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2021年12月12日(日)東京・新木場スタジオコーストにて、「PANCRASE 325」が開催される。
PANCRASEにとって最後のスタジオコースト大会では、ストロー級タイトルマッチ(5分5R)が行われ、王者の北方大地(パンクラス大阪稲垣組)が2年5カ月ぶりにデカゴンに帰還。同級ランキング1位の宮澤雄大(K-PLACE)を相手に初防衛戦に臨む。
その北方が現在、対戦相手のみならず、難病とも戦っていることを、自身のYouTubeチャンネルで告白した。
2021年4月に「朝起きたら首が動かなくなっていた」北方は、その後も痛みが取れず、胸椎にも痛みを感じるようになり、病院でMRI検査をした結果、国が特定疾患難病に指定する「頸椎の後従靭帯骨化症(OPLL)」を発症していると診断を受けた。さらに首の「頸椎椎間板ヘルニア(5番・6番)」も加わり、「痛みで眠れない」日を過ごしたという。
「後縦靱帯骨化症」とは、背骨の中を縦に走る後縦靭帯が骨になった結果、脊髄の入っている脊柱管が狭くなり、脊髄や脊髄から分枝する神経根が押されて、感覚障害や運動障害等の神経症状を引き起こす病気。根本的な治療方法は確立されておらず、原因も特定されていない難病だ。
重症になると立ったり歩いたりすること、排尿や排便が困難となることもあり、また軽微な外力を受けて、神経の障害が急速に進行したり、四肢麻痺になることもあるため、「転倒などには十分注意する必要がある」とされている。
北方は、病気になる1カ月前の3月30日に入籍し、妻の連れ子3人の父親になったばかり。9月には4人目の子供も授かり、「今まで以上にバリバリ働かなアカンとやる気も上がっていた矢先に病気になり、“働けなくなる、家族を養えなくなる”という恐怖、格闘家としての引退の恐怖が襲ってきた」という。
そんななか、6月のRIZINで中村優作戦のオファーが届いた。
前田吉朗さんから「試合をさせるわけにはいかない」と言われて──
【写真】2020年11月のRIZINで57kg契約で竿本樹生と激闘も、判定で敗れた。
リハビリを続けるなか、「自分の子供たちや指導しているキッズたちに、挑戦する姿勢を見せたい」と感じ、試合オファーを受けた北方は、治療・練習をサポートしてくれる周囲のおかげで「100%ではないものの、十分な練習を積めるくらいには回復」し、前日計量もパスしたが、連日続いた高熱が下がらなかった。
コロナ感染を疑い、試合3日前からPCR検査と抗原検査を計3度受けてすべて陰性。格闘家として「せめてリングの上で死なせてほしい」と出場を強行しようとしたが、パンクラス大阪稲垣組の先輩の前田吉朗から、欠場するよう諭されたという。
「試合をしたい責任感や覚悟は分かる。でもそんな高熱の状態で殺傷能力の高い中村選手と試合をして脳にダメージを受けると、障害が残るんじゃないかと心配で、試合をさせるわけにはいかない。父親にもなって、もし障害が残ったらまともに働けるのか?(欠場で)生き恥を晒すことになっても身体ひとつ健康でさえあれば、後で挽回できるんちゃうか? 俺はそういう決断をしてほしい」
そう説得された北方は、「リングの上で死なせてほしい」という自分の思いが勝手すぎると気づかされ、出場を断念した。
【写真】2019年7月、スタジオコーストで砂辺光久を5R TKOに降し、ストロー級王座に就いた北方。左に稲垣克臣代表、右に前田吉朗。
高熱の原因ははっきりしなかったが、「生かされている間は挽回のチャンスがある」と、試合機会を待つ日々が続くが、その後も「後縦靱帯骨化症」の病気が進行し、痛みで眠れない日々が続き、「もう終わりかな」と感じる日もあったという。
それでも「治療や練習でサポートしてくださる人のためにも復帰する姿を見せたい。子供たちに、上手く行かないときや困難に直面しても、逆境に立ち向かっていく姿勢を見せたい」という思いで、地道なリハビリを続け、現在では、三点倒立からのブリッジなど、首を支点とした動きも痛みを感じることなくこなすことが出来るようになっている。
「転倒などにも注意が必要」とされる病気だが、ドクターの診断を受けながら、トレーナーとも相談し、身体の柔軟性やほかの部位を鍛えることで、首の負担を減らし、戦える身体を作っている。
「僕の考えでは、痛みが無い範囲で、首の柔軟性や可動域は高める必要があると考えています。首が痛くて出来なかったところから、徐々に肩甲骨まわり、股関節まわりを動くようにして首への負担を減らし、筋温が温まって身体を動かしやすい状態にしてから、トレーニングする。正直、不安だったけど、ここまでたどり着いた。身体が1回、全然格闘技が出来ない状態から、しっかり回復させて試合が出来るまでに成長する姿を見せたい」と、北方はいう。
また、身体操作のプロとして、症状を回復させる手がかりを掴んで治療方法の発見にも役立ちたいという。
「この病気になるまで、ほんとうのところで病気の人の気持ちは分からなかった。病気になって、とんでもなく不安になったときに、同じ病気を持つ人に前向きに病気に立ち向かい、格闘家として活躍する姿を見せられれば、希望になれるかもしれない。この病気を告白することによって、難病の認知度が高まって、治療方法の発見に少しでも役立つといいなと思います」
もう一度、自分に誇りを取り戻すためにも
試合のマットに立つまで、マットを降りるまで何が起こるか分からない。それでも再びファイターとして、王者として戦える手応えを得ている。
「簡単ではないことは承知しているけど、格闘家として復帰に向けて頑張って、見てくれた人の心に響く熱いものを届けられるように一生懸命、励みます。何より、もう一度、自分に誇りを取り戻すためにも戦いたい」
1年ぶりの試合、57kgで戦ったRIZINと異なり、52.2kgのストロー級王者として北方は、2年5カ月ぶりのホームケージに戻って戦う。
一方、ヘラクレスのごとき肉体を武器に連勝で格闘技人生初のタイトル戦に漕ぎつけた挑戦者の宮澤も「チャンピオンの北方選手、RIZINに出てる場合じゃないぞ。12月12日、北方選手を倒して自分の夢を叶えます」と悲願を成し遂げるつもりだ。
互いの夢の潰し合いが格闘技だ。しかし、それが誰かの夢になることもある。
【写真】2019年10月のONE Championshipでの王者対決では、北方が左ハイを当てる場面も見せたが、猿田洋祐のパウンドに敗れている。
北方「2年前にチャンピオンになってから、ONEやRIZIN、色んなことを経験し成長できたと思います。だからこそ出せる強さがあると思うので、12月は格闘家としても人としても強さを証明し、俺がPANCRASEのチャンピオンだと証明し、今年のPANCRASEで一番熱いファイトをします」──最後のスタジオコーストで最後にマットに立っているのはベルトを巻いた王者のみ。それは北方か、宮澤か。