RIZINファイターの「好きな本・漫画」
一方、RIZINでは、大会前に出場選手にアンケートを取り、試合に関することと同時に「好きな本・漫画」も訊いている。下記に、主なリストを挙げてみた。
◆ロッキー・マルチネス・選
『Can't Hurt Me』デイビッド・ゴギンス
第3代PXCヘビー級王者、第6代DEEPメガトン級王者として、RIZINでも活躍中のロッキー・マルチネス(SPIKE22)が選んだのは、デイビッド・ゴギンスの本。
ゴギンスは元米海軍、ウルトラマラソンアスリートの世界トップ20人に選ばれ、懸垂の世界ギネス記録(2013年)を持ってる。彼は骨折して体重が200ポンドを超えている状態でウルトラマラソンを走っただけでなく、心臓の壁に穴が開いているために持久力が制限される心房中隔欠損症に悩まされながら完走を果たした。
学校で学べず、自尊心を持つことも出来なかったゴギンスが成人になったときについた職はゴキブリ駆除の仕事。体重は136kgもあったという。恵まれない逆境のなか、努力で大きな偉業を成し遂げた彼のマインドセットは、綺麗ごとがなく、シンプルながら説得力がある。それは“変わりたい”という強い気持ちを持ち続けること。
ゴギンスは、「人生で最も大切な時間は、自分に対する問いかけだ。自分のなかの深いところに入っていかないとそれは得られない。全てを出し切ってやっと見つけられるんだ」
「どうすればいつまでもハングリー精神を維持することが出来るのか、と人々は僕に聞いてくる。一度、山の頂上に着くと人はどうなると思う? 俺は凄い、と思う。でもなぜそこから人は落ちてしまうのか? 人は山の頂に着くと、もう1個山を作ろうとするんだ。それも“平均的な山”を。私は何かを成し遂げた後、ゆっくり一息休んだりしない」
レイジーになろうとする怠け心にいかに打ち勝つか。
「マインドは自分が何を恐れていて、何に不安を抱えているか知っている。自分の深い嘘も見抜いている。そして自分を不快なものから遠ざけ、楽で居心地の良い方向に導く。マインドがすべてをコントロールしている。自分が脳をコントロールするか。脳が自分をコントロールするか」
そこでキーとなるのが、“40%ルール”だとゴギンスは言う。
“40%ルール”とは、「脳が自分に『もういいよ、逃げよう。不快になってきたし、座ろうぜ』と言ったとき、心が終わったと言っている時は、実際には40パーセントしか終わっていない」というものだ。自身に課した精神的な限界を無視して、より深く掘り下げるのに挑戦してみること──マルチネスは、それを格闘技で実戦しているという。
◆トレント・ガーダム・選
『アルケミスト 夢を旅した少年』(パウロ・コエーリョ)
世界67カ国語に翻訳されたパウロ・コエーリョの小説を挙げたのはトレント・ガーダムだ。ムエタイとMMAの二刀流で戦うガーダムは、タイのタイガームエタイジムで合宿を積み、RIZINでビクター・ヘンリー、井上直樹と接戦を繰り広げるなど、UFC志向の欧米ファイターとは異なるメンタルを持つ豪州ファイターだ。
『アルケミスト』は、スペインの羊飼いの少年サンチャゴが、アンダルシアの平原からエジプトのピラミッドへ旅に出て、錬金術師の導きと様々な出会いのなかで人生の知恵を学んでゆく、というもの。
「今まで慣れ親しんできたもの」と、「これからほしいと思っているもの」とのどちらかを選択しなければならないとき、「人は“自分が夢見ていることをいつでも実行できる”ことに、あの男は気がついていないのだよ」という一文とともに、主人公は「自分を縛っているのは自分だけだ」と気づく。
旅の途中では全財産を失うが、自分のことを「泥棒にあった哀れな犠牲者」と考えるか、これから「宝物を探し求める冒険者」と考えるか。
謙虚で柔軟な主人公は、先入観を持たずひたむきな心で困難に立ち向かう。その姿には、「おまえが何か望めば、宇宙のすべてが協力して、それが実現するように助けてくれる」というニューソートの引き寄せの法則(ポジティブシンキング)の思想が描かれているという。
ちなみに著者のパウロコエーリョは後年のインタビューで『アルケミスト』について下記のように語っている。「宝物はすぐ近くにある。しかしそれを知るために、旅が必要だった。なぜなら、身近にある夢を実現するためには、たくさんの困難を乗り越えることが大切だから」──。
◆征矢貴・選
『夜と霧』ヴィクトール・E・フランクル
パラエストラ松戸で格闘技と出会い、修斗バンタム級新人王とMVPを獲得も、2017年5月の試合を最後に実戦から離れていた征矢貴は、2019年6月にRIZINで復活。川原波輝、村元友太郎をともにKOに下している。
2017年に婚約者が急性白血病で他界。同年に自身も国が指定する難病のひとつ「クローン病」と診断された征矢は、投与される生物学的製剤が徐々に強い薬となり、「いずれは全部効かなくなってしまう。最終的には手術しかなく、手術をしたら格闘技はできないと思った」ことから、自身の免疫力で治す東洋医学の病院の存在を探し出し、生物学的製剤を止め、漢方薬と鍼と抗ヘルペス剤で寛解にたどり着いた。
そんな征矢が挙げたのは、ユダヤ人精神分析学者が自らのナチス強制収容所体験を綴った『夜と霧』。著者はアウシュビッツとその支所に収容されるが、想像も及ばぬ苛酷な環境を生き抜き、ついに解放される。家族は収容所で命を落とし、たった1人残されての生還だった。
監督官たちの非道なふるまい、被収容者たちがいかに精神の平衡を保ち、あるいはは崩壊させてゆくのか。著者は極限におかれた人々の心理状態を学者らしい観察眼で分析し、「生きることからなにを期待するかではなく、……生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題」と記している。
『夜と霧』の由来は、1941年12月、アドルフ・ヒトラーにより発せられた総統命令から。「収監者はドイツへ密かに連行され、まるで夜霧のごとく跡形も無く消え去った」とされている。
新版で新たに翻訳を担当した池田香代子氏は、版元のみすず書房のプレスリリースに、「フランクル氏は、被収容者にとってもっともつらかったのは、この状況がいつまで続くかわからないということだった、といいます。そんななかで、『生きる目的を見出せず、生きる内実を失い、生きていてもなにもならないと考え、自分が存在することの意味をなくすとともに、がんばり抜く意味も見失った人は痛ましいかぎりだった。そのような人びとはよりどころを一切失って、あっというまに崩れていった。あらゆる励ましを拒み、慰めを拒絶するとき、彼らが口にするのはきまってこんな言葉だ。『生きていることにもうなんにも期待がもてない』」
同書をピックアップした征矢は、逆境のなかで、「外部から悪い物が入ってきたわけではなく、自らが免疫機能を誤作動させる何かを生み出した」と考え、「自分が生み出した病気は自分で治せる」という言葉を聞き、「ストンと胸に落ちてきた」という。
そして、「どんなに辛いことがあっても、ジムへ行けば頑張っている仲間がいるのが僕にとって大きかった。その姿があったから僕も諦めないで復帰してやろうって気持ちになれたのかなと思います」と語っていた。
外からやってきた新型コロナウイルスの影響で、ジムが閉鎖され、試合も決まらないなか、征矢は何を思うか。現WBA世界ミドル級王者の村田諒太も愛読書に挙げている同書は、生きる意味を問う、一冊だ。
◆石井慧・選
カルロス・カスタネダの本
ペルー生まれの米国の作家・人類学者であるカルロス・カスタネダの本を挙げたのは石井慧(チーム・クロコップ)。石井は前戦、2020年1月の「HEAT 46」で、SFTミドル級王者クレベル・ソウザを相手に1R、アームロックで一本勝ちを収めている。
そんな石井が挙げたカスタネダは、UCLAで文化人類学を専攻し、在学中に旅の途中でヤキ・インディアンの呪術師「ドン・ファン」と出会い修行を積んだ、とされる。1968年、その経験を『呪術師と私』のタイトルで発表。全米でベストセラーとなった。
カスタネダはヨガや武術的な身体技法の本も残しており、同書を愛読していた細野晴臣はかつて「ビジョン・クエスト」を現地で体験している。果たして石井は、カスタネダの本にどんな興味を抱いたか。
以下は、ほか各選手が挙げた「好きな本・漫画」のリストだ。漫画では、板垣恵介が描く『刃牙』シリーズ、尾田栄一郎の『ONE PIECE』、井上雄彦の『バガボンド』が根強い人気となっている。