(C)GettyImages
2021年5月15日(日本時間16日)、米国テキサス州ヒューストンのトヨタセンターにて『UFC262』が行われる。4月24日のフロリダ大会に続き有観客で開催される。
メインイベントは、ハビブ・ヌルマゴメドフの引退により空位になったライト王座を懸けて、8連勝中のシャーウス・オリヴェイラ(ブラジル)と、元Bellator世界ライト級王者のマイケル・チャンドラー(米国)が対戦する新王者決定戦。
この試合の見どころを、WOWOW『UFC-究極格闘技-』解説者としても知られる“世界のTK”高阪剛に語ってもらった。
“出力のコントロール”が巧みな両者、力の出し方の駆け引きが、肝になる
──『UFC262』のメインイベントは、オリヴェイラvs.チャンドラーのライト級王座決定戦ですが、奇しくもヌルマゴメドフと対戦してない選手同士の一戦になりました。
「それだけライト級の層が厚いということですね。また、その激戦区のライト級で、オリヴェイラは8連勝していて、チャンドラーは10年前からBellatorのタイトル戦線に絡み続けて、2021年1月のUFCデビュー戦でもダン・フッカーに勝利した。タイトルを争うにふさわしい二人だと思います」
――この一戦のポイントはどの辺になりそうですか?
「二人のこれまでの試合をあらためて見直してみたんですけど、ひとつの大きなテーマとして“出力のコントロール”が挙げられるんじゃないかと思うんですよ」
――出力のコントロール?
「例えばオリヴェイラって、UFCで8連勝していますけど、連勝し始める前はけっこう負けてるんですよね」
――確かに連勝し始めるちょっと前までは、1階級下のフェザー級でしたが、勝ったり負けたりでした。
「それが勝ち続けるようになったのは、何があったのかと思って当時の各試合をじっくり観てみたんですけど、力の出しどころ、力の使い方が変わったんだなと思ったんですよ。
オリヴェイラは寝技の技術がかなり高いので、やはり試合のなかでサブミッションを必ず極めに行くんですけど、それで極め切れなかった時、仰向けのガードポジションになることが多々あったんです。要は極めにいったときに力を使いすぎてしまって、そこから逆に防戦一方になって負けたりしていた」
――極め切れたらいいけど、凌がれたらスタミナが切れて、逆転負けをしていた、と。
「最後に負けたのは、2017年12月のポール・フェルダー戦ですけど、その時も寝技で追い込んで、ダースチョークとかを極めかけるんだけど凌がれて、最終的に仰向けになったところで力が途切れて、エルボーでTKO負けを喫している。もっと過去に遡っても、オリヴェイラはそういう負け方が多かったんです。でも、連勝し始めてからというのは、しっかりこれまでの敗因を分析したんでしょうね。もし寝技を凌がれても、もう一度リカバリーできるだけのフィジカルを残しておくとか、そういったところが修正されていて、結果にも繋がっていると思うんです」
――その力の使い方、スタミナの使い方が“出力のコントロール”ということなんですね。
「そうなんです。それで前々回やったケビン・リーとの一戦は、ものすごくその辺を考えた試合展開だったんですよ。スタンドでも、それまでは組みついていって、テイクダウンをするためにすごく力を使っていたんですけど。ケビン・リー戦では、打撃で詰めていって、相手の体勢が崩れたところで、比較的ラクにテイクダウンを取っていた」
――だからこそ、ケビン・リーというレスリングの強豪選手でも、サブミッションでフィニッシュできた、と。
「そのケビン・リー戦をはじめ、打撃でしっかり勝負することで、フィジカルを使ったテイクダウンに頼らなくてよくなった。また逆に相手がテイクダウンを取り返しにきても、それを封じて相手にフィジカルを使わせることができる。そうやって削っていく方向にシフトしたんじゃないか、という気がします」
――以前は自分が体力を削られて負けることが多かっただけに、逆に相手を削る術を磨いていったわけですね。
「それは技術であり、試合の組み立て方ですよね。以前は、試合中ずっと70~80%の力を出し続けようとしていたがために失速していたのが、力の出しどころを心得たことで、最後まで力を出せるようなコントロールの仕方も身につけたんじゃないかと。技術的な部分はもともと高いものを持ってますからね。それより、試合の組み立て方や、力のコントロールに何かを見出したんじゃないかと思います。要は持っている武器を使いこなすのが上手くなったんですよ。もともとすごい武器を持っている選手が、それを使いこなせるようになったら、まさに鬼に金棒ですよね」
チャンドラーはワイドスタンス、オリヴェイラがカーフキックを効かせたら──
――一方、高いレスリング技術と爆発力を持つチャンドラーのほうはどうですか?
「チャンドラーは、打撃にしてもタックルにしても、100の力で全力でやっているように見えますけど、ガス欠することがめったにないんですよ。それはもともと体力的に優れているのもそうですけど、100の力でいくのは仕留めようとするときや、必ずテイクダウンを奪うっていうときだけ。スタンドでのフットワークなんかは、相手にプレッシャーはかけているけど、力は抑え気味なんです。だから、こちらも出力のコントロールができているんですよね」
――チャンドラーの方も、もともと力の使い方がうまいから結果を出し続けていた、と。
「チャンドラーは常にフルパワーに見えますけど、いくらスタミナがあっても、全力の打撃をずっと続けるなんていうのは無理なんです。チャンドラーは、力を抑えながらプレッシャーをかけることができて、“ここぞ”というタイミングでフルパワーを出せるからこそ、相手を一発で倒すことができる。
ただ、そのフルパワーを出せるというのは諸刃の剣でもあって、逆に一発の出力がすごく大きいので、Bellatorでの(パトリシオ・)ピットブル戦ではカウンターのフックで倒されてしまった。あれなんかは自分の出力が大き過ぎるために、カウンターが必要以上に効いて倒れてたという、そういうことが起こっていたと言えると思うんですよ」
――では、打撃の向上が目覚ましいオリヴェイラにとって、チャンドラーが仕留めに来たときは、逆にチャンスかもしれないわけですね。
「もちろん、チャンドラーもピッドブル戦などを経て、できるだけリスクが少ない状態を作ってから勝負をかけにいくとは思いますけど。その辺の力の出し方の駆け引きみたいなものが、この試合は肝になるんじゃないかと思いますね」
――チャンドラーは現在、3試合連続でKO勝利。しかも3試合とも、ほぼワンパンチでのKOですから、リスクが効果を大きく上回ってもいます。
「攻めるタイミングが“見えてる”感がありますよね。こういう状態の選手っていうのは、本当に強いんですよ。しかも、前回のダン・フッカーとの試合みたいに、自分からどんどんプレッシャーをかけていって、相手に隙を作らせることもできる。あれをやられたら、あのダン・フッカーがただの弱い選手みたいに見えてしまうほどでしたからね。プレッシャーで相手を無力化するという力をチャンドラーは持っているんです。もし、今回もそれができたら、チャンドラーのワンサイドになる可能性もありますね」
――そういうチャンドラー相手に、オリヴェイラはどう戦うと思いますか?
「技の多彩さでは、オリヴェイラの方が絶対に上だと思うんですよ。だからオリヴェイラサイドとしては、常に攻撃を加える、手を出す、足を出す、タックルを仕掛ける。そうやって、相手が対処に追われる形にしようとすると思いますね。前回は、トニー・ファーガソンがそれにハマって、結局、グラウンドに持ち込まれて、ワンサイドで敗れていますから。
あともう一つ、オリヴェイラはカーフキックも得意なんですよね。チャンドラーは構えがワイドスタンスなので、どこかのタイミングでカーフを効かせることができれば、踏み込むのを難しくさせることができる。そうやって崩していって、最終的にはグラウンドのアリ地獄に引き摺り込むことが考えられます」
――ではオリヴェイラは、さまざまな攻撃を仕掛けることで、チャンドラーを後手後手に回すことができるかがポイントになるわけですね。
「それをやられたら、さすがのチャンドラーも“打つ手なし”になるかもしれない。だから、ハイレベルなトップ選手同士の対戦でありながら、どちらかのワイサイドの展開になる可能性もあると思いますね」
──どちらが主導権を握るかが、極めて重要になりそうです。
「そう思います。だから、お互いの駆け引きや、いろんなものが渦巻いた試合になると思うんですよ。また、ライト級王座というのは、UFCのベルトの中でもとくに注目度やステータスが高いベルトだと思いますから、かなりハイレベルな試合が観られると思うので、ファンのみなさんも楽しみにしていてほしいですね。自分も観るのが楽しみです!」