10月13日(日)に両国国技館で開催される「ONE: CENTURY 世紀」の朝の部(午前8時~)で、日本人の父とタイ人の母を持つ日系タイ人のイシゲ・リカが、自身のルーツのひとつである日本で試合を行う。対戦相手は、亡き父が愛していた柔道をバックボーンに持つ平田樹(K-Clann)だ。
“タイニードール(小さな人形)”ことイシゲ・リカの両国での試合は、イシゲのキャリアにとって大きな意味を持つことになる。それは昼夜2部の格闘技史上最大級のイベントで行われるからだけではない。
対戦相手の平田がこれまででもっとも強敵であること、そして試合が平田の母国で行われるからだ。しかしイシゲは、そんな条件をはねのけて、自身のキャリアのなかで最高の勝利を飾り、女子アトム級で台頭していくことができると信じている。
平田は2019年6月の「ONE:LEGENDARY QUEST」でのONEデビュー戦でアンジェリー・サバナル(フィリピン)に腕緘(アメリカーナ)を極め、鮮やかな一本勝ち。アマチュア戦から築いてきた全試合一本勝ち記録、無敗記録を更新した。
グラウンドはイシゲも得意とするところだが、グラップリング(組み技)で経験十分な平田の前では、無力化されてしまう可能性もある。
「ヒラタは柔道が得意な強敵です。それに私よりも若く、プロでまだ負けたことがない」とイシゲは語る。「自分のこれまでのキャリアで、一番タフな試合になると思う」
しかし、それこそまさに、イシゲが強みを発揮する状況とも言える。イシゲはこれまでに幾度も、追い詰められたところから逆転勝利を挙げてきた。
「プレッシャーは感じている。でもプレッシャーがあればあるほど、私は強い気持ちになれる」とイシゲは言う。
そして今回の試合のイシゲは、これまでになく準備万端だ。前回2月の試合からあいた8カ月間を無駄に過ごしてきたわけじゃない。両国での戦いのために、一段階上のパフォーマンスを見せるためにトレーニングを積んできた。
「しばらく試合から離れていたのは、フィジカル的にもメンタル的にも、スキルをアップさせたかったから。前回の試合からどれだけ進化してきたかを、皆さんにお見せしたい」
さらにイシゲは、平田の強みであるグラップリングに対抗するためのゲームプランを練っている。それは彼女の発言を聞く限り、おそらく、ムエタイ生誕の地でこれまで世界最高のストライカーたちと練習を積むことによって磨いてきた、スタンドでの戦いのスキルを活用することなのだろう。
「ヒラタの打撃は、これまでの私の対戦相手と比べると、そこまで強いわけではありません。だから私は打撃の練習をかなり積んできています。それに、ヒラタの柔道と関節技に対抗するための防御の動き、テイクダウンディフェンスも練習しています」と、イシゲは付け加えた。
「もちろんゲームプランはあります。でも、対戦相手に知られるわけにはいかないので、明かすことはできません(笑)。とにかく私は練習したことにこだわって、ベストを尽くしたいと思います」
奇しくも平田は、今回のイシゲ・リカ戦に向けて、「相手は打撃が得意だけれど、寝技も出来る。自分が今までやったことのない選手」と警戒。その上で「今回は打撃でKOしたい」と、スタンド勝負も辞さない構えをみせている。
子供時代の故郷であった国、今でも母親が暮らしている国──それが日本
平田はこれまでプロ4戦中3試合を1Rでフィニッシュするなど、比較的短時間での勝利を重ねてきた。ピンチというピンチに追い込まれたことはなく、当然、ピンチを凌いで逆転した経験はない。
一方、イシゲの場合は、才能に恵まれた者とは異なりピンチに陥ることはあるが、そこから歯を食いしばって逆襲に転じて勝利を飾ってきた経験がある。平田が今回もまた楽勝できると思っているなら、それは大きな間違いだ、とイシゲは言う。
「彼女はまだ無敗だから、おそらく自信過剰に陥っている。たぶん私のことも油断してかかってくると思う」
今回の試合がさらに重要なのは、日本人とタイ人の血が流れるイシゲにとって、今回が日本での初めての試合になることだ。子供時代の故郷であった国、今でも母親が暮らしている国──それが日本なのだ。
ONEのタイ進出にも大きな役割を果たしたイシゲには、人を惹きつけてやまない天性のカリスマ性がある。それでもニックネームの“タイニードール”の由来をタイの多くの人々は知らないだろう。美しいルックスからそうつけられたのではない。それは、イシゲと同じ名前の日本の着せ替えおもちゃ「リカちゃん人形」にちなんだものなのだ。
リカちゃん人形と同じく日系ハーフのイシゲは、生まれも育ちもタイ・バンコク。幼少期には日本人とタイ人のハーフであったことからイジメにあったことを告白している。柔道家であった亡き父からの影響で格闘技に関心を持ち、9歳から合気道とテコンドーを習い始めた。格闘技はいじめから自身の身を護るもの、そして強い心を持つためでもあったという。ブラジリアン柔術青帯で、シャノン・ウィラチャイ(MMA9勝5敗1NC)と出会いMMAを始めた。
モデルから格闘家に転身したイシゲは、試合後の汗まみれの勝利者インタビューで、茶目っ気たっぷりに開口一番、「私、まだキレイかしら」と周囲を和ませる。根っからの“見られる”プロでもあるイシゲの入場時のコスプレダンスはファンにもお馴染みとなっている。ただイシゲは、今回はレベルアップした格闘技のスキルでも新しいファンを獲得すべく意気込んでいる。
「『ONE: CENTURY 世紀』のようなメガイベントに参加できること、そして第二の故郷である日本で、世界中の偉大なアスリートと並んで試合ができることを光栄に思っています。勝っても負けても、ずっと応援してくださる皆さんにお礼を言いたいです。10月13日には、私のトーキョーでの試合もぜひ見てください。ベストを尽くして、皆さんをがっかりさせないようにします」──イシゲ・リカ、この小さな人形には、強いハートが備わっている。
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