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MMAレフェリーのパイオニア、ビッグ・ジョン・マッカーシー氏によるMMAルール講習会「Bellator MMA Presents COMMAND MMA TRAINING SEMINAR」が昨年末の「Bellator JAPAN」「RIZIN.20」に合わせて12月27日、都内にて行われた。
同講習会は「Bellator MMA」主催で、日本MMA審判機構(JMOC)が全面協力のもと日本で初めて開催されたもの。修斗、PANCRASE、DEEP、RIZIN等でレフェリー、ジャッジ、インスペクターを務める面々、競技運営関係者など20人以上が受講した。通訳はRIZIN海外事業担当の柏木信吾氏が務めた。
1985年から米国ロサンゼルス市警察に務め、ホリオン・グレイシーの下で柔術を学んだマッカーシー氏は、UFC第2回大会からレフェリーを務め「Let's get it on」の掛け声が代名詞となっている。黒帯を習得し、2006年には自らのMMAジムをカリフォルニア州バレンシアにオープンさせ、今も世界各国のMMAイベントに関わっている。
米国では、MMA審判養成機関であるCOMMAND(Certification of Officials for Mixed Martial Arts National Development)を主宰しており、「私は選手たちに責任を負っています。選手たちがしていることを知らない人間をケージに入れることはできません」と語り、「仕事は選手を守ることです。選手のために正しいことをしましょう。ファンをハッピーにするためではありません。選手への思いやりと彼らが経験していることへの思いやりをもつことが審判にとって重要です。彼らをケアすることが仕事です。誰もがMMAのすべてを知ることはできません。見たことも聞いたこともないことが常にありえます。このスポーツは急速に進化しています。あなたは、それと共に進化するか、遅れていくか、どちらかです」と受講者に常に知識をアップデートすることを説いている。
今回の講習会でも、この考えのもとにマッカーシー氏は、試合中の具体的なシチュエーションを例に、レフェリーがいかに判断すべきを、参加者と意見を交換しながら議論した。予定の2時間を1時間近くオーバーした白熱の講習会の模様を以下に、抜粋して紹介したい。
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「ユニファイドルールも、選手の技術とともに常に進化しています」と冒頭で語ったマッカーシー氏が最初にスクリーンに映した画像は、講習会の4日後の「RIZIN.20」で元谷友貴をギロチンチョークで極めることになるパトリック・ミックスのスロエフ・ストレッチだった。
「2002年、アマール・スロエフは『2H2H 5』でスロエフ・ストレッチを極めました。当時の決まり手は“ヒップロック”でした。そしてパトリック・ミックスが2019年10月の『Bellator 232』でイザイア・チャップマンを極めたときは“ニーバー”(ヒザ十字固め)でした。この技はヒザを極めているのでしょうか? スロエフ・ストレッチはニーバーではありません。ハムストリングを、筋肉を断裂させる技です」
「どこが極まっているのか、正しい知識を持つことで初めて正しいレフェリングが可能となります。バナナスプリットとスロエフ・ストレッチの違い、ジャパニーズネクタイはチョーク(絞め技)ではなくネックロックです。
では、ヴォンフルーは? ブルドッグチョークとスクールヤードの違いは足の向きにより異なります。ニックペースがウィル・カンプザーノに極めたピロリーチョーク、
三角絞めに対するインバーテッドチョーク、ペルヴィアンネクタイ、ニンジャチョーク……チョークと名付けられた技ひとつをとっても様々な種類があり、どのように技が入り、どこの部位に効いているのかを理解する必要があります」
「レフェリングで大事なことは“常に両選手に対して平等であること”です。そして優先すべきは、ルールを優先するのではなく“選手の安全が第一”です」
「選手は反則を犯します。なぜ反則をするのでしょう? 偶発的な反則もありますが、多くの場合、選手は自分がダメージを受けているときに反則をします。つまり、いかなることをしても時間を稼ぎたくなる。
ときにはわざと金的を蹴ることもあります。そして相手のリカバリーの時間を自分の回復に充てる。金的蹴りは1回目は注意? 私はその程度によっては、いきなり減点でもいいと思います。そしてときには失格でも。“明らかに故意の金的蹴り”は、いきなり減点や失格でいい。レフェリーが最初に注意を与える義務はありません」
「故意ではなくても、反則の金的蹴りで明らかにダメージを受けていたら、偶発的な場合でも減点をして、平等にすることはあります。“ビッグジョン”はそうしています。
「2019年12月にステファン・シュトルーフはベン・ロズウェルと対戦し、シュトルーフはロズウェルの金的を1Rと2Rにもらいました。1回目の金的蹴りで、シュトルーフは5分間のインターバルのうち4分50秒ほどを回復に充てて試合を再開。レフェリーのダン・ミラグリオッタはロズウェルに口頭注意で済ませました。あれはシュトルーフにとってはフェアじゃなかったと思います。偶発的でも反則によって受けたダメージは残る。あの時点で減点を取ってもおかしくない。それは、その試合を仕切っているレフェリーの判断によります。私は故意の場合は失格にしますし、相手のローキックをデフェンスをすることで当たったら偶発的。偶発的な場合でもノーコンテストにすることもあります」
「反則があってタイムをかけるときに注意すべきは、試合再開を焦らないこと。スローダウンして冷静に、怒らず、あえてゆっくりと行動して、2選手の状況をいかに平等にするかを考えてください」
「反則を犯した選手にインターバル中にセコンドと喋らせてはいけません。一方が反則の攻撃に苦しんでいる最中に、反則を犯した側が呼吸を整えてセコンドからの指示を得ているようなことがあってはなりません。ニュートラルコーナーで待たせるのはそのためです。あくまでも選手が“平等に再開”できること。常にどう判断すれば公平な結果になるか考えてください」
「故意の反則によって、明かなダメージを受けた場合は、減点2点でもよいと思います。どの選手も『わざとじゃない』と言います。でも、自分の子供も私に嘘をつきます。『わざとじゃない』と(笑)」
「レフェリーには選手にいくつかの注意するやり方があります。サイレントは目線など無言の注意、口頭での注意、イエロカード、レッドカード、手をはたくなどのソフトウォーニングからハードウォーニングも」
「素晴らしいレフェリングはお客さんから印象に残らないことです。“悪い試合”を“いい試合にする”という手出しをレフェリーがしてはいけません。観客の声や視線は気にしない。観客が退屈だと思っている試合をブレイクをかけるなどして面白い試合にしようとはしないでください。レフェリーが試合を面白くすることは一切必要ありません」
「日本はカットや出血に敏感なように感じます。顔面のカットでよく起こる部位、危険なカットの程度を理解しましょう。上から下への怪我は筋肉に傷がつく傷です。縦の傷は選手にとって非常にやっかいで勝負に影響があります。一方、横向きのカットは試合にさほど影響が出ないことが多いです。たとえば、2019年12月7日に行われたジャルジーニョ・ホーゼンストライクとアリスター・オーフレイムの試合では、縦に唇が裂けていました。レフェリーのストップは懸命です」
「部位としては、眉のカットは出血で視界が悪くなるため試合を続けられません。まぶたや眉毛の内側、涙腺のカットは選手にとって危険です。必ず直ちに止めましょう。
「試合でのドクターは、医療従事者としての意見を言うことが多いです。格闘技の試合は怪我をすることが前提の場所です。日常生活で起こる怪我とは性質が異なる部分もあります。リングサイドフィジシャン(医師の監督下で手術や薬剤の処方などの医療行為を行う専門職)は選手の安全のため、怪我をしながらも続けられるかどうかを見ています。将来的に問題が出そうな選手に試合を続けさせたりはしない。レフェリーは、一緒に仕事をするドクターのことはよく知っているべきです。試合前にドクターと話をしてください。レフェリーとしてドクターと信頼関係を持つことができれば、この競技についてよく知っているレフェリーに最終的な判断を委ねられることもあります」
「明らかな負け試合で負傷している選手がいたとします。我々はその選手の絶対に諦めない心を理解しています。でも判定まで行って勝つ見込みはあるか? 一方的な展開になってなぶり殺しにされる場合もあります。そんなときに“本当にその選手のためになっているのか”を考えてください。自分があるドクターをそっとつねったら止めてもらったこともあります。ドクターの意見を覆すことは勧めませんが、信頼関係があれば、こちらの意見を聞いてくれるでしょう。だから、オフィシャルは試合後たくさんの意見交換をしましょう」
「選手が試合中にマウスピースを落とした場合、洗浄のためにセコンドに渡してしまった場合、ダメージを受けたかもしれない選手に利益になってしまうことがあります。セコンドに“時間”を渡してはいけません。レフェリーがコントロールすること。そもそも落としたマウスピースを必ず洗う必要がありますか? その習慣は1940年代のボクシングから続いています。なぜなら、当時、現在のようにゴム底ではない革底のボクシングシューズを履いてボクサーは試合をしていました。そこでは松脂をつける習慣があったため、マウスピースを落としたときに水で洗うという慣習がMMAでも継承されています。私は選手がマウスピースを落としたときでも、明かな不純物がついてなければ洗わずに装着して試合を続けていいと思います。マウスピースを飛ばされるほどのダメージを受けたかもしれない選手に有利になってはいけません」
「会場で選手や関係者と話すか? ファンが贔屓していると見えたとしたら、おそらくそれが本当です。私のジムには、外の人から見える関係者の写真は1枚だけです。プロになる前のティト・オーティズとの2ショット写真だけ飾っています。オフィシャルとは何かを常に心がけてください。会場で自分から選手に関わってはいけません。第三者から見えたことは事実になりますから。選手から一緒に撮影を頼まれることはあります。自分から選手に撮影を頼むことは、オフィシャルとしては慎むべきことです」
「リングサイドでプロモーターと話すことはあるか? ありません。誰のために働いていますか? 審判機構の一員として仕事を受けているのですよね。あなたはプロモーターのために働いているのではありませんよね。私もクオリフィッシャー(決済者)とはバックステージで話します。それにもし榊原CEOから握手を求められたら応じます。でも自分からは求めません。ファンから求められたら? 業務に支障が無い範囲で応じます。選手のセコンドと話すことはありません。第三者から見られたときに特定のチームと仲良くしていると見られてしまうからです]
「ただ、試合前にバックステージで個別に選手に会ってコミュニケーションを取ることはあります。2007年にジェレミー・スティーブンスがUFC第1戦目(「UFC 71」)でディン・トーマスと対戦したときに、バックステージで自己紹介し、『ルールに何か質問はありますか』と聞きました。そのあと、よく起こりうる反則や、一本の定義を説明しました。『“参った”しない限り、最大限の時間を与えます。でも痛みで悲鳴を上げたら口頭タップにします』とスティーブンスに伝えました。そして、その試合でスティーブンスはトーマスの腕十字にかかり悲鳴を挙げました。私はバーバル(口頭)タップアウトを宣告しました。スティーブンスは『タップしてない』と言いましたが、私は『バックステージで説明したよね』と言ったら、ジェレミーは理解しました。試合前にルールの確認や意思を伝えることは重要です。セコンドにも『気になることがあれば、試合中ではなく試合前のミーティングで把握して確認してほしい』と言っています」
「ユニファイドルールの制定に関わったときのことです。投げ技について、パイルドライバー以外の垂直に落とす投げ技も、ニュージャージーのアスレチックコミッションが『非常に危険だ』ということで反則にしようとしていました。たしか2001年4月のことです。私は、フリースタイル・グレコローマンレスリング、柔道など、すべての投げをサンプリングしました。カレリンズリフトも。それらをコミュショナーのためにまとめて作りました。垂直に落とすことを禁止するのであれば、投げ技の可能性をすべて失うことになり、我々のスポーツを退化させることになる、と主張しました。
その結果、“動けない状況を故意に作って落とす投げ技は禁止”となりましたが、どのように落ちようが“弧を描いた投げ”はすべて有効となりました(※ONE Championshipでは反則)。払い腰、スープレックスも弧を描きます。その投げ技が瞬時に反則かどうか判断できるようにこの解釈にしました。ただ、ある選手が片手で相手の腕をロックして垂直に落としたときは反則を取りました。に相手の身体をコントロールした状態での垂直での投げは“スパイキング”にあたります。
では、バックからチョークを狙っている選手を前に落とした場合や、三角絞めを仕掛けられた選手が持ち上げてスラムする投げ技の場合はどうでしょうか? これは技を仕掛けている側が、その投げに対して防御をするか・しないかの選択肢があります。キャンバスに叩きつけられる前に腕や足を解いてポジションを変えることができるわけです。2004年6月のPRIDE GPでクイントン・“ランペイジ”・ジャクソンと対戦して三角絞めを狙ってスラムされたヒカルド・アローナには足を解く選択肢があったはずです」
「タオル投入については、2001年のユニファイドルール制定の際に、ネヴァダ州コミツションのマーク・ラトナー(2006年、ネバダ州アスレチック・コミッションのエグゼクティブ・ディレクターを辞職して、UFCにヴァイスプレジデントとして入社)が、すべてが決まった後に『ネヴァダ州はタオルが嫌いです』と主張した。翌年にユニファイドでは解除されましたが、ネヴァダ州のみタオル投入禁止が残っている。おかしなルールです(苦笑)。現在はセコンドが試合を止めたければ、後方にいるインスペクターに伝えます。問題はそれでは時間がかかりすぎること。現在でもセコンドとレフェリーの間では直に止める方法がありません」
「エルボーに関しては、ユニファイドの場合は、天から地を突く垂直のヒジ打ちはやってはいけません。時計の針で言う12時~6時の角度はほとんど起きませんが、12時~6時になりそうだと口頭注意をします。ヒジ打ちは角度がついていれば大丈夫です。
ただ、こんなこともありました。2007年4月のUFCで中村K太郎がドリュー・フィケットと対戦し、序盤はフィケットが押していたけど、後半にフィケットが疲労し、中村が足払いでテイクダウンし、ハーフガードから鉄槌し、縦気味のヒジを1発打ち込みました。レフェリーはただちに反則のヒジ打ちとしましたが、フィケットに長い時間をかけてドクターチェックをし、カーディオを回復させました。あれは私は不用意な時間だったと思います。いまでも馬鹿馬鹿しいルールだと思います。ジョン・ジョーンズ(JJ)の唯一の黒星は、2009年12月のマット・ハミル戦での12時-6時のヒジ打ちでした」
「ただ、ルールに個人的に介入してはいけません。気に入らないからといってルールブックに反則と明記されてていない行為を、ありもしない反則にすることはできません。どうしても許せない行為で、それが非スポーツマン的な行動だったら、それは反則です。競技中に汚い言葉を吐くことは許されないし、レフェリーの指示を著しく無視することも反則です」
「それでもルール上の判断で微妙な場面はあるでしょう。例えば立ち上がり際の打撃。三崎和雄と秋山成勲の試合でもありましたね。立ち上がるアクションをどうとらえるか。ルールだと白黒にするしかありません。でもグレーの部分でも我々は生きています。選手のアクションが何を意味するのか。
JJがマットに手をつけて相手に近づくことがある。でも、もし対戦相手が蹴りに来たら頭をブロックするよね? だからそんなことは止めろ、と私は言いました。オフィシャルとしては、いかにそのグレーゾーンを自信を持って裁くかということも重要です」
「RIZINでもレフェリーをしているジェイソン・ハーゾグとよく話すのですが、『いつも向上するように』『自分に対して正直に、間違いがあれば認めること』と言っています。そうでないと向上は認められません。
信頼できる仲間といつも様々な意見を交換しています。2019年12月の『UFC 245』のUFC世界ウェルター級タイトルマッチで、互いに挑発行為を繰り返していた王者カール・ウスマンと元暫定王者のコルビー・コヴィントンが対戦しました。ただの試合ではなく、王者としての勝ち取った選手同士の試合で、感情的なしこりもありました。この試合でマック・ゴッダードは少し早かった、というところで試合を止めました。互いに王者同士でスキルも高く、こういった試合の場合、みなが納得するまでやらせた方がいいと思っています。マークは私と話したときにあのストップについて『間違っていない』と主張しました。私は『なぜ間違っていないと思うなら連絡してくるんだい?』と聞きました。
マークは、以前ある選手がダウンを奪われて立ち上がってKOされても止めず、その後のパウンドを受け続けたとき、私は『もう少し早く止めるべきだね』と言いました。コヴィントンは追撃のパウンドのときに顔を相手の股下に入れ、その後、左手で防御をしていました。私は、ダメージを受けた選手が全く防御できなければ止めるべきだと考えます。ほかにも判断すべき情報はたくさんありますが、ガードをしている状態で止めるのはよくないと思います」
「性別や年齢、経験にかかわらず同じレフェリングをするか? 私は変えます。経験の浅いデビュー戦の選手とタイトル戦を戦う選手を同じようにレフェリングはしません。彼らの動きも技術も全く異なるからです。戦う選手との距離、向かい方、状況判断も選手によって異なります」
予定の2時間を1時間近くオーバーした年末の夜の講習会。最後にマッカーシー氏は、「今日は予定時間を越えて、あなたの時間を割いてくれてありがとうございます。互いにオフィシャル同士、助け合い、この競技をより良いものにしていきましょう。我々は兄弟です。Bellatorの裏方を見たければ言ってください」と参加者に語りかけた。
JMOCの福田正人理事によれば、マッカーシー氏が米国で主宰するMMA競技オフィシャル養成プログラム「COMMAND」での3日間のコースの場合、これらの講義に加え、実技による技術の確認、さらにジャッジの「10-9」と「10-8」の違いなども詳しく解説しているという。
「Bellator JAPAN」での関係者の来日をきっかけに行われた「Bellator MMA Presents COMMAND MMA TRAINING SEMINAR」。米国のアスレチック・コミッションのように競技を統括する第三者機関が日本のMMAにはないなか、中立な審判員の立場から審判員の育成や競技に関連する取り組みを組織として行っているJMOC(一般社団法人日本MMA審判機構)は、これまでもレフェリー・ジャッジ講習会やインスペクター講習会、ハンドラップ講習会なども行ってきた。日本のMMAの競技運営の底上げのためには情報共有は欠かせない。ユニファイドルールと各プロモーションのルール・ジャッジが異なるなか、選手の技術も進化し、ルールやジャッジの見方・定義も日々、変化している。メディアとしてもその動きを注視し、紹介することでこの競技への理解を深めていきたい。