キックボクシング
コラム

【2001年6月の格闘技】新格闘技サムライルールでキックボクシング王者と修斗ランカーが対戦

2020/06/14 10:06
 1986年10月に創刊され、30年以上の歴史を誇る格闘技雑誌『ゴング格闘技』が、秘蔵写真と共に過去6月にあった歴史的な試合や様々な出来事を振り返る。第28回目は2001年6月15日、東京・後楽園ホールで開催されたMA日本キックボクシング連盟『闘い続ける男たち』より、新たな格闘技として行われていたサムライルールの一戦。  空手の士道館が中心となって新たにムーブメントを起こそうとしていたのがサムライルールだ。1Rと2R(1stステージ)はボクシンググローブを着用してパンチ、キック、投げありで対戦し、3Rと4R(2ndステージ)はオープンフィンガーグローブに付け替えて寝技ありの総合格闘技ルールで戦うというミックスルールの先駆けである。  このルールでの試合に積極的に取り組んでいたのが、MA日本キックボクシング連盟でライト級、スーパーライト級、ウェルター級の三階級を制覇した佐藤堅一(士道館)だった。修斗のジムへ通って寝技も学び、MA日本キックのリングで外敵を迎え撃っていた。今回は修斗のライト級ランカーである阿部裕幸(和術慧舟會)と対戦。  1Rと2Rは体格でも優る佐藤がローキックで攻め立てたが、阿部は間合いを潰してテイクダウン後、ブレイク待ちという鉄則を守って1stステージを凌ぎ切った。打撃で無理に打ち合うことなく、投げまでは許されるというルールを最大限に活かした戦い方だった。  1stステージはほぼ独壇場だった佐藤だが、そこで倒しきれなかった、または決定的なダメージを与えることができなかったのは痛かった。3Rが始まると阿部は佐藤をテイクダウンし、マウントを奪うとパンチから腕十字へ。身体を起き上がらせて脱出しようとした佐藤だったが、阿部が身体を捻って裏十字の体勢になって3R1分28秒、一本勝ち。総合格闘技での経験の差を見せつけた。  阿部は「この試合で負けるようなことがあれば引退しようと思っていた」と、試合後に決意を明かした。また、敗れた佐藤は「ルールや体重が違うと言って自分の土俵から出ない選手が多い中で、阿部選手は勇気のある素晴らしい選手だと思います。今日は負けて悔しいので今度は自分が総合の試合に出ようと思います」と、総合への本格参戦を表明した(2002年5月、パンクラスに参戦した)。  サムライルールは当初、テレビ局も巻き込んでレギュラー番組を展開していく、単独で大会を行うなどの壮大な構想もあったが、浸透することはなく歴史の中に消えていった。
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