ジャブに関しては「受けよう」と決めていました
戦前の多くの予想では、圧力をかけて前に出る武尊に対し、那須川はステップを使ってヒットアンドアウェーでポイントアウトを狙う。それを武尊が捕らえることができるかどうか、というものだった。
秋山は1Rの展開を、「武尊選手はいきなり行くのかなと思っていた。でも武尊選手が右ストレートに行くと、天心君の左ストレートが来る。武尊君が確実にプレッシャーはかけていて、1Rが一番大事かなと思っていたら、天心君の縦拳のようなジャブが7、8割当たり出した。あれは効かなくてもイライラする。武尊君は焦って動けなくなったのかな」と動画を観ながら語る。
そこで松倉は、武尊陣営が“倒す”ために大きな選択をしていたことを明かす。
「ジャブに関しては“受けよう”と決めていました。天心君のジャブはコンパクトで速いけど、ジャブじゃ倒れないし、勝ち方のなかで“肉を斬らせて骨を断つ”じゃないけど、相手がジャブから作ってくるのは分かっていたので、受けて無視して“拳を頭で割ろう”、くらいの感じだった」
額で受けて、相手の拳を壊す覚悟で詰めに行く武尊に対し、その頭を跳ね上げさせる那須川。この攻防も、那須川は瞬時に作戦を変えている。
「僕、相手のセコンドの声がよく聞こえていて『ジャブは捨てろ』と相手のセコンドがずっと言っていたので、あえてジャブを踏み込もうと思って思い切り打ちましたね。それでジャブで止めることが出来たので。本当はジャブをポンポンと(軽く)打とうと思っていたんですけれど、相手セコンドの声が聞こえたので踏み込んで強く打とうと思って打った感じです」
秋山は那須川の出入りを賞賛する。
「武尊選手はフックがすごく強い。でも中に入ると天心君はバックステップで距離を取る。天心君側としては作戦通りかな。相手のストレートに合わせて左……うまいね。頭を下げて左を打っている。残り10秒切ったところでダウンを奪い、これで取ったら、逃げ切れると思っただろうね」
オーソドックス構えの武尊に対して、那須川はサウスポー構え。右利き同士だと、武尊の得意な右フックから返しの左フックを一番いい位置で当てることが出来るが、相手がサウスポーだと、相手の肩と前手が邪魔になり、また相手の頭が少し近いため、右からの返しだとパンチが入りにくい。
さらにサウスポーだと左ストレートを合わせられてしまう。武尊の得意のパターンが、危険な瞬間を作り、その頭を下げて打つ左の相打ちは、那須川の得意技だった。
那須川は「会心の左でしたね。カウンターというかコンパクトに狙う、大きくならないで刀のように刹那というか、それを意識していました」とその瞬間を語っている。
「でもあそこですっと立った武尊選手もスゲーなって」という秋山に、松倉は「ダウンを取られたのは良くはないですけど、今までも無くはない。割と序盤はキツい展開も武尊はひっくり返す、逆に火がついたかなと」と1Rの展開を振り返った。