試合後のアーチュレッタ「自分にとっては(打ち合いに)行くしかない。選択肢はそれしかなかった」
──試合後の率直な感想を。
「すごくフラストレーションが溜まるような感じです。“なぜなんだ、なぜ自分にこんなことが起きるんだ”と。ファイトキャンプは素晴らしかったし、(萩原)京平も来てくれて、いいキャンプになった。すこし前まで順調に来ていたのに、病気にかかってしまい、それでも“諦めたくない、絶対に試合をするんだ”ということでいろんなことと戦いましたが計量を大失敗しました。この試合を成立させるために最大限の努力を、あらゆることをしてこの試合を成立させるためにしてきました。みなさんはこの試合を見る権利を持っているから最大限努力して精一杯戦いましたが自分の思うような結果は得られませんでした。そういったことを踏まえて“なぜここで自分なんだ”という問いしかなく自分には答えがありません」
──試合後に海選手とはどんな言葉を交わしましたか。
「そうですね、互いを称え合い、リスペクトし合って、同じ戦士なので、彼がチャンピオンになるためにどのような犠牲を払ったかも分かっているつもりなので、悪く言うことはないです。7月に戦えなかったことについて思うところはあるけれど、朝倉選手が精神的な駆け引きを仕掛けてきて、彼の思うような結果になったと思います」
──実際に戦ってみて、選手としての朝倉海選手のイメージは?
「彼はいい選手だと思います。彼はフィニッシャーですしタイミングが素晴らしい。打ち合いのなかでは、自分が打ち合ったと思う場面もありました。今やったら勝てると思いますし、いつかやれたらやりたいと思いますけど、お互いに全力出して戦って今夜は彼の方が強かった、彼の方が頑張ったということです」
──病気ということでしたが、病名やいつ罹ったのかを教えていただけますか。
「胃腸炎なのか感染症のようでひどく悪い症状でした。熱もあったのと、腰痛があり、飛行機の移動で腰が痛かったのですが治らず、お腹の調子がどうしても良くなくて、すごく便が良くなかった状態だったのですが、計量後すべて出して、本当に調子が良くなかったです」
──試合のどれくらい前だったのですか。
「月曜(に異変を感じ)で、火曜は1日16時間くらい寝て、少し良くなったけれど力が入らず動けなくて、そのまま金曜になっても体調が優れず、通常ならここで体重を落としているところがなかなかできず、体調が悪くて落とし始めることができず、土曜に起きてから水抜きを始めたのですがある一定のところからまったく汗が出なくなってしまいました」
──病気になった時点で試合をキャンセルする選択肢は?
「自分の身体のなかで、骨一本、血一滴たりとも、組まれた試合をやらないという選択肢はありません。私は契約書にサインしたその瞬間から、サポートしてくれるみんなが期待してくれている覚悟を持って必ず試合をすると思っています。皆さんたくさん働いて得たお金で、高いお金を出して格闘技を見にきてくれているから、いかなる状況でも投げ出したりしません。あとは、チャンピオンであることも非常に大きく影響していて、大きな責任を伴っていると思っています。いかなる人もファンもがっかりさせてはいけない。チャンピオンでいることは簡単ではありません」
──体重差があるなかで試合を受けた朝倉海選手を戦士として認めるという思いもありますか。
「もちろんです、彼には試合を受けない選択肢もありました」
──1Rでは組みの展開が結構ありましたが、2Rではスタンドの展開が多かったです。いつも連打からの組みを混ぜることを得意とするアーチュレッタ選手が、その形になったのは組みでのスタミナがキツいと感じた部分もありましたか。
「……レッドカード(50%減点スタート)から始まっていたので、自分にとってはもう行くしかない。選択肢はそれしかなかったです」
──体重超過があったとはいえ、1時間前まで体重を68kgにキープしなくてはいけなかったことは、どれだけ自分のパワーなどに影響がありましたか。
「たしかにあるかも分からないですが、最終的に体重超過をしたのは私ですし、チャンピオンとしての責任、いかなる団体にもルールがあり試合成立のための条件提示があったので、チャンピオンとしていかなる状況でもファンに試合を届けるという責任感でやり遂げました」
──試合後、海選手がリング上でマイクを持って観客に「計量失敗したのを責めていいのは自分だけだと思うからアーチュレッタ選手に何か言うのはやめてほしい」という主旨のことを伝えました。
「庇ってくれたことをリスペクトしています。振り返って後悔してどうこうなることではなく、自分の手の力の及ばぬところで起きてしまったことと理解しているので、いかなるやれることをやり尽くした結果、体重超過をしてしまった。彼もそれを受け入れて理解してくれて、その部分は彼もリスペクトしてくれていたのだと思います」
──試合後、リング上で鈴木千裕選手の名前を挙げていました。フェザー級ということになりますが、他の選手と1回か2回戦いたいですか。
「見ての通り自分は無傷でダメージを負っていないので、みぞおちに一撃もらって効いてしまっただけなので、身体自体は健康だと思っています。鈴木選手に相手がいなければ受ける準備がありあます。(萩原)京平がたった40日間で別人になるような練習を毎日しているので、自分にもできる。試合したい選手がいるなら、いつでも相手になりたいと思っています」
──今後の目標や展望があれば教えてください。
「願いが叶うなら、是非ここRIZINにいたいと思います。今回計量失敗でタイトルを失ってしまいましたが、病気になったという自分のコントロールできないところで起きたことだと思っているので、またベルトを取り返したいと思っていますし、とにかく日本で試合をするのが好きなので、ここでキャリアを終えてもいいかなと自分もやっぱり思っていますので、機会が再び与えられるのであればまた日本で、RIZINを代表して戦いたいと思っています」
──前回は試合後、日本で長く滞在していましたね。今回はどう過ごすのですか。
「今回も新年を日本で祝いたいと思っています。日本で、家族と過ごして、日本の文化や食事を味わい、まだ知らない日本を探究したいと思っています。ハッピーニューイヤー!」
なお試合後、朝倉海は「令和6年能登半島地震」の緊急支援募金に100万円を募金。アーチュレッタは言葉通り、日本に家族とともに滞在し、1月6日には、おにぎりを返礼として振る舞う募金活動「Onigiri for Noto」に参加。朝からおにぎりを握り、募金者に配っている。