MMA(総合格闘技)と立ち技(キックボクシング、ムエタイ)の2本を柱に、MMAでグラップリング界の大物トム・デブラス(ブラジル)や、立ち技でシッティチャイ・シッソンピーノン(タイ)、イスマエル・ロント(オランダ)、ボグダン・ストイカ(ルーマニア)らビッグネームを獲得しているONE Championshipが、新たに14選手の獲得を発表している。
MMAでは、箕輪ひろば(日本)、シャミル・アブドゥラエフ(ロシア)、ダニヤル・ザイナロフ(ロシア)、アナトーリ・マリヒン(ロシア)、コ・ヒョヌ(韓国)、エドソン・マルケス(ブラジル)、ムアイナ・マナセ(ニュージーランド)、コートニー・マーティン(豪州)と新たに契約。
立ち技でもカピタン・ペッティディーアカデミー(タイ)、ジェイコブ・スミス(英国)、ミョン・ヒョンマン(韓国)、ミハイロ・ケコイエビッチ(セルビア)、ムラト・アイグン(オランダ)、ジョナサン・ディ・ベラ(カナダ)が新契約リストに名を連ねている。
今回の発表は男子選手が中心だったが、立ち技の女子部門でもONEは着実に選手層が厚くなっている。スタンプ・フェアテックス(タイ)、ジャネット・トッド(米国)の2大王者が君臨する女子立ち技から、注目の選手を挙げていこう。
▼ONE女子アトム級 ムエタイ
世界王者|スタンプ・フェアテックス(タイ)
1. ジャネット・トッド(米国)
2. アン・リン・ホグスタッド(ノルウェー)
3. アルマ・ユニク(豪州)
4. エカテリーナ・ヴァンダリーバ(ベラルーシ)
5. ラズマ・アブバク(フィリピン)
▼ONE女子アトム級 キックボクシング
世界王者|ジャネット・トッド(米国)
1. スタンプ・フェアテックス(タイ)
2. アルマ・ユニク(豪州)
3. チュアン・カイティン(台北)
4. アン・リン・ホグスタッド(ノルウェー)
5. エカテリーナ・ヴァンダリーバ(ベラルーシ)
初代女王を目指す女子大生ヴィクトリア・リピアンスカ
スロバキアの首都ブラチスラバ生まれのヴィクトリア・リピアンスカは、幼少期の大半をプロのアイスホッケー選手だった父と共に、ヨーロッパ中を移動して過ごした。
幼少時から体操、アイススケート、フィギュアスケートなどに取り組んできたが、「10代の頃にヒザをケガして1年間、何も運動ができませんでした。怪我が治った時、スポーツをする生活がとても恋しくて、また何か始めたいと思ったんです」
地元の格闘技のトレーニングセンターに連れて行ってくれたのは父親だった。
「最初のトレーニングからムエタイが大好きになりました。今までやっていた競技とは全然違っていて、感じ方も違いました。もっとやりたいと思ったんです」
「初めてサンドバッグを蹴った時のことを覚えていますが、とても酷かった(苦笑)。ものすごく痛くて、他の女の子がどうやってケガをせずに蹴っているのか分かりませんでした。トレーニングはとても大変だったし、身体的にも辛かったけど、100%全力でトレーニングに取り組みたいと思っていました。もっともっとやって、毎日もっと上手くなりたいと思っていました」
当初は反対していた母親も徐々にリピアンスカの努力を理解するようになっていく。家族の支えと成功への強い決意により、リピアンスカは欧州ムエタイ連盟(EMF)の王座を獲得。2018年にはWMFのプロアマ合同のムエタイ世界タイトルも獲得した。
世界で合計23勝を挙げたリピアンスカ。2018年8月には、豪州「Rebellion Muaythai 20」にて、現在ONEで活躍中のアルマ・ユニクの姉アマンダ・ユニクにも判定勝ちを収めている。
この活躍により、リピアンスカはONEに参戦を果たす。
2019年9月の「ONE:IMMORTAL TRIUMPH」ベトナム・ホーチミン大会でONEスーパーシリーズデビュー。英国ムエタイ界のサラブレッド、アンバー・キッチンと対戦し、パンチと重いローキック、さらに首相撲&ヒザ蹴りで上回ったリピアンスカが、3Rの死闘の末、スプリット判定で勝利を掴んだ。
「これまでのムエタイ人生で最高の経験でした。たくさんの素晴らしい人々に出会い、ベトナムの素晴らしい文化と国に触れることができました」
実はリピアンスカは現在、ブラチスラバ経済大学でビジネスを学ぶ5年生だ。学業とフルタイムのトレーニングを両立し、ONEで戦っている。
格闘技を通じて様々なことを学び、人生を豊かに過ごしていることに感謝しているが、まだ満足はしていない。メジャー大会での立ち位置を確立した今、リピアンスカの目標は初代ONE女子ONEストロー級ムエタイの世界タイトルを獲得することにある。そのためにあらゆる努力を惜しむつもりはない。
「日々上達し、新しい土地を訪れ、新しいことを学び、新しい人に出会うというプロセスが、そして格闘技のすべてが大好きなんです。旅することも好きですし、勝った試合も負けた試合もすべて、そしてすべての対戦相手も愛しています。
そして、何よりムエタイが大好きです。ムエタイに参戦することは自分にとって、言葉で表すことができないくらいのもの。次の挑戦に非常に興奮しています。私のモチベーションは、すべての涙と苦しみが(ONEの舞台で)報われることです」
母はムエタイ14冠王。英国格闘一家のアンバー・キッチン
一方、リピアンスカにスプリット判定で惜しくも敗れた女子ストロー級ムエタイファイターのアンバー・キッチン(英国)も、期待の新星の1人だ。
英国コーンウォールの海岸沿いにある小さな町ペンザンスで生まれた21歳のアンバー・キッチンは、父親ネイサンがタフグローブス・ジムの会長で、母親が世界ムエタイ14冠王者のジュリー・キッチンという欧州ムエタイ界のサラブレッド。3歳のころ双子の姉妹アラヤと練習を始め、ジムで過ごしてきた期間は20年近くに及ぶ。
ムエタイはキッチンにとって、家業のようなものだ。
「両親が海外に遠征する時、アラヤと私はおばあちゃんのところに預けられていました。母が勝ったかどうかを知らせる電話が来るのがすごく楽しみだったのは覚えています。幼かったから、それ以外のことは気にしていませんでした」
アマチュアながら、初めて競技としての試合に出場したのは9歳の時。ジュニアリーグでは英国大会、欧州大会、世界大会でチャンピオンに輝いた。
16歳でタイを訪れた時、キッチンは初めて心からムエタイに夢中になり、選手としてのキャリアに本気で取り組んでいきたいと思ったという。
「もともとは、タトゥーアーティストを目指していました。大学ではアートとデザインを専攻したし、タイに行ったのは竹を使ったタトゥーを学びたかったから。でもタイに着いたら、ムエタイのトレーニングを始めていて。それで思ったの。『こっちの方が私に向いてるんじゃない?』って」
“クイーン・オブ・ムエタイ”と呼ばれた母ジュリーは、現役当時、現在のUFCトップファイターであるジャーメイン・デ・ランダミー(7団体・3階級で世界10冠)や、ミリアム・ナカモト(WBCムエタイ世界王者からMMAにも挑戦)とも対戦しているが、2012年12月の試合を最後に引退。解説者として活躍するようになった。
娘のアンバーは、ジュニアリーグからランキング戦に進むとき、「最初の3試合に続けて負けたのがすごくショックで、ムエタイを続けていきたいかどうか分からなくなった」と吐露する。3連敗後、父ネイサンがアンバーに言った。「明日の朝、ジムに来てきちんとトレーニングし直すか、ムエタイを辞めるか決めなさい。娘が怪我をするところはもう二度と見たくない」と。
キッチンにとっては、人生の分岐点となる瞬間だった。双子のアラヤはすでに別の道を進むことに決めていたが、キッチンは自分の実力を証明する前にムエタイを諦めたくはなかった。
「ものすごく落ち込んで、ひどい不安に苦しみました。最初の一歩を踏み出す前に諦めたくなるような敗北を3回も経験したのだから」と、キッチンは語る。
「でも、ただ自分を証明したかった。1試合でいいから勝ちたかった。それだけで満足できると思った。これまでムエタイに費やした時間は無駄じゃなかった、何かを達成したのだという気持ちになりたかったんです」
「その時、私の中で何かが変わりました。自分を誤魔化して、トレーニングに真剣に向き合ってこなかったことに気がつきました。だからトレーニングに力を入れようと決めて、努力し続けた。それからは一度も負けたことがありません」
ターニングポイントとなったその時以来、キッチンは破竹の勢いを見せている。2019年4月、WBCムエタイ女子フェザー級英国王座決定戦で、エリア・デウーを判定で下して王者に。その後もより強い対戦相手を求めて海外でも戦ってきた。
「30~40試合の経験を持つベテラン選手とも戦ったし、“かませ犬”としてアウェーで戦ったこともあります」と、キッチンは言う。「アメリカに行った時は、現地の新進気鋭のアスリートたちとタイトルを賭けて戦いました。頭の隅ではこの状況で勝つなんてありえないと思っていたけれど、戦って勝ち抜きました。あの時、本当に自分を信じることができました。真剣に、全力でトレーニングに取り組めば、本当に勝つことができるんだと思えました」
現在までの連勝記録と素晴らしい格闘家の血筋が、キッチンをONE参戦へと導いた。ONEでもムエタイ選手として名を轟かせたいと願っている。
「いま格闘技をやる者なら、誰でもONE参戦を夢見ています。世界最大の舞台で戦えるのだから。想像し得る最高の機会だし、私にとっては、大きなステップアップ。世界最高レベルの対戦相手と良い試合をしたいと心に誓っています。最終的には世界タイトルを目指すつもりです」
キッチンはまた、メンタルヘルスの問題を率直に語り、同じ逆境を経験している他の人に手を差し伸べようとしてきた。これまで、頻繁なパニック発作と深刻な不安障害と戦ってきたし、それはこれからも対処していかなければならないものだ。だがキッチンの自信に満ち溢れた戦いぶりからは、決してうかがい知ることはできなかったことだろう。
格闘技の持つ力によって、キッチンは最も困難な時期を乗り越えることができた。彼女はまた、周りがどのように見るかに関わらず、誰もがメンタルヘルスの問題にかかりうるのだということを示すために、自身のストーリーを積極的に共有している。
ONEスーパーシリーズのデビュー戦では、並の他の選手であれば倒れたであろうヴィクトリア・リピアンスカ(スロバキア)の強烈なパンチを受けてもすぐにやり返し、勇気とスキルを証明した。ファンはキッチンが逆境から這い上がることを期待している。