2024年4月29日(月・祝)、東京・有明アリーナにて『RIZIN.46』が開催され、メインイベントの「RIZINフェザー級(66.0kg)タイトルマッチ」で王者・鈴木千裕(クロスポイント吉祥寺)が、挑戦者・金原正徳(リバーサルジム立川ALPHA)に1R 4分20秒、TKO勝ち。初防衛に成功した。
24歳でMMA17戦(13勝3敗1NC)の鈴木は、41歳でMMA51戦(31勝15敗5分)の実力者・金原をいかに下したのか。両者のコメントと鈴木陣営への取材から、鈴木千裕の恐るべき進化が見えて来た。
鈴木は、RIZINで5連勝後の2023年6月にクレベル・コイケが持つフェザー級王座に挑戦も、1Rに腕十字を極められタップアウト。しかし、400g体重超過したクレベルが王座剥奪の上、試合はノーコンテストに。
続く2023年7月の『超RIZIN.2』で現Bellatorフェザー級王者のパトリシオ・ピットブル(ブラジル)と70kg契約で緊急対戦し、1Rに右フックでKO勝ち。大金星を挙げると、11月のRIZINアゼルバイジャン大会でヴガール・ケラモフを1R1分18秒、TKOに破り王座に就いた。
挑戦者の金原は、元UFCファイターで元SRCフェザー級王者。RIZINではフェザー級で芦田崇宏、摩嶋一整にTKO勝ち。2023年4月の前戦では山本空良から再三のダウンを奪う判定勝ち。9月にはクレベル・コイケに判定3-0で勝利し、タイトル挑戦へ漕ぎつけていた。
国歌斉唱中のリング上で「柔術立ち」
試合直前のリング上から、両者の動きは対照的だった。
タイトルマッチの国歌斉唱時。目を閉じて胸に手を当てる金原に対し、鈴木はセレモニーを意に介さず、コーナーでシャドーを見せると突如、マットに横たわり、エビからの「柔術立ち」を繰り返した。それは、下の選手が相手の打撃を防ぎながら、背中を見せずに立ち上がる、柔術の動きだった。
鈴木は「タイトルマッチはリングに上がってからも長い。集中力と身体が冷めないように、直前まで身体を動かしたいです」と、セコンドに伝えていた。
(C)Keisuke Takasawa
その鈴木のセコンドには、かつては対角のコーナー=金原正徳のセコンドについていた柔術黒帯、パラエストラ八王子代表の塩田“GOZO”歩がついている。
「金原とは一緒にいたのも一番長かったし、ずっとやっていましたからね。試合が決まりワクワクはしました。向こうは“まだまだ俺の方が強いぞ”と思っているだろうし、こっちは頑張っている若い子だし」と、自陣の対戦相手となったかつての所属選手を、塩田は語る。
「いまではみんなMMAの選手は打撃が上手いけど、そうでない時期から金原は非凡でした。早い時期から当時のチームドラゴンとかに出稽古に行き、UFC後には『KNOCKOUT』で立ち技ルールでも勝っている」と、現在の鈴木の“二刀流”の先駆け的存在だと言う。
その上で試合前、塩田は今回の試合に向け、「金原は国内で“裏番長”と言われていますけど、ビクター・ヘンリーとかは、その背景に呑み込まれずに、最後ゴンと来るじゃないですか。千裕くんはそういうのを持っている」と、ペルー人の父を持つ鈴木の心身ともにハイブリッドな強さについて語っていた。
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「あそこで歯車が狂ってしまった」(金原)
1R、グローブタッチ後、先に中央を取ったのは鈴木だった。
「圧とか。すごい目に見えない戦いが今回多かったですね。お互い一歩も出せないで、“あ、これ出したらこれ来るんだな”という読み合いの展開が多かった」という鈴木だが、自ら圧力をかけて左インローの後に、得意の右ストレートを強振して踏み込んだ。
その右を掻い潜って組んだのは、金原だ。レスリングベースではない、MMAベースの少し高めの腰下に組む動き。
本誌の取材に「千裕の右に対して自分がどう怖がらず前に行けるか。今回のポイントはそこじゃないですかね」と語っていた金原は、抜群のタイミングで懐に入るが、鈴木は、右手をオーバーフックで差し上げ、左手で金原の顔を剥がすと、押し込む金原に四つに持ち込み、左ヒザを突いて体を入れ替えることに成功している。
この最初のテイクダウンの攻防が、試合の趨勢に大きく影響した。
金原は、「入りは良かったと思う。プレッシャーをかけたいというのはあって。自分が最初に望んでいた展開で一応、上手く組めたけど、あそこで組みを切られてしまったのが想定外。そこで全て自分の歯車が狂って後手になってしまった」と、抜群のタイミングで組むことが出来た好機をモノにすることができなかったと振り返る。
塩田は、「金原には独特のリズムがあるんです。そのリズムを2人で研究しましたね。リズムを取って相手の動きに合わせてタックルが上手いので、そのリズムを掴んだ。金原も千裕くんだったら組めるだろうと思っていたはず。あの最初の組みで差し上げ、体を入れ替えたことで、“あっ、やっぱり組みも強いんだな”と、簡単には踏み込めなくなったと思います」と、大一番の最初の勝負ポイントを語る。
鈴木は今回、最も警戒していた金原の動き──テイクダウンからの寝技に対して、段階ごとに対処法を繰り返していた。
まず組まれないこと・組まれても突き放すこと・倒されてもバックを譲らず立つこと、その際の打撃も。
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「あの低い構えからのワンツーは練習していました」(山口元気代表)
鈴木が所属するクロスポイント吉祥寺の山口元気代表は、スタンド部分での今回の秘策は「構え」にあったことを明かす。
「実は、あの低い構えからのワンツーは、練習してきました。組みに対処したあの構えからもいかに打撃を当てるか」
その言葉通り、鈴木は、組みに対処できる低い構えからでも、カーフキックを含む左右のローを金原の前足にこつこつと当てていった。
フィニュシュに至るポイントは3つある、と鈴木は言う。
「一個はカーフキックから勝負のチャンスの流れがあって、ボディ打ちの流れがあって、あと腕十字を狙われたときにそこでいかに綺麗に対処するか、そこが勝負どころでしたね」
息詰まるスタンド戦の攻防。徐々に圧力をかける鈴木は、下がりながら左ジャブを突く金原をかわして左ボディ! さらに金原の左ジャブをかわして右を当てると、金原は一瞬、足が揃ってしまう。
畳みかける鈴木は、ここでワンツーの右を強振。ダックして避けた金原はロープ背に右を返すが、そこに右を狙う鈴木は望んでいた「打ち合い」の展開に持ち込む。
嵐のような強打のラッシュ。
「千裕の打撃は、自分が想定していたものでした。パンチが強いし、蹴りだったり、ハンドスピードも速かった。打ち合いになることも結構、覚悟決めていたんです。そこで勝てないとは自分でも分かっていたけど、それを“させられた”というか、自分がそれに“呑みこまれてしまった”という感じですね」(金原)
カーフを当てた鈴木が、フィニュシュに持ち込んだ左ボディ。それはMMAで打つことが難しい距離の打撃だ。つまり、相手のテイクダウンを切ったことで鈴木は、上下に散らした打撃を入れて、組みのあるMMAのなかで金原の懐に入り、レバーを突いている。
「キーポイントがあるんです、左ボディです。金原さんは左ボディが効いて動きが止まって目つきが変わったので、仕留めに行きました」(鈴木)
右カーフ、左ボディ、右ストレート。金原の打ち返しより回転速く左右を打つ鈴木の右に、後退した金原は腰を落としてマットに手を着いた。
「ガードの上から打たれて、効いてしまって、そのままちょっともうグラグラしてしまって。一発もらったらもう終わりだとは自分ではずっと思っていたので、ガード高めには意識していたけど、そのガードの上から効かされてしまった。ガードの上から効かされたこと? 練習とかでも無かった」(金原)
ガードを固めて立ち上がる金原を詰めた鈴木は右ヒザから左アッパーのダブルで金原をダウンさせると、ハーフガードの金原を潰して左のパウンドをラッシュした。
被弾しながらも、金原は下から腕を手繰り、腕十字を狙っている。しかし、パウンドしながらも鈴木は、その動きを察知していた。
「あそこで腕取られていたら僕の負けでしたけど、臨機応変に対応できたので。そこが最後の勝負どころじゃないですか」
下からの腕十字もかわして、金原が戻した両足を押し込んだ鈴木が中腰からパウンドを連打すると、正面からチェックしていたサブレフェリーからリングにレフェリーストップのバトンが投げ入れられた。
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かつての師匠・塩田の鈴木セコンドに、金原は「やりにくさは無かったけど──」
鈴木千裕が1R 4分20秒、TKO勝ちでフェザー級王座の初防衛に成功。
塩田は、かつての五味隆典のような鈴木の強みを語る。
「最後も千裕くんのパウンドの強さですね。グラップラー相手に上を取れたら、強いパウンドを打てば一気に行けるだろうという思いもありました。相手の下からの腕十字の対処も危なげなかったです」
ダウンから上体を上げ、座り込んで苦笑した金原に、鈴木は正座してハグ。金原は「ありがとう、頑張ってね」と声をかけ、その2人を塩田も見守った。
試合後、かつての古巣チームと対戦したことを金原は、「15年前の戦極でベルト獲った時に自分のセコンドについていた方が向こうのセコンドについているのは事実だし、だからと言ってやりにくいのは一切なかったですけど──逆に俺のことを知るからこそ、うまくつけ入る隙もあったと思うので」としながらも、「まあ、人なんてそんなに変わらないので、15年前だろうが自分のものって変わらないので、そういうのもうまく攻略されたというところはあるかもしれないです。でも自分はやりづらさはなかったですし、終わった後に『ありがとうございます』とお礼できたのでよかったです」と語った。
鈴木も「塩田さんは、やっぱり金原選手の恩師で格闘技の先生なので、同じものを学べているのは大きいですよね。塩田さんのMMAは世界に通用しますし、金原選手のMMAもUFCとか世界で通用させてきたので、何も間違っていなかったと思います」と新旧師弟対決を振り返った。
塩田は、「金原くんの若い時から一緒に世界に向けてやっていて、本当に強い選手だって分かっていたし、そういった選手を相手にしたことで、ともに研究していい結果が出たことで、いまはもう千裕くんが世界に向けてやれる選手と自信を持って言えます。
何より成長速度が速い。ちょっとおかしいくらいすごい(笑)。ピットブルを倒して、ケラモフを倒して、今回の試合が千裕くんの怪我で12月ではなくなったことは、僕は良かったと思いました。ほんとうに(短期間で)強くなるので。タイガームエタイに行っても一段階上がっている。ほんとうにみんな期待してもらっていいと思いますね。
パラエストラ八王子を出してから22年。本当にいろいろな事がありました。プロ1号の鹿又(智成)と試行錯誤し、金原(正徳)と世界を目指し、徳留(一樹)とはUFCでラスベガスの舞台に立ちました。昨日はRIZINで高木凌が勝利して、鈴木千裕が王座防衛。2人とも24歳、これから2人とも世界で活躍していくと思います」と、新世代に期待を寄せる。
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『日本のRIZIN』を俺が『世界のRIZIN』にします(鈴木)
マット上で鈴木は「言ったろ?『1R KO勝ち』で。有言実行。“絶対王者”になるって。『日本のRIZIN』を俺が『世界のRIZIN』にします! 俺について来い!」と叫んだ。
その光景がリプレイされているモニターをバックに金原は、ここまでのキャリアを記者陣に問われ、「本当に諦めずやること以外に言葉はなくて。自分はずっと光を浴びた選手ではないし、メジャー団体が無くなることなど色々経験して、こうしてRIZINでメインイベントを張らせてもらえるのは光栄なことで、決していいことばかりではなかったけど、頑張ればチャンピオンシップを戦える、報われることを、辛い他の40代の人に伝わってくれればいいなって思います」と語り、「でも年齢を言い訳にせずに、“MMA”で勝ちたかったな、というのはあった。でもできなかったんで“はい”って感じです」と苦笑。
「鈴木が日本MMAを背負えるか」との問いに、「俺に勝ったんだから、背負ってもらわないとね! 困りますよ」と答えている。
RIZINフェザー級王座を防衛した鈴木は、Bellator王者のパトリシオ・ピットブルとの再戦も浮上するなか、クレベル・コイケvs.ファン・アーチュレッタ、朝倉未来vs.平本蓮戦の勝者との対戦、ヴガール・ケラモフ、ビクター・コレスニック、イルホム・ノジモフらの台頭も見据え、「世界」と戦うことになる。
いまだ歪だが、突出した武器を持つ鈴木が、MMAとしての強さを増し、金原が戦ってきた世界を、いかに実現させて絶対王者となるか。“天下無双の稲妻ボーイ”の今後に注目だ。