状態じゃないからお見合い状態を少なくして、寝技でもみんな今はすぐに立て、立てと言うじゃないですか。でも、結局亀になっている状態と立つというのは、“寝技”じゃない。立ちになっちゃうとスタンドの状態になる。だから、とにかく戦おうよって。ディフェンスとエスケープは違うから、スタンドでもグラウンドでも全局面で戦おうということは話しています。もちろんオフェンスしながら、エスケープじゃなくてディフェンスを見せたいですね」 ――なるほど。「エスケープじゃなくてディフェンス」というのは、スクランブルMMAの時代へのアンチテーゼに感じます。 「減量でもハイパーリカバリーってありますけど、前日計量だとみんな水抜きで10kgくらい落として、当日に(体重を)戻してくるじゃないですか。その点、大和は減量をほとんどしないから、今までのキャリアで、自分と同じ体重の人と試合をしたことはまずないんですよ。最近までウェルター級でやっていたくらいで。でも、普段の体重は74kgくらいなんです。それは、普段から低脂肪・高タンパクの、ゆで卵の白身とかノンオイルのツナ缶とかを食べて、小学校も中学校も給食を食べずに持っていった弁当を食べていたんです。だから、大和はジャンクフードとか食えないんですよね。そういった、ある程度最初から身体を絞った状態で、体重をキープしてやってきています」 ――ナチュラルでほぼ戦っていると。 「そうです。77kgのウェルター級だったら、みんな当日83kgとかでくる。ちょこまか動く大和に対し、みんな塩漬けにしようとするけど、単に立つエスケープじゃなく、『お前は下から極められるんだし、下から打撃をやってもいい』とも話しているんです」 ――実際、長岡弘樹選手を相手に、ガードポジションで下からヒジ打ちも繰り出していましたね。あの時、大和選手はまだ15歳でした。 「あの試合のオファーも、ほぼ1週間前でしたけど、普段から大きな長岡選手がライト級でパスして当日戻してきたのに対し、スタンドでテイクダウンされないように頑張って体力を削られるくらいだったら、自分から寝ちゃってもいい、グラウンドで下から攻めればいいと話していました。今ではタブーとされている下のポジションもダメージを負わなければ攻められる。そういうところもちょっと見せてもらいたいなと思っています」 ――まるで、ヴァーリ・トゥード時代を生きたヒクソン・グレイシーのインビジブル柔術のような発想です。様々な制限のある現代MMAで大和選手がどう戦うのか期待が高まります。 「大和は自分のことを信頼してついてきてくれました。私ももちろん大和のことを信頼して好きなので、やっぱり……強くなるには愛情が必要なんだなとあらためて感じています。対人練習でも、自分勝手な練習をしないで、相手の人も一緒に強くしようと言って、一生懸命、こうしたほうがいいんじゃないかとアドバイスをしている、そういう練習をする子なんですよね」 ――嘉納治五郎のように、心身の力を最も有効に使用する「精力善用」や、自分だけでなく他人と共に栄えようという「自他共栄」の規範が大和選手にはあるようですね。17歳の修斗デビュー戦に注目しています。 [nextpage] 西川大和「父から一番最初に習ったことはディフェンス」 ――さきほどお父様の武彦さんから、大和選手の育成方法を聞いたたのですが、大和選手ご自身にも、ここまでのキャリアをうかがいます。 「お父さんが最初に、打撃もそうなんですけど、身体を使って、総合格闘技のために身体能力を上げながら、パワーもつけるという方針で、小学校に入るまで習い事的に、柔道とかレスリングの道場に通っていたんです。でも、ああいう団体競技で国から支援もある五輪競技って、考えが硬くて……『将来どうしたいの?』と聞かれて、『打撃も含め、競技を絞らずに全体的にやっていって、将来的に総合格闘技で上を目指せれたらなと思っているんです』と言うと、『それは止めてくれ』と言われたんです。それで、仕方ないなということで、父がもともと修斗で佐山聡さんのジムで練習していた知識を生かして、自分を教えるということになって、マンツーマンの練習が始まりました」 ――子どもの頃から、自然のなかで身体づくりに取り組んでいたそうですね。 「そうですね。ずっと、自分では何のためにやっているのか、最初は分からなくて、けっこう厳しいこともあったんですけど、楽しい部分もあったので、遊び感覚でやっていたということはあります。それが今になって、意味があることだったんだと、だんだん大人になって分かってきました」 ――中でも、山道を裸足でときに目隠しし、耳栓までして感覚を研ぎ澄ませて歩いた話には驚きました。 「人間って足の裏から刺激が入って成長につながると思うんです。背が伸びるときも、足の裏からの刺激があるでしょうし、運動神経の大半も足の裏と繋がっている。裸足で育ったブラジルやタイの人たちって、すごい身体能力が高いように思います。パッキョオの踏み込みとか、本当に足の指が強くてあそこまで行ったんだろうなと思うと、自分も知らないうちに裸足で歩いていたことで、足の指が強くなったとのは、本当にありがたいなと感じています」 ――足の指で大地を掴む感覚はありますか? 「はい、すごく分かりますね。足の指は通常でも開いた状態ですし、前に踏み込むときだったり、ステップを踏むときに、足のグリップで床をしっかり押せているなというのはすごく感じます」 ――今でも外で裸足でトレーニングすることはあるのでしょうか。 「練習はほぼ裸足ですね。今コロナで道場が閉まっているので、公園とかで身体を動かすことが多いのですが、草むらとかで裸足でやることは多いですね」 ――西川選手にとっては今、流行りの厚底シューズは必要なさそうですね。 「もってのほかですね。厚底シューズなんて履くもんじゃないと思います(笑)」 ――それに、目隠しの状態や息が詰まる状態というのは、格闘技の試合においても当てはまるように感じます。 「はい、足の指の感覚だけで道を感じとって。人って目が見えなくなると、今度は音でものをキャッチするようになるんです。それで平衡感覚を養ったり、頭が揺れても動けるように神経を発達させる訓練もしました。学校に入ってしばらくやらなくなるとすごいバランスが取りづらくなっていて。ベアフットやバランスも、こうやって大きくなってまたやりはじめると、だんだん身体の動きも変わってきて、どんどん慣れてきましたね」 身体が分かっているので、パニックにならない ――経験があることで、試合中に息が苦しかったり、追い込まれたときにあまりパニックにならないようになるんじゃないかと思いました。 「やっぱりどの選手でも、パンチを食らったら1回はダウン気味なシチュエーションってあると思うんです。頭が揺れてダメージがあって、息切れしてセコンドの声も聞こえなくなっても、身体がその状況を分かっているので、それほどパニックにならなかったりします。  それに僕は、そこまで息上げするような、すごく激しい練習とかはあんまりしないんです。息上げの練習をするんだったら、反復トレーニングを何回もやったほうがいいんじゃないかというぐらいで。東京にも出稽古に行きましたが、結構息上げとスパーをしますよね。僕は特にここ最近は、少なくとも1日置きには反復練習をするようになりました。  4月の緑川(創)選手との試合のときもそうだったんですが、コロナの影響で練習不足だった部分をどうやって埋めるかと考えたときに、試合で打撃でも寝技でも総合でも、大事なシチュエーションって必ずビデオで見返すと生まれている。そのシチュエーションスパー的な動きを反復で1分交代でするようにしたら、すごく効果が現れて。動体視力だったり、反応が早くなってきたんです。そのシチュエーションになっても身体がびっくりしないので、ちゃんと相手の動きが見れるようになる。  結局KOされるときって、自分が見えないところからもらったパンチで倒れるんです。まっすぐ見えている状態で倒す人って、よほどパンチ力が強い人なので。だから、しっかり見ること。  今回の対戦相手(木下タケアキ)のこともよく、『どういうふうに戦う?』と聞かれるんですけど、実際試合になってみないと分からない。僕もフルコンをやっていたので、空手の選手で顔面ありに転向したら、ああいう柔らかいスタイルになるというのは分かる。そしてセコンドに大沢ケンジさんがつくでしょうし、何をされてもいいように対応をしていかないといけないなと思っています。 『格闘代理戦争』でユン・チャンミン(韓国)と今回の僕の対戦相手(木下)が試合をしていて、(木下が)金網に詰めて左ハイキックで倒しているじゃないですか。この倒している試合を見ていて思ったのが、ユン・チャンミンが途中まで圧倒していて、途中で木下選手を“大したことねえ”と気を抜いたところでハイキックを食らってしまった。  あの場面がなかったら、ユン・チャンミンが勝っていたと思うんです。でもああいう場面になっても、僕がハイキックをディフェンスできるとわかったら、何をしてくるか。もしかしたら漬けてくる可能性だってあります。僕と長岡選手との試合やパン・ジェヒョクとの試合で僕がタックルを切られた場面を見て、そんなタックルが上手じゃないと思われてるかもしれないですし」 ――西川選手はタイミングのいいダブルレッグが強いですよね。コリアントップチームのジェヒョクはあの試合後、キック戦も含め3連勝している強豪です。 「韓国のKTTの選手って、すごいレスリングが強いんです。監督(ハ・ドンジン)がレスリングの名選手で、パン選手もレスリングがしつこかった。もしこれで、僕が逆にタックルに行ったり、寝技に引き込んだら、びっくりするんじゃないですか」 “寝技”をやらないなら柔術をやってる意味が無いなって ――長岡戦でもクローズドガードを取る場面があって、西川選手は下からしっかり作って草刈りスイープから立ち上がりましたよね。下になることはほぼタブーと言われる近代MMAで稀なタイプだと感じました。 「僕が父から一番最初に習ったことって、打撃でも寝技でもディフェンスが最初なんです。当時から父は、将来的に絶対みんなすぐに立って戦おうとしてくるだろうと言っていたんです。正直言ったら、僕からしたら、立つというのも大事だと思うんですけど、じゃあ“何のために立つ”のか──今のMMAの選手って、柔術が不足している気がするんです。実は東京でも何回か、いろいろな道場で出稽古しているんですけど、それこそ今回の対戦相手が所属する和術慧舟會HEARTSさんにも、何回か練習に行かせていただいて、ほかでも出稽古をしていて感じるのは、グラップリングになっても壁に行きたがる。壁を使って立つのが技術でいまの流れだということは分かるんですけど、でも待てよって。総合格闘技って、それこそ大沢さんの時代だったり、長南亮さんの時代って、ただ立つよりも、下から極めることも多かったじゃないですか。長南さんはアンデウソン・シウバを蟹挟みから内ヒールで極めている。  何のために柔術やってるのかなって。もちろん寝技の防御のために知っておくことが必要というのも分かるんですけど、“寝技”をやらないなら柔術をやっても意味無くないかな、と思ったんです。僕は中井祐樹さんがいた北大柔道部でも練習していたんですけど、あそこの練習がすごく良くて、総合に似ているんです。草刈りでの転ばせ方、パスガードも。要は、相手にパスされなくて、殴られたり、おでこを斬られたりしなければストップされないので、下になってもしっかりディフェンス出来ることが重要で、そこから仕掛けてバックを取れたらいいんじゃないかなって」 ――年齢は関係ないとは思いながらも、17歳とは思えない老成した感じも受けます。たしかに足関節などのトランジッションから相手のエスケープの際でバックを奪ったりすることができればよいと。 「そうなんですよ。パウンドが来るときに、道衣の代わりに腕を掴んでラペラの代わりにしてみたりとか、そういう風にやってもいいんじゃないかなと思って。それで、下からも削って、こちらは体力をなるべく温存しながら、本当にラスト数分で立ち上がって勝負をかけてもいいんじゃないかなって。それで草刈りとかはけっこうやりましたね」 ――グレイシー柔術のような考えですね。いまの時間制限がある試合のレフェリングで膠着とみなされず仕掛けがあれば可能なのかもしれません。それで道衣ありの七帝柔道にも通っているのですね。 「僕の練習の大半は、やっぱり打撃と柔術ですね。グラップリングも、道衣あり・無し両方をやっています」 ――打撃でもタフさを活かした打ち合い上等と思いきや、距離やデフェンスを大事にしているように感じます。 「この間の試合(緑川戦)も、どちらかといえばムエタイ的で、ムエタイって、自分が食らったら返すのが基本じゃないですか。そういう動きを僕はしなかったので、ムエタイの人からしたらなんで? となったかもしれないですけど、僕は基本的に打たれてバカになりたくないので、顔ぶん殴られて返してっていうのは嫌なので、違うアプローチをしたい」 ――サウスポー構えの木下選手との間合いをどう崩すかも見ものですね。 「そうですね。本当に試合になったら互いに何をしてくるか分からないと思います。僕も当てられてもそんなにびっくりしたりしないので、練習どおりに相手の出方を見て動きを変えればいいかなと思っています」 親がかけてくれた時間や愛情を忘れずに、裏切らない結果を残していきたい ――今はライト級でフェザーからライト、ウェルターでも戦いましたが、適正体重をどう考えていますか。 「やっぱりライト級ですね。ONEも当日計量になっていって、尿比重チェックで水抜きも出来なくなっているので、それを考えたら、やっぱりライトが一番適切ですね」 ――今回の修斗は、選手の免疫力の低下を防ぐため、ONE Cahmpionship同様に、水抜きなどによる体重調整を極力排除した「通常階級より1階級上での当日計量」を実施しますから、通常体重であまり増量していない西川選手にとってはやりやすいでしょうか。 「そうですね。今まで通りライトでやっていたほうがいいかもしれないなと感じています」 ――お父様が以前習っていた修斗をバックボーンに格闘技に触れて、今回、その修斗本戦にご自身が出ることについて、どのように感じていますか。 「お父さんはプロレスラーのように無差別級志向だったので、佐山聡さんが作った修斗で戦おうとしていました。身体が大きい人たちとそれで戦おうとしていましたけど、やっぱり身体が小さくて諦めたと聞いています。でも、今になってちょっと父と話したりするんですよね。中井さんや朝日さんだってやってるし、やっておけば良かったよねと。でも、その代わりに僕がこうやって活躍できているのも父親のおかげなので、巡り巡っていいのかなと。  それで今回、こうして修斗の試合に出られるのはすごく光栄で感謝しています。坂本(一弘)代表、長南亮さんらにお世話になってABEMAでも放送される。やっぱり日本でUFCやONEに行きたいとなったら、修斗やPANCRASEに出て活躍しないといけないことは分かっていたので、これまでのGRACHANなどでの実績や、前回の『Road to ONE:2nd』での試合で、ライセンスを持っていなかった自分を修斗に出していただけることに感謝しかありません」 ――いい結果を出して、修斗に継続参戦していきたいという気持ちもありますか。 「そうですね。海外でも練習したいです。いまはコロナで動けませんが、フィリピンのチームラカイでも練習をしてみたいですし、結果を残して……いつかタイトルマッチに。できれば来年の初めくらいにはたどり着けるようにやりたいなと思っています」 ――大きな目標を抱いていますね。その先に、ONE ChampinshipやUFCという舞台を目指していると。 「はい。行きたいです。世界に行って格闘技で食っていきたい。そういう舞台で活躍して親孝行をしたいです。親がかけてくれた時間や愛情を忘れずに、裏切らない結果を残していきたいです」(※次回、空手家「木下タケアキ」インタビューに続く)
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