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【空手】「メダル無しでは帰れないと思って畳の上に立ちました」──銅メダルの荒賀龍太郎と同期の堀口恭司、それぞれに生きる空手とは?

2021/08/09 15:08
 東京オリンピックの空手男子組手75キロ超級で銅メダリストとなった荒賀龍太郎(荒賀道場)。日本の組手で唯一のメダルを獲得した荒賀は、現RIZINバンタム級王者の堀口恭司(アメリカントップチーム)と同じ1990年生まれで、かつて同じ大会に出場していた伝統派空手の同期だった。  今回の東京五輪の組手の難しさは、設定されている階級が通常男女各5階級のところ、五輪では各3階級に絞られているところにある。2016年世界選手権84キロ級優勝の荒賀は、普段は84キロ超級の選手もいる総当たりの1次リーグで、スピードを生かした突き技で勝負した。  初戦でアルカニア(ジョージア)を3-2で下すと、2戦目ではユルダシェフ(カザフスタン)に4-2で勝利。3戦目は、世界ランキング1位のウウル・アクタシュ(トルコ)を相手に、カウンターの中段蹴りを決める進化を見せ、3連勝で1位通過(1人が負傷欠場して4人に)を果たした。  上位2人が勝ち上がる準決勝では、階級上でリーチの長いサウジアラビアのターレク・ハメディを相手にポイント0-2で惜敗。3位決定戦がないため、メダルを確定させた。 【写真】一期倶楽部で蹴りを反復する堀口恭司  組手で胴メダルを獲得した荒賀龍太郎と、男子形金メダルの喜友名諒(劉衛流龍鳳会)、そして堀口恭司は、同い年だ。  2008年8月のインターハイ男子組手では、堀口と喜友名が3回戦で敗れるなか、荒賀は優勝。1年から3年まで三連覇を達成している。  荒賀のことを覚えていた堀口。競技空手時代は、審判の判定が必ずしも自分のイメージとは異なることに不満を覚えていたが、作新学院、一期倶楽部で学んだ空手は、その後の堀口の総合格闘技(MMA)において、他者にない大きな武器となっていることは間違いない。  荒賀や堀口が取り組んだ伝統派空手とは何か? いわゆる「寸止め空手」にも多くの流派やスタイル・哲学が存在するなか、彼らは何を武器に、どんな動きで勝ってきたのか。 [nextpage] 相手が崩れる瞬間を狙う(堀口) 【写真】荒賀道場での谷竜一(左)と弟の荒賀慎太郎(中央)。後方で父・正孝氏が見守る。  荒賀の父・正孝師範が開設した荒賀道場は、京都の名門。龍太郎の姉・智子が世界選手権で優勝し、2014年の世界選手権・組手男子75キロ級で金メダルを獲得した谷竜一も、荒賀道場の出身だ。  空手一家で育った“スピードドラゴン”荒賀龍太郎について、世界王者・谷は本誌の取材にこのように語っていたことがある。 「道場には荒賀龍太郎っていう選手が、ずっと自分よりもはるか上にいたんで……。小・中・高・大学と一緒で、高校に入ってからはもう彼に勝てる気がしないくらいで、ずっと彼のような組手がしたいと思っていたほど、空手家として尊敬している選手です。彼と練習していたら、誰も怖くないんじゃないかと思える。ずっと高校生ぐらいからそう思ってやっていました。“荒賀ほどじゃない”って」  腕立て伏せも腹筋も背筋もスクワットも「何でも速くやる」という徹底したスピードトレーニングが特徴的な荒賀道場だが、ボクシングの動きなども取り入れ、パンチにスウェーだけではなくヘッドスリップ、高速ダッキングなどでかわす動きも見られている。  そして、フルコンタクト空手とは異なる飛び込み。 「相手が分からないときに足を着いて、身体ごと、同時に拳を出して飛び込む」という荒賀道場の突きは、ときにフェイントで「半分」入って、もう半分を突くときは、最初より2発目のスピードを速くして飛び込むなど、様々な工夫が凝らされている。  本誌の取材に、世界王者は「互いに向き合っているときはしっかり構えているから、攻撃は入りにくい。では自分は、相手が何もできないときに、つまり相手が反撃できないときに攻撃を決めよう」と考えたという。  この思考は、堀口恭司の空手の動きにも通じる部分がある。かつて堀口は本誌の取材に、「順序立てて倒すパンチと身体が反応して倒すパンチ、両方がある。順序立てて倒す時は相手が崩れる瞬間を狙っている」と語っている。  では「相手が崩れる瞬間」をどう見極めるのか。  堀口は「自分は左右前後にステップする。その時に一瞬だけ相手の反応が遅れることがあるんです。例えば僕が左から右にステップした時、相手もそれを追いかけて身体の向きを変えますよね。その向きを変えるスピードがこっちのステップについてこれていないのが分かるんですよ。前後のステップも同じで、こっちが前にステップした時、相手のバックステップがちょっと遅れたら“あっ、こいつ俺の踏み込みが分かってないな”って思います」と、突きを当てる瞬間を語る。  その独特の足運びをいかに養うか。  堀口は、「ボクシングとか足を止めてやる練習を続けていると、足の動きが自分のイメージについてこなくなるんですよ。人間は脳から信号が出て身体を動かす。だから脳に近い手は思い通りに動かせても、脳から遠い足を動かすことって難しいと思っているんです。だから普段から足を動かす練習が必要で、逆に言えば足がちゃんと動けば理想通りの動きが出来ます」と、幼少時から鍛えたステップについて語る。  龍太郎を育てた荒賀正孝師範は、道場で子供たちのすぐ隣りで世界王者たちが打ち込みを繰り返す姿を見ながら、本誌の取材にこのように語ってくれた。 「音を聞いているからね。龍太郎が床を蹴る音を。それに跳び込むスピードを、子どもたちは目の前で見ている。イメージが残るんです。右でも左でも好きなように構えればいい。あとはそれをそれぞれが再現しようと思えばいいだけ」と。 [nextpage] 組み手で金メダルを取れる選手を育てていけたら(荒賀)  荒賀龍太郎は、2016年に初の世界一となった。引退も視野に入れていたが、同年夏に空手の五輪競技入りが決まり「運命だ」と、東京五輪を目指した。 「日本発祥の空手で、初となる五輪の舞台で日本代表としてプライドを持って戦おうと。選ばれたからには、しっかりプライドを持って、メダル無しでは帰れないと思って畳の上に立ちました」という。 「スピードを信じて戦いなさい」という父・正孝師範の教え通り、高速の技を決めるために、動き出しや、間合いの詰め方を磨き直してきた。  普段は84キロ級を主戦場としているが、五輪では同級と84キロ超級が統合された最重量の75キロ超級にエントリー。リーチの長い相手を想定し、遠間から飛び込む技を磨き、得意の刻み突きのほかに、タイミングの異なる突きや蹴りなど技の引き出しを増やして、悲願だった五輪の舞台に備えてきた。  手にしたのは銅メダル。大会後の会見で荒賀龍太郎は、「特に突き技に自信があったのでそこは貫き通そうと思って挑みましたし、予選ではそれが決まってポイントを取れたことは、よかったと思います。準決勝では、“超級”の選手に対して、特に蹴り技を多用してくる相手に対して自分の攻撃が攻め切ることが出来なかったことが敗因に繋がったと思います」と、悔しさものぞかせた。  そして「やっぱり父に金メダルをかけてあげたかった。でも、苦しい場面で『逃げるな、下がるな』という声が聞こえてきて踏ん張ることができた試合もありました。ここまで強くしてくれて、感謝しています」と、父であり、師範の教えとともに掴んだ銅メダルだったことを語った。  試合後、正孝師範は龍太郎に「よく頑張った。おめでとう」と、祝福してくれたという。  2024年のパリ五輪で空手は採用されていない。しかし、荒賀は東京五輪で見せた空手を、次の世代に伝えたいという。 「『今まで空手を見たことがなかったけど、感動をありがとう』という言葉をいただけたので、それだけでもこの舞台で頑張った意義があるなと感じました。  そして、空手をやっている子供たちからたくさんの応援メッセージをいただけましたし、ほんとうは金メダルをかけた姿を見せたかったけど、それが叶わず申し訳ない気持ちがあるのと、それでも僕の試合を見て、何か感じ取ってもらえるものがあればいいなと思って、最後まで諦めずに戦うことが出来ました」。  今後について、「少し休んでから考えたい。パリ五輪では採用されていませんが、その次、その次の次に入ったときに、組み手で金メダルを取れる選手を育てていけたらいいなと思っています」と語った荒賀龍太郎。道場に戻り、どんな選手を育成していくか。五輪後の空手の未来にも注目だ。
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