MMA
コラム

“リアリティ”番組のなかの“リアル”とは? ファイターが語る木村花さんについて

2020/06/03 02:06
 ONE Championshipの世界女子アトム級王者のアンジェラ・リー(米国/シンガポール)が自身のInstagramアカウントで、世界中で問題になっている「ネットいじめ」について、「発言する前にどうか考えてください。それが誰かの命を救うことに繋がります」と訴えた。  世界中で19万人近いInstagramフォロワーを持つアンジェラは、日本の女子プロレスラーの木村花さんがネットでの誹謗中傷により自らの命を絶ったニュースを知り、非常に残念に感じ、心を痛めたという。 「世間の目はそれだけでもプレッシャーになります。そこに人の評価、批判、無意識や憎しみなどのコメントが積み重なる。これで人は追い込まれます。だから、強い気持ちとポジティブな姿勢は大切です。気にせず生きていく日常の中でも、一つの通知、メッセージ、コメントなどについ目が行ってしまい、心の暗いところに響いてしまう。『とにかく無視をする』『そんなのは何の意味はない』『大きな気持ちで』『ポジティブにいよう』、そう言葉で言うことは簡単でも、実践することは難しい。ポジティブな気持ちでいようと頑張り続けると、ちょっとしたことでも追い込まれてしまう」と、誹謗中傷を受ける人達の苦悩を綴った。 「どうして一度も会った事のない人に対して、ネガティブなことや不幸なことを広めてしまうのでしょうか。その方々の気持ちは理解することができません。あなたの発する言葉は人の心を高揚させたり癒したりすることもできます。その一方で叩きのめし、人を壊してしまうこともできます。だからこそ、発言する前にどうか考えてください。それが誰かの命を救うことに繋がります」と、強く訴えている。  木村さんは、格闘技界とも縁が深く、2016年度のパンクラス ラウンドガールを「HANA」の名前で務めるなど活躍。母親の木村響子さんもパンクラスで4戦し、2勝1敗1分と勝ち越していることもあり、パンクラスは公式ブログにて「ご冥福をお祈りします」と、追悼のコメントと写真を掲載している。  アンジェラが、自身も世間の目に晒されるトップアスリートとして、誹謗中傷について「『とにかく無視をする』ことを実践するのは難しい。ポジティブな気持ちでいようと頑張り続けると、ちょっとしたことでも追い込まれてしまう」と吐露しているように、強いメンタルを持つファイターであっても、不特定多数の匿名からの攻撃は“スルースキル”を発揮することなどできず「壊れてしまう」ほどのプレッシャーであることは間違いない。  また、花さんが出演した『TERRACE HOUSE TOKYO 2019-2020』は、ネットで先行配信された後に地上波放送されるという時間差もあり、ネットでの炎上をYouTubeでの未公開映像の公開などでさらに煽り、地上波放送に繋げていた。 「放送前にどれだけ“話題づくり”ができるかが勝負」と言われる現在の番組作りは、ユーザーの否応なしに「勝手に向こうからやってくる」メディアであるSNSとの併用無くしてはありえず、いまやそれはすべての制作物において、共通する告知方法となっている。そんななかで、制作側は出演者を守り、演出にも気を遣う必要があったといえる。 【写真】米国の格闘リアリティ番組「The Ultimate Fighter: Tournament of Champions」に出演した扇久保博正(右)。左はコーチのジョセフ・ベナビデス。(C)UFC/Getty Imeges  世界のリアリティ番組の場合はどうか。  番組のフォーマットは各国でほぼ共通しており、複数の若者が数週間合宿し、その間、外部との接触が禁じられ、生活の模様を24時間カメラが監視。編集された場面がテレビで放送されている。  英国『ラブ・アイランド』ではネット上のハラスメントに苦しんだ出演者が自ら命を絶ち、演出や編集方法が問題となった韓国版テラスハウス『チャク(パートナー)』でも出演者の自殺が起きている。  しかし、一口にリアリティ番組と言っても、その見せ方が異なるケースもある。  格闘技では、UFCを世界最高峰の舞台へと押し上げるきっかけとなった米国のリアリティ番組『The Ultimate Fighter』がよく知られている。UFC出場を目指す複数のファイターが、ラスベガスの合宿所で共同生活をしながら、UFCの6桁保障の正式契約を賭けて競い合う。  この「TUF」の本場米国版に出演した日本人がいる。  現在、RIZINで活躍する扇久保博正(パラエストラ松戸)だ。2016年8月から11月まで世界で放送された「The Ultimate Fighter: Tournament of Champions」で扇久保は、世界のチャンピオンが集まるなかに修斗史上2人目の2階級制覇王者として参加した。  当時の経験を扇久保は、「“よくこんなことをやらせるな”と思うくらいキツかったけど、幸せな時間もありました」と本誌に振り返る(※YouTubeチャンネル「おぎちゃんねる。」で後日談をアップ予定)。なぜ、扇久保は“幸せ”と感じることができたのか。そこに“リアリティ”番組のなかの“リアル”を見ることができる。 「オーディションを勝ち抜き、本当にバッグだけ持って行って、事前に聞かされたのは『16人で生活をして試合をする』っていうことだけでした。TUFハウスに入ったら、実質5週間で一気に4試合をこなしていくスケジュールでした」  5週間で4試合をこなす危険なフォーマットはアスレチックコミッションから「公式戦」としては認められない。ほぼ毎週、MMA(総合格闘技)の試合を行うために、怪我を癒し、練習し、試合のたびに水抜きの減量を行うため、勝ち上がるほどに「身体はボロボロに」なっていったという。  疲弊するのは身体だけではない。24時間カメラの監視下に置かれ、他人と合宿生活を行うため、精神的にも追い詰められていく。 「携帯もテレビも無いし、本とかも持って行っちゃダメで、その中で家族の写真3枚だけはいいって言われて。なぜ3枚なのかは分からないですけど(笑)。至るところにカメラがあって、ハウスから半径100メートルまでは出ていいのですが、ちょっとどこかへ行って黄昏れようかな、と思ってもすぐにスタッフが付いてきてずっと撮られる。撮られないのはシャワーの中だけで、プライベートは一切ありませんでした。寝るのは2段ベッドが2つ入った4人部屋で、徐々に言い争ってるのが聞こえるようになって……」  外部との接触を遮断されながら、なぜか酒は飲み放題。視聴者を喜ばせる揉め事が勝手に起こるように仕向けられたともいえる環境のなかで、トーナメントを勝ち上がっていった選手は減量に臨まなくてはならない。「でも、いろんなストレスがあるからみんな食っちゃうんです」と扇久保は苦笑する。  ハウスでは、1日1回必ずインタビューを受けることが義務づけられている。コーチや相手選手、チームメイトなどについて心境を話していく。扇久保の場合、その言葉を「スタッフから要求されたことはない」という。 「TUFって本当に格闘技の強さだけじゃなくて、5週間の生活を上手く乗り切った奴が優勝するんだと思います。監視生活や、のし上がるために自身のキャラクターを演じて行くうちにかなり精神的にキツそうな人もいて、ストレスで尿道結石になった選手もいました。大変でしたけど、僕は言葉が分からなかったので負けたら生き地獄な半面、周囲の言葉によるストレスを感じることはなくてラッキーでした」  オーディションや合宿のなかで友情を育んだ選手とも、トーナメントのなかで拳を交えなければならない。まさに“タフ”なリアリティ番組の生活のなか、扇久保が幸せを感じることができたのは、リアリティ番組のなかのリアルだった。 「心身ともにボロボロでキツかったけど、練習が大好きだから、コーチからいい技術を教わって、僕と(決勝に進んだ)ティム・エリオットだけ、ガチに一生懸命練習していたんです。そこにフォーカスできた2人でした。それに24時間カメラの監視下での生活があってトラブルもあるけど、試合は“リアル”ですから。そこに集中すればよかった」 【写真】2019年大晦日にはRIZINで石渡伸太郎に判定勝ち。王座挑戦を決めた。  TUFで扇久保はキャラクターを演じる必要が無く、そして選手たちは、最終的にリアルファイトに帰結する。どんなキャラクターであろうとケージのなかでは平等だ。そこには、勝とうが負けようが自身をぶつけられる“挽回のチャンス”があった。  今回の木村花さんが出演したリアリティ番組に“挽回のチャンス”はあっただろうか。ドラマであれば、視聴者の多くはそれが演技だと理解できる。しかし外部から閉ざされた空間で感情が剥き出しとなるリアリティ番組では、プライベートを切り売りすることになるため、自身と番組内で視聴者にとらえられる乖離に苦しむことがあるのは明白だ。  また、TUFの場合は「収録後は放送まで番組のことは絶対話しちゃダメなんです。だから放送が始まって反響があっても、もう自分にとっては“過ぎたこと”でした」(扇久保)という通り、収録から放送まで期間が置かれている。  しかし、現在のリアリティ番組では、視聴者とのリアルタイムの共有感が重視されるため、文句や不快感をぶつけながら視聴する「ヘイトウォッチング」もあるなか、視聴者が嫌いな出演者をクビにできるシステムの番組も存在する。出演者は、その反応をダイレクトにSNSで受けることになる。  何日もの撮影がわずか数分に編集されることの恐怖。制作側がほしい言葉やシーンが撮れるまで、出演者を追い込むことは、リアリティ番組に限ったことではない。花さんがプロレスでキャラクターを演じることはあるだろう。しかし、それは試合のなかで彼女にとってのリアルに帰結することが出来る。そこには“挽回のチャンス”があるのだ。  ネット上で増幅されたパブリックイメージが、自身がコントロールできない状況で、放送後も永遠にネット上に残り、不特定多数の衆人環視下に置かれること。リアリティ番組のフォーマットが、このようなリスクを生む可能性がある限り、制作側の出演者へのケアや対処策の検討は必須と思われる。
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