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インタビュー

【UFC】マネル・ケイプがポルトガル語で語ったこと──「パントージャ対ジョシュア・ヴァンの勝者を待つだけ」「俺の本職は柔術だ」(前篇)

2026/01/09 18:01

父はソウル五輪ボクシング アンゴラ代表だった


(C)Zuffa LLC/UFC

──良いですね。ポルトガルで育ったあなたですが、お父さんはボクサーだったんですよね? ソウルオリンピックにも出場した。

「1988年のソウル五輪です。ロイ・ジョーンズ・ジュニアが出ていた時です」

──ボクサーの父親から直接、格闘技の影響を受けて育ったんですか?

「はい、そうです。家で見ていたのはそれでした」

──父親が戦うのを見て「これが自分の人生にしたいものだ」と?

「はい。最も満足感があったのは、学校へ行った時です。父の試合がポルトガルの大きなテレビで流れていて、勝った翌日に学校へ行くと『おい、お前の親父が勝ったぞ! 戦うのを見たぞ!』と言われるんです。私は父にいつも『ジムが終わったら、学校まで迎えに来てよ』と言っていました。父は『いや、ダメだ』と言いながら、サプライズで来てくれるんです。すると友達が来てサインをねだる。『おい、お前の親父が来たぞ『』って。私は『言わなかったっけ? 親父が来てるんだ』って。最高の瞬間でした」

──お父さんはアンゴラ代表だったんですか?

「アンゴラ代表です。当時ポルトガルも代表していましたが、ボクシングは代表チーム制なので、流れる国歌は常にアンゴラのものでした。しかし彼はポルトの最大のクラブである『ボアヴィスタ』に所属していました。街では非常に有名な大きなクラブです。ボアヴィスタの通りに父の名前が書かれたり、写真が飾られたりするほどでした」

──お父さんの名前は?

「マヌエル・ゴメスです。そして彼は街や国の歴史に残る印象的な試合もしました。『アリアドス』で戦ったんです。アリアドスというのは、コパカバーナにリングを作るような、街のど真ん中、中心地のことです。そこで試合をして勝ちました。街の歴史の節目となる最初のイベントでした」

※本誌の取材では、「父はプロになる前にポルトガルのアマチュア大会に参加し、ポルトガルのベストファイタ一達を倒して優勝したんだ。そこでポルトガルが父を招待し、住むところと仕事を用意してくれた。それで父は2年くらいかな、ポルトガルに一人で住んで、家族が移住できる環境を整えてから僕らを呼んだんだよ」と語っている。(『ゴング格闘技』2020年3月号

──興味深いですね。子供の頃にそんな記憶があるのは。今はあなたが父親の立場です。娘さんはまだ小さいですが、彼女はパパの仕事を知っていますか?

「知っています。彼女は友達の家に行って、母親と一緒に試合を見ています。私が勝つと、いつも彼女に最初に電話をします。彼女は『マネル、勝ったね! 見たよ、あなたが勝つのを』と言います。今の子供は昔よりもずっと進んでいて、感受性が豊かで、色々なものと繋がっています。私の娘は3歳ですが、想像もつかないようなことをします。体操、水泳、乗馬、今はスキーもしています。学校で表彰式があったのですが、3歳ですでに読み書きができるということで、数学と語学の証明書をもらいました」

──彼女はアメリカで生まれたんですか?

「はい、ここで生まれました。彼女はポルトガル語、英語、そしてロシア語を話します」

──ポルトガル語、英語、ロシア語も? なぜロシア語を?

「母親がロシア人なんです」

──それは知りませんでした。

「私も話せますよ」

──マネル、あなたはロシア語も話すんですか?

「はい、よく話します。話すより理解する方が得意ですが。『ガバリート・パ・ルースキー(ロシア語を話す)』ですね」

ムスリムに改宗、ダゲスタン勢との交流


(C)Manel Kape

──驚きました。子供の頃、スーツを着て教会に行っていたと言いましたよね。今は公言している通り、ムスリム(イスラム教徒)ですよね。いつ改宗したんですか?

「3年前です。ここアメリカで。誰かの影響ではなく、私は勉強するのが好きなんです。なぜなのか、何のためなのかを深く研究します。私はエホバの証人として育ちました。子供の頃からとにかくたくさん、たくさん本を読まなければならない宗教です。他人の家を叩いて回ったり」

──今でもベガスで見かけますよ、エホバの証人やモルモン教の伝道を。

「ここでのことはよく分かりませんが、とにかく私が育った宗教でした。キリスト教です。これはより深く複雑な話になりますが。クリスチャンと言えばイエス・キリストを信じる人たちのことですが、ムスリムもイエスを信じています。メシア(救世主)としてではなく、預言者として。そしてエホバの証人もイエスを神とは信じていません。カトリックがイエスを神とするのとは違います。聖書にはイエスが『崇拝は父(神)に対してのみ行われるべきだ』と言ったことが記されています。こうしたことが、私をイスラム教へと向かわせました。エホバの証人は私が育った環境であり、イスラム教は私が選んだものです。イスラム教こそが私の求めていたものだと心の底で気づいたんです。神は私たちに選択の力を与えてくれました」

──ロシア人やムスリムのファイターたちとの関係も、それに関係していますか? あなたが彼らと良い関係を築いているのをよく見ます。マネージャーのアリ(アブデルアジズ)も彼らの多くを担当していますね。

「はい。ハビブ(ヌルマゴメドフ)とは常に良好な関係です。彼は私の中に何かを見出すと、『これを練習しろ』『これをやれ』と言ってくれます。それだけでなく、私の叔父は将軍であり、ロシアでのアンゴラ大使でもありました。だからロシアという国とは非常に縁があるんです。だからロシア語を学んだんです。色々なことが繋がっています」

──なるほど。さて、あなたは「試合の週はピリピリしているファイターもいる」と言いました。減量中などは特に。

「そうですね。その時に接すると、その選手の別の面が見えることがあります。私は減量中でも落ち着いているように努めています。それが私たちの仕事であり、あなたたちの仕事でもあるからです」

──このラスベガスにはいつ来ましたか? 2020年か2021年? UFCと契約する前ですか?

「UFCと契約した時にラスベガスに住んで。ここに住んでUFC PI(パフォーマンス・インスティテュート)を使うために。私のマネージャーであり兄弟のような存在であるアリ・アブデルアジズもここに住んでいますし、会社も近い。仕事場の近くにいるのは理にかなっています。日本でRIZINで戦っていた時は、タイと日本に住んでいました。ベガスにはよく馴染んでいます。ずっと訪れたい場所でしたから」

──以前ディエゴ・ロペスに「今のUFCで最高のトラッシュトーカーは誰か?」と聞いたら「マネル・ケイプだ」と答えました。あなたは「相手の心に入り込むのが上手い」と。アデサニヤとのやり取り(※23年9月の豪州大会で欠場したカイ・カラフランスと同門のミドル級王者にも舌戦)も面白かったと言っていました。私も同意します。あなたがブランドン・ロイバルに勝った時、トプリアについて聞かれて『日本では俺の方が彼より有名だ』と言いましたよね。

「それは事実ですよ。トラッシュトークではなく事実です」

──事実であれ何であれ、マイクを持てばそれはプロモーション、トラッシュトークに含まれます。その自信はどこから来るのですか?

「子供の頃からです。学校での私を知る人は、私が常に言い返し、先生に対しても常に即座に返答を用意していたことを知っています。それは私がポルト(ポルトガルの都市)の人間だからだと思います。ポルトの人間は非常に舌が鋭い」

──何か理由は?

「ポルトの人間はよく毒づきます。罵ったりもしますが、それは良い意味での文化なんです。愛情深く、温かく迎え入れる人々ですが、文化の一部なんです。特に私が育ったリオ・ティントでは、弱気な態度は見せられませんでした。路上では常に喧嘩がありました。『何見てるんだ?』という挑発から始まります。サッカーをすれば『今のファウルだろ、クソ野郎』となって、『ああ? 文句あるか? 来いよ』となる。私はその中で育ちました。それが私のDNAの一部なんです」

──子供の頃は喧嘩っ早かった?

「学校でも路上でも、非常に。柔術を始めてから止めましたが、それまでは毎日でした」

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