42大会放送の契約で7億5千万ドルが保証されている
――そんなことがあったとは……。それでもダナは「今年は42大会を開催する」とも言っていますね。
「その42大会という数字は、放映権料に関わっているんです。ESPNはUFCの放送で、PPVを含む独占権によって7億5千万ドルを保証していて、年42大会やるのが契約上の条件なんです。だって普通に考えたら、ファイトアイランド計画を止めて契約下の選手全員にいくらか払った方が、島に施設を作って選手やセコンド・関係者をプライベートジェットで連れて行って毎週大会を開催するよりもコストは低いはずですよね。それでもこのファイトアイランド構想を捨てないのは、ESPNから7億5千万ドルを満額で欲しいということだと思います」
――なるほど。この不測の事態に何らかの軽減措置があったのかもしれないですけど、基本的にはUFCにとっては大会を開催する必要があると。UFC以外で、無観客試合でも継続開催すると声明を出しているのは……WWEですね。外出禁止令が発令されたはずのフロリダ州のパフォーマンスセンターで、WWEは番組の収録や生中継を再開しています。WWEは競技ではないとしても興行面では州によってはアスレチック・コミッションが関与しているとも聞きます。
「月曜日のRAWと金曜日のSMACKDOWNはフロリダ州オーランドにある育成施設WWEパフォーマンスセンター、水曜日のNXTは同州ウインターパークにあるフルセイル大学で無観客試合を継続開催すると声明を出していますね。その模様は全米で中継される。
外出禁止令が発令されたはずのフロリダ州のパフォーマンスセンターで、WWEが番組の収録や生中継を再開したのは、フロリダ州ではWWEを“社会生活を維持するうえで必要な事業であると見なすことに変更した”かららしいんです。
ここで面白いのは、ESPNの記者がフロリダ州知事秘書室に『UFCやボクシングも社会生活を維持する上で必要な事業であると見なすか』と問い合わせたところ、『無観客で実施される限り、スポーツの限定はしない』と回答したというんです。
これなら『UFC 249』もフロリダのセミノーレでやる計画だったら、すんなり大会は開催されたかもしれないですね(笑)。WWEは競技ではないですが、明らかに選手たちのソーシャルディスタンスは不可能ですし、実際に現場で働くスタッフも、いちいち6フィート離れて、なんてやってられないですし。一部には、検査して陰性だった人が50人、100人集まったって関係ないだろ、という意見もありますけど、現時点ではCOVID-19の全てが解明された訳でもないですからね。無症状の病原体保有者の可能性も考えると……。
クリス・ワイドマン、アルジャメイン・スターリング、佐々木憂流迦、魅津希、井上直樹のヘッドコーチのレイ・ロンゴがすごく良い事を言ってたんです。『私だって私自身が必ずコロナに感染してないと自信を持って断言できない。そんな状況で一番大切なのは、スマート(賢明)な決断を下す事』と。つまり、UFCだろうが、WWEだろうが、普通の会社の会議だろうが、いま自宅を出て外に行く事がスマートな事なの? と。それで感染して自宅に戻り大切な家族や友達に感染させてもいいのか? という事だと思うんです。
もちろんWWEもUFCと同じで、FOXやUSA Networkから放映権料を満額貰えないと厳しくなるのかもしれないですけど、私が疑問に思うのは、大体どのライセンス契約でも選手と団体の契約でも、天災やテロ、感染病など、プロモーターのコントロールが効かない事情で大会が中止になった場合はその責任は課せられないと書いてあるものなんです。WWEとFOXやUSA Networkの契約内容は知りませんけど、私は交渉する余地はあるのではと考えます。実際にはそれを主張してもすんなり放映権料を全額貰えないから、こういう事になっているのでは、と思いますが。
ですから、WWEに関してはスマートな決断なのか、会社の事業を継続させて社員の生活を守るには致し方ない決断だったのか。どちらが正しいのかは、新型コロナの真相のように、現時点ではこれが正しい! と言い切れない、ということだと私は思ってます」
──そんな状況下でUFCは、とにかくやると言い続けてきましたが、この世論では無観客でも大会を開催するのが困難になってきました。
「そうですね。世論としては、厳しい言い方をすれば、やっとちゃんとした良識のある大人が出てきて、ガキ大将を押さえつけたという感じです(笑)。今回も結局、無理になったので、今我々が説明を受けているのは、『ファイトアイランド構想はまだ続くので、あと1カ月ちょっと経てば、練習場とか選手・スタッフが泊まる施設だとか、すべてのシステムが出来上がるから、そうなったらやるぞ』と、言われているんです。けど、『試合までの追い込みの練習はどうする?』と聞いたら、『そこで練習もできるから』と。『じゃあ2カ月前に島に行けと?』みたいなやりとりをしていて、どこまで現実的なのかなとも思っているんです」
――もちろんまだ公にできないところもあるでしょうけど、どういう島なんでしょうね。パラオのイノキアイランドのような……。
「そこもダナ・ホワイトが持っている島らしいんですけど、アメリカ領域のどこかなんでしょうね。僕はカリブ側じゃないかと踏んでいるんですけどね。あるいは西海岸のメキシコちょい手前とか。コスタリカで開催した『BodogFight』を思い出しましたよ(笑)。ただ、あのときも、いろいろなチームが来て練習をしていたので、技術交流ができて、人材発掘にもなるし、他のチームの見学も出来たので、選手にとっては悪くはないなという部分もあったんです。まあ、それでも2カ月間も練習相手やコーチが島に行くのは非現実的なようには思います。皆さん生活がありますからね。
選手たちも大変です。こういうときにビザがしっかりしている選手はアメリカにずっといられますけども、練習する場所がままならないですし、収入がどうなるのかとか、みんな宙ぶらりんです。一応、佐藤天選手と魅津希選手はとりあえずアメリカにいるという判断は下しているのですが、でももし半年以上も試合しないんだったら、どうするのか、また考えなくてはいけません」
――もしファイトアイランドで試合をするにしても、検査も無症状病原体保有者を100%チェック出来るのか。もし島に感染者が入って拡大したら、逆に隔離されてしまうかもしれない。
「そこなんですよ。新型コロナウイルスがどこまでのものなのか、まだ定かじゃないこのときに、大会とか人を集めてやるのは無謀だという声は圧倒的に多いです。このファイトアイランドも、どこかで潰されるんじゃないかなと思ってしまうんですけどね。たとえば、今の状態でスポーツイベントを強行して、呼んだスタッフが一人でも感染したら、訴訟になる可能性があります」(※【追記】UFCは5月9日から23日までフロリダで、『UFC249』を含む4大会を無観客で開催することを発表。ダナ・ホワイトUFC代表は、6月からファイトアイランドのビーチにオクタゴンを設置して大会を行うこともメディアに語っている)。
――訴えられるということですよね。たとえ検査をしても万全ではない限り、試合をする選手にもリスクがある。もちろんソーシャル・ディスタンスを保つことはできない。
「スパーリングもどうしてもやらなければ確認できないとき以外はやりません。対人練習でも接触のないマススパーみたいな感じですからグラップリングは難しい。佐藤選手のチームも最大でも4、5人くらいに分けて練習していました」
――五輪の柔道などでも問題になりましたが、しっかり練習ができていないということはベストコンディションではないということですよね。
「そこですよ、一番残念なのは。今の時期に、例えば井上直樹選手は肉体改造中で、これからどんどん身体が大きくなって強くなるというときにこうして練習が出来ない。あるとき僕は、マッチメイカーに文句を言ったこともあるのですが、これまで例えば、ある選手が怪我になったときに僕らマネジャーは新しい選手を入れようとして売り込むわけじゃないですか。そんなときマッチメイカーが断る理由が、『こんな緊急オファーだとちゃんと練習できていないからベストなパフォーマンスが望めない』と。じゃあ今はどうなんだという感じなんです」