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2022年3月5日(日本時間6日)、米国ネバダ州ラスベガスのT-モバイル・アリーナにて『UFC 272: Covington vs. Masvidal』が開催される。
メインイベントは、ウェルター級1位のコルビー・コヴィントン(米国)と、同級6位のホルヘ・マスヴィダル(米国)による、かつてのアメリカン・トップチーム(ATT)盟友同士による因縁の一戦。この試合の見どころをWOWOW「UFC-究極格闘技-」解説者としても知られる“世界のTK”高坂剛に語ってもらった。
──『UFC272』のメインはコヴィントンvs.マスヴィダルのウェルター級マッチが組まれました。ノンタイトルの試合がUFCナンバーシリーズのメインイベントになるのは久しぶりですね。
「マスヴィダルはネイト・ディアス戦(2019年11月『UFC244』)の時もメインでしたよね。そう考えるとマスヴィダルが出れば、タイトルがかかっていてもかかっていなくても、メインイベントが成り立つという図式ができあがってますよね」
――コナー・マクレガーのような特別な選手ということですね。まあ、マスヴィダルvs.ネイトには「BMFベルト」という非公式なタイトルは賭けられていましたが(笑)。
「“裏のタイトル戦”ですね(笑)。BMFはバッドガイ同士のトラッシュトークも含まれるようなタイトルだから、今回も“事実上BMFタイトル戦”と言っていいかもしれない」
――しかも今回は、元アメリカン・トップチーム(ATT)の仲間だった両者が、今や完全に袂を分かち犬猿の仲になって行われる因縁の戦いですからね。
「だから本当に試合が実現するのか、心配なくらいですよ」
――チームが割れて仲違いした相手と試合をする選手の気持ちは、どういったものなんでしょうか?
「これは日本人的な感覚からすると、試合が組まれている時点で、いろんなことが消化済みと判断できるところがあるんですよ。本当にアンタッチャブルな関係だったら、普通、試合は組めないですからね」
――日本だと試合はおろか、会見等に同席もさせられないようなところがありますよね。例えば桜庭和志選手と秋山成勲選手が同席することがありえない、みたいな。
「だから日本だと、試合が組まれた時点で気持ち的なものはある程度はクリアできていると判断できるんです。ですがアメリカの場合、本当にシャレにならない関係すらエンターテインメントにしてしまうようなところがありますからね。そういう土壌のもとで行われる試合なので、今回のコヴィントンvs.マスヴィダルは何が起こるか分からないというか、無事、試合当日を迎えてほしいって感じですよ(笑)」
――それぐらい波乱含みの試合ということですね。
「ただ、そういった感情的な面を抜きにしても、コヴィントンとマスヴィダルは、“やり合いの中で強さを発揮”する者同士の戦いなので、純粋なマッチアップとして考えても、すごく惹かれるものがありますね」
――両者ともに激戦区ウェルター級の上位ランカー同士。しかも、ここ数年は王者カマル・ウスマンにしか負けてないですからね。
「コヴィントンもマスヴィダルも、ウスマンと2試合ずつやっていますけど、その計4試合を今回あらためて見直してみたんですよ。そこでまず感じたのは、コヴィントンはああいう傍若無人なキャラクターですけど、じつはものすごい努力家なんだろうな、ということですね。ウスマンとの1戦目と2戦目を比べてみても、明らかにいろんな面で向上していた。格闘技に対してクソ真面目だからこそ、あえてその裏返しでトラッシュトークをやってるんじゃないか、と思わせるくらいテクニカルなんです」
――コヴィントンはかつて、戦績は良いのに試合が地味でリリース寸前までいったことがあったので、チェール・ソネンを参考にして自分をキャラ付けした、と発言していたことがありましたからね。
「コヴィントンが、いわゆる“地味強”に見えてしまった要因というのは、それもこれもレスリング能力が高いからだと思うんですよ」
――王者ウスマンもそうですけど、レスリング能力が高くてトップコントロールが巧みな選手は、地味に見られがちですよね。
「そしてコヴィントンは2度目の試合で、そのウスマンからテイクダウンを奪ってるんですよね。ウスマンはそれまでテイクダウンディフェンス100パーセントでしたよね?」
――はい。UFCで一度もテイクダウンを許していませんでした。
「コヴィントンがウスマンとの再戦の3ラウンドにタックルで倒した時、これがテイクダウンと認められるかどうか、現地の実況でも物議を醸してましたけど、タックルからバックを取って崩してウスマンの両手をマットに着かせているので、あれはレスリング的にはグラウンディングなのでテイクダウンなんですよ」
――一応、UFC公式記録では、いまだウスマンのテイクダウンディフェンスは100パーセントのままですけど、コヴィントン自身は「テイクダウンを奪った」と言っているようです。
「それぐらい、自分の中でもうまくいった手応えがあったんでしょう。あの時、サウスポーの構えから左タックルにスイッチして入ってるんですよ。その前は、逆サイドにタックルで入って、それはウスマンに2回切られてるんです。でも、3ラウンドでは逆側にタックルで入ったので、ウスマンはまったく反応ができなかった(※ウスマンの組みを切って、ウスマンの左脇を潜ってボディロック&背後から小外でテイクダウン)」
――裏を突かれたわけですね。
「あのシーンひとつとっても、コヴィントンはあれだけのプレッシャーの掛け合いの中で、すごく冷静に判断ができる選手なんだなと感じましたね。普通、ウスマンにプレッシャー掛けられて、ジャブを被弾している状態でタックルを2度切られたら、あたふたしてもおかしくないところで、冷静に自分のほうに流れを引き寄せるものを試合の中で出せた。そこがウスマン戦の1戦目と2戦目の違いですね」
――1戦目は後半、ウスマンが完全にペースを握りましたけど、2戦目は最後まで一進一退でしたもんね。
「そうなんですよ。2戦目はコヴィントンに試合が傾いている瞬間が何度か訪れていて、一方的にペースを握られていたわけではなかった。最終的に勝つまでには至らなかったけれど、ウスマンの牙城に最も近づいた選手であることはたしかです。だからコヴィントンという選手は、キャラ付けされた先入観を省いて見ると、ものすごくテクニカルなファイターだと思います。逆に言えば、その真の姿を隠すために、あえてあのキャラを演じてるんじゃないかな」
――一方、マスヴィダルのほうは根っからのファイターという感じですよね。
「マスヴィダルは自分からプレッシャーをかけて、蹴りなりパンチなりを被弾させて、相手がちょっと隙を見せたところを見逃さず仕留められる選手。あれこそ天性の感覚、野性の勘のようなもので、マスヴィダルの強さの根本にはそれがあるんだと思います」
――隙がない自分を作り上げるというより、相手に隙を作らせてそこを突ける選手。
「1試合の中でひとつのミスもせずに完璧に試合展開をこなすっていうのは、どんなに完成度の高い選手でもやっぱり難しいんですよ。だから現王者のウスマンや、元王者のジョルジュ・サン・ピエールのような難攻不落タイプでも、試合中に何度かは隙を見せていて、マスヴィダルはそこを嗅ぎつける能力が高い選手なんです」
――わずかなチャンスを見逃さないわけですね。
「しかも、自分からプレッシャーをかけて相手のミスを誘うのもうまい。だからダレン・ティル戦なんかでは、ずっとオーソドックスの構えで戦っていたのが、急にサウスポーにスイッチして、“あれ?”ってなったところに、フェイントから左フックを入れたりしていましたから。その野性的な感覚がマスヴィダルの強みですね」
――では、じつは努力家で隙のない自分を作り上げるコヴィントンを、マスヴィダルがどれだけ崩せるかがポイントになりそうですか?
「そうですね。正直、レスリング技術はもちろん、打撃とタックルの混ぜ方なんかも含めて、コヴィントンのほうがいろんな武器は持っていると思うんですよ。でも、劣勢になったとしても、一発で試合をひっくり返せるだけの力をマスヴィダルは持っている。マスヴィダルは多少被弾しても、相手がチャンスだと思って向かってきたときにカウンターを合わせるのも得意だから。相手が勝負に来た時が、自分にとってチャンスだという感覚があるでしょうね」
――殴り合い上等で、競り合いの中から勝ちをつかむという。
「だからマスヴィダルの試合は面白いんだと思います。一筋縄ではいかないし、逆転が起こる可能性が高いので。コヴィントンは意を決して前に出る時、けっこう被弾するんですよ。そして打撃vs.打撃になったとき、マスヴィダルの方が強いパンチを持っているし、打ち合いに強い選手なので、もしコヴィントンがちょっと雑に前に出てきたりしたら、マスヴィダルが強打で倒す可能性が高くなる。ただ、コヴィントンがケージレスリングも含めたタックル中心の戦い方を仕掛けてくると、マスヴィダルの良さが消されてしまうかもしれない」
――マスヴィダルの1回目のウスマン戦が、そんな感じでしたもんね。では、勝負はマスヴィダルがどれだけ“ケンカ”に持ち込めるかどうかですかね。
「たぶんマスヴィダル自身、そうしないと勝てないと思っているはずなんですよ。試合前のトークで吹っかけたり、頭に血を昇らせるための布石をいろいろと打っているのも、自分のペースに持ち込むためのものですよね。そして、殴り合いに持ち込めば滅法強いので、コヴィントンvs.マスヴィダルは、そういった事前の駆け引きも重要になってくるんじゃないかな。単なる試合を盛り上げるためのトラッシュトークの応酬ではなく、それが戦いにも直結するような試合になると思いますね」(聞き手・文/堀江ガンツ)