同じく無敗の鈴木千裕と1回戦で激突する与座
2020年2月11日(火・祝)東京・大田区総合体育館『KNOCK OUT CHAMPIONSHIP.1』で行われる「無法島GP トーナメント」。同トーナメントに出場する与座優貴(橋本道場)のインタビューが主催者を通じて届いた。
与座は2016年極真会館『第33回全日本ウェイト制空手道選手権大会』軽量級を19歳で制し、2017年には軽量級世界王者に。2018年4月の第35回全日本ウェイト制選手権では中量級に階級を上げて準優勝するなどトップ選手として活躍していたが、2019年3月にキックボクシングに転向。ほぼ月イチのハイペースで試合経験を積み、7戦全勝(3KO)と無敗の快進撃を続けている。
■よく『エリート』だと勘違いされるんですけど、実は全然そうじゃないです
与座優貴には、唯一無二の「一撃」がある。
19歳の若さで極真空手軽量級世界チャンピオンとなった逸材は、たった一発の蹴りで観客の度肝を抜き、会場内の空気を変えてしまう。与座の蹴りの凄まじいスピード、切れ味、威力を目の当たりにすれば、誰もが思うのだ。
「さすが世界チャンピオン、これは他の選手とモノが違うぞ」
今現在、格闘技界には10代からプロで活躍する「天才少年・少女」たちが次々と出現している。与座も、当然のようにその一人だと思われていたが、本人はきっぱりと否定する。
「『世界王者』という肩書きで入ってきたので、よく『エリート』だと勘違いされるんですけど、実は全然そうじゃないです(苦笑)。6歳から空手を始めて、ジュニアの頃はまったく勝てませんでした。自分で『向いてない』と思う時も何回もありましたし、ジュニアの頃は無名でしたね」
強豪選手を次々と輩出する支部とは違い、与座の所属する支部は選手も少なく、設備もなかった。
「自分がいた頃は、選手は自分ひとりで、サンドバッグもなくて、練習では対戦相手をイメージしながらひたすらシャドーを繰り返していました。環境がない分、自分で工夫しないと強くなれないので、中学では陸上部に入ったんです。走るのは大嫌いなんですけど(苦笑)スタミナをつけて空手に活かそうと。長距離をやって県大会の決勝までいって、高校から陸上で推薦が来たんですけど拒否しました。本当に嫌いなので(苦笑)」
地道に、コツコツと努力を重ねるうちに、ある日突然、与座は「勝つ方法」を身につけた。
「小学生の頃は、試合になると緊張してガチガチになって負けていました。それが中1だったかな、ある時に緊張感はあるんですけど『早く戦いたい』と思いながら試合を迎えた時があって、その時に優勝したんです。『こういう気持ちで試合をすると勝てるのか』と気づいて、それからまったく負けなくなったんです」
そんな時、与座の前に立ちはだかったのが、現在の人気俳優、横浜流星だった。
与座の1学年上が横浜流星、1学年下が「神童」那須川天心。彼らは同じ場所で切磋琢磨するライバルだった。
「関東圏のトップ選手が集まる練習会があって、そこに横浜君とか天心が来てて知り合ったんです。自分はまだレベルは下の方だったんですけど、結構なペースで一緒に練習しました。横浜君が世界一になった大会の準々決勝で当たって、自分は負けました。横浜君が中3、自分が中2の時ですね」
■無敗で無法島GPを獲りたい
与座優貴にとって、2019年は「かつて経験したことのない激動の1年」となった。
空手からキックボクシング転向を決め、練習を始めたのが昨年1月。2月にイノベーションのプロテストを受けて合格。3月にプロデビューすると、実に9カ月で7試合という驚異的なハイペースで試合をこなし、無傷の7連勝をマークした。
特筆すべきは与座の成長力。1戦ごとに力を付けて、各団体のチャンピオンが集まる「無法島GP」に堂々のエントリーとなった。
与座は元々プロ志望だった。
「テレビで魔裟斗さんの試合を見てて、中学生の頃から『プロになりたい』と思ってました。だけど『どうせやるなら空手で実績を残してから』と言われて、高校、大学(駿河台大学)と空手を続けて、19歳の時に世界チャンピオンになれました。その時は『大学を卒業してからプロに転向しよう』と思っていたんですけど、どうしてもモチベーションが上がらなくなって」
そんな時、知り合いの紹介で大学の寮に近い橋本道場に出稽古に訪れた。このことが、与座の運命を大きく動かすことになる。
「橋本道場に出稽古に来たら、よくYouTubeで見るような選手がたくさんいて。同じ道場にライバルであり、仲間でもある選手がいて、道場の『一体感』もよくて。『卒業まで1年間も待つよりもすぐプロになりたい。もうやっちゃおう!』と(笑)」
空手の世界チャンピオンであろうが、橋本道場に入門後は優遇されることもなく1練習生の扱いに。
「自分が一番下なので、道場のカギ閉めもします。そういうことも『いいな』と思ったんです。環境をリセットして、全部、力にしていこう、と」
慣れ親しんだ「素手、顔面殴打なし」の極真空手ルールから、グローブを付けて顔面パンチありのキックボクシングルールへの転向は、簡単なことではなかったが、それさえも与座は『楽しい』という。
「空手なら、同階級の選手や10kgぐらい重い選手であれば『負ける気しねえ』という感じでした。だけど、キックだと試合をやってみるまで自分でも分からないです。だけど、そういう不安要素も含めて『楽しいな』と思いますね。
空手の頃は、練習では試合をイメージしながらのシャドーをやってましたけど、橋本道場にはいろんなタイプの、いろんな強い選手がいるので、イメージトレーニングしなくてもスパーリングでいろんなことが覚えられます。そういう面では日本トップの環境だと思いますし、毎日、充実した練習ができてますね」
プロデビューした頃は、空手で培った多彩で、威力のある蹴りが主体だったが、1年足らずでパンチでダウンを奪うまでに成長した。その秘訣は、与座の「聞く力」にある。
「自分は何でも聞いちゃいます。スパーリングの後は『どうでしたか?』、上手くいかないことがあると『どうすればいいですか?』と。プロの先輩たちや、年齢関係なく一般会員の中高生にも『どう?』って(笑)。聞いた方が早いかな、と」
プロになると決めた時、与座の頭をよぎったのは「横浜流星、那須川天心」。かつて同じ場所で切磋琢磨したライバルたちだった。
「めちゃくちゃ意識してます。昔は同じ位置だったわけで、もう気づけば、頭が何個分、離れたか分からないですし。横浜君なんかテレビを見ると必ず出てますから、活躍している姿を見ると『負けていられないな』ってすごく思うので。
そのためにも、今回の無法島GPを獲りたいです。このタイトルを獲るか、獲らないかで、今後が大きく変わってくると思うので。
前回の試合(12月の新日本キック、稲石竜弥戦。与座が2-0の判定勝利)は『パンチで倒そう』と意識しすぎました。YouTubeのコメントに『パンチが出来ない』と書かれてて(苦笑)。途中から蹴りに切り替えたんですけど、今回はそんな意識もせず、本能のままに戦います」
無法島GP1回戦は、注目の無敗の若手ホープ対決。20歳の鈴木千裕と激突する。互いに「いつか戦う」と意識し合ってきた二人だ。
与座の極真空手で世界の頂点を極めた抜群の切れ味を誇る蹴りか、鈴木の「ダイヤモンドパンチ」か。
だが、与座は「蹴り対パンチ」には必ずしもならない、という。
「自分も、この2カ月はパンチを強化してきて、最近の自分の成長具合だと『千裕選手のパンチは当たらないだろう』と思いますし、自分からパンチで攻めることもあると思います。自分もパンチを出すにしろ、パンチを出さず得意の蹴りで戦うにしろ、道場で強い人たちと実践的な練習を積んできて、不安要素はだいぶ無くなりました。自分の中でのテーマは『距離感』で、それが試合でどこまで出せるか。自分でも楽しみです」
「地元の茨城に帰ると声を掛けられたり、知らない人に『写真を撮ってください』と言われたり、そういうのは結構増えてて、広まってきたのかなと思いますけど、理想と比べればまだまだです。やっぱり、キックのことをまったく知らない一般の人に、もっと知られたい気持ちがありますね。年末も、トップ選手たちが試合してるのを自分は見ることしかできなかったのも悔しいですし。
3月に大学を卒業するので、寮からの引っ越し資金を稼がなくてはいけないですし(笑)、4月から格闘技一本でやっていくので、ただ勝つだけではなくて、お客さんが思わず立ち上がってしまうような面白い試合をしないといけないと思ってます。面白い試合をして、3つ勝って、無敗で無法島GPを獲りたいと思っています。
2月11日は大田区総合体育館に来て応援してください。よろしくお願いします!」
文/撮影(試合以外)=茂田浩司