「快挙」と言っていい戴冠──2025年3月23日、さいたまスーパーアリーナで開催された『ONE 172: TAKERU vs. RODTANG』(U-NEXT配信)にて、若松佑弥(日本/TRIBE TOKYO MMA)が、アドリアーノ・モラエス(ブラジル)を1R3分39秒、TKOに下し、ONE世界フライ級(61.2kg)王者に輝いた。
黄金の大きなベルトを巻いた若松が27日、囲み取材に応じた。
デメトリアス・ジョンソンいわく「世界の3強がATTにいる。アレッシャンドリ・パントージャ、堀口恭司、アドリアーノ・モラエス」と語っていた、その一角を崩した若松は、いかに元王者を初回KOに下したのか。
脇を差させない、自分も深く差さないことで殴り合いの展開に持って行けた
──試合後は少し休めましたか。
「深夜4時ぐらいに寝て、朝9時ぐらいに起きました。試合後っていつも寝れないんですよ。2週間ぐらいアドレナリンが出て」
──それくらい試合に集中して、試合後もなかなか解けないんですね……。さて、念願のベルトを獲っていかがですか。そして今後も。
「嬉しいが半分、なんかまだちょっと実感がないというか、前とあんまり変わらないというか。たまに“ああ、チャンピオンなんだ”と思って。ベルトを持つ自分がちょっと恥ずかしいぐらいです。でも、とりあえず最高の瞬間を迎えられたので、最高に嬉しいです。
今後は引き続き、自分自身と向き合って──というのは、まあ僕はずっと言ってきたんですけど、ベルトを獲った中で、改めてやっぱり相手じゃなく、他の誰かでもなく(戦うべきは)“自分”なんだなと。自分自身と向き合うというのが、より一層強くなったというか。今後も油断したらもう負けの始まりだと思うんで、今回勝っただけで、やっぱり僕はそれ(慢心)が落とし穴だと思ってるんで、本当負けの始まりだと思って。さらにより一層“自分は弱いんだ”っていうのを認めながら、もっと修行していけたらなと思ってます」
──ご自身で試合映像はご覧になりましたか。
「はい、見ました。何回も見ました。振り返ってみたら、やってる最中は本当、無でやってたんですけど、思っていたより、自分がこうやりたいという戦略とか対策がすべてしっかりできてたんだなあっていうのは思いました。しっかりタックルとかも切れてましたし、寝技に付き合わないで殴るっていうのはしっかりできた感じはしましたね。あと、自分は結構ステップイン・ステップアウトみたいな感じで、アウトボクシングのタイプだったんですけど、ここ最近は色んな戦い方ができていると感じていて、こうやると決めないで、自分は何でもできるなっていうのは、ちょっと自信になりましたね」
──具体的にはどういった準備や対策をされてきたのですか。
「もちろん判定で勝つっていうのもあったんですけど、やっぱり一番はテイクダウンを全部切って、 倒されないで、もうひたすら自分の土俵の打撃戦をやりたいって思ってたんで。それを突破されたら、寝技でもスクランブルで上を取って、パウンドを打ってまた立つとか、あるいは自分がダウンした時とかはこういう風に動くとか、そういうイメージはもうたくさんありました。でも一番、理想だったのはああいう感じで、脇を差させないというか、(自分も)差しちゃうと巻き込まれたり、柔術的に絡んで仕掛けてこられるんで、もう本当に首相撲をして内側取って、突き放して殴る。殴り合いの展開に持っていくっていうのがバッチリハマった感じはあります」
――モラエスの最初のテイクダウンを切った時に、これで行けるという手応えはありましたか。
「そうですね。なんか思ったより自分も調子が良かったんで。モラエスに組まれた時に“あっ、全然もう行ける、楽勝”って言ったらアレですけど、もう行けるみたいな感じで、タックルに入られた感じがしなかったんですよね。映像でも2回入られたと思うんですけど、あの時は“フェイントだけだな”ぐらいの感じで。それでアドリアーナはタックルを切らしてから右ヒザっていうのを必ず打ってくると思ってたんで、もう自分の中ではそのテイクダウンに入られた感覚が無かったです」
──テイクダウンを切ることができたから、圧力をかけて打ち合いに持ち込むことができた?
「やってる最中は打撃も“やり合ってくれてんだ”って思って。結構、打ち合いも応えてくれるなって感覚がすごいあったんですよね」
──ただ、打撃で行った時もモラエス選手も右のパンチとか狙っていて、見てる側からするとちょっと危ないかなと感じたのですが、あれはもう行けると思っていた感じですか?
「そうですね。やっぱりこう退いてアウトボクシングしちゃうと、相手も上手いんで、(前に出ることで)仙三さん(PANCRASE時代に対戦した元フライ級王者)が『もらっても効かないよ、倒れないよ』って言われて、“本当にもう今日死んでもいい”“もう今日が最後だっていう”という感じでやったら、なぜか前に行けたというか。顎も引けてたし、あっちは多分、自分の突進力に下がりながら打ってたんで、結構合わされてたんですけど、自分の方が前に出てたのもあるから、受けてる側はもう全然、大丈夫でしたね。もしちょっとあれで退いてもらってたら(効かされていたかも)分かんないですけど」
──最後のフィニッシュのところはもうあそこで終わらせようと?
「そうですね。もう本当に、1Rで使い果たすぐらいの感覚で。正直、組んだときに“これ組んでも勝てるな”と思って。でも、それがやっぱりその自分自身に対する弱さだと思って。やっぱキツいことをして全力を出したいっていう思いがあったんです。そこでも多分、勝ちに徹すれば、あそこで休んでた自分がいたかもしれないんですけど、“もう負けてもいいから殴り合いたい”みたいに思って。相手も疲れていたし、俺も休みたいっていう、その弱さを自分の中で“いや、ここで休んじゃダメなんだ”って打ち消して。これを凌がれてももういいやってぐらいの感じで、もう無我夢中に殴った感じですかね」
──そこで一拍置かずに攻めた。
「組んで、離れてヒジ打って。その前にもうあそこで休みたかったんです。テイクダウンしたり、バッグを狙い行ったりとか。でも、そこで打撃で詰めた」
──あそこは左のダブル、トリプルを上下に散らして、右アッパーと繋ぎました。練習してた動きでしたか。
「もう全体的にすべては練習してたんですけども、あの時は動きはもう考えない、目に見えるものだけで、その場で行きました」
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さまざまなことを犠牲にして賭けてきたから、これが最後の我儘だと──
──試合後の反響はいかがでしたか。
「いろいろメッセージがきて、ちょっと初めてだったんで、もう誰が知り合いなのか、分かんなくなっちゃって。もう見るのが怖くなっちゃって。携帯開いても自分の試合とか、家族で写真撮ったりとか、そういうのしか見れなくて、既読すると忘れちゃうじゃないですか。なんで(そのままにして)結構、もう数日、ボケってしてて全然(返事を)返せたりとかもしてなくて、ちょっと慣れないっていうか。返したい気持ちはめっちゃあるんですけども。子供の世話もあるし、全然もう見れてないんですよね」
──そういった反響も含めて“すごい大きい仕事をやってのけた”っていう実感はちょっとずつ湧いてくるでしょうか。
「そうですね。でもなんか本当に俺が? みたいな感じが……そんなこと言われても、急にそうなったんで。夢見てる感じで、どうしたらいいんだろう、みたいな感じです」
──それでジム(TRIBE TOKYO MMA)に行ったんですよね。
「そうなんですよ。とりあえずもうジムに行って。月火水も顔出しちゃって。お世話になった人、チームの人たちに、やっぱりまずは感謝を伝えたいっていう思いで。あと、最初は靖国神社に。試合の次の日に親戚とかもいたんで、ご先祖様というか英霊たちに(ベルトを)見せたいなと思って。おじいちゃんとか向こうの人(鹿児島県出身)が、普段来ないんですけど来てたんで、みんなで“九段の(花の)下で会おう”と。一番最初に思って、そこに行ったんです。
ジムでは、長南(亮・TRIBE代表)さんや、堀江(登志幸・トレーナー)さんとか、トレーナー陣に感謝を伝えて。普段と変わらない感じで。多分、長南さんも自分と同じ気持ちなのかなって。まだふわふわしたっていうか、現実的に受け入れてないのかなって。何喋ったらいいんだろうみたいな。特に今までと変わんない感じで、普通にジムに行って練習ちょっと見て。みんな気を遣うんで、練習終わって掃除ぐらいのタイミングで行って、ベルトを持って見てもらいました」
──リング上でベルトのボタンを気にしていたお子さんはその後、謎が解けましたか。
「なんかもう、今は全然興味ないようです(笑)」
──ジムで胴上げされていましたが、気分は?
「初めてだったんで。もうなんか、変な慣れてない陰キャみたいな感じで、どうも……みたいな(苦笑)。ああいうことは普段ないんでちょっと恥ずかしかったんです」
──ファイターからも素晴らしい試合だった、という声が多かったです。チャンピオンになった実感はいつ頃持てそうですか。
「嬉しいですね、やっぱり。でもこれでいいのかなっていう感じはあります。それがブレーキじゃないですけどいい塩梅で。半分はやっぱり嬉しいんですけど、自分は陰と陽を大事にしてるんで、どちらかに振り過ぎちゃうと、やっぱり調子に乗っちゃうんで、こう(ベルトを)見たら実感は湧くんで。。でも片づけたら冷めるという感じです」
──調子に乗るような感じには見えないのですが。
「いや、でも今まで生きてきた中で、僕、結構調子に乗って……あの、痛い思いしてきたんで(苦笑)。もう散々調子に乗って飛んできた人間なんで。それがなんか恐怖なんですよね。蹴落とされるっていうか。でも、父親になったことが大きいです。子供たちがいるんで下手なことは言えない。それが一番ですね。これが僕が独身とかだったら、もうハチャメチャだったかもしれないです(一同笑)。いまは守るものがあるんで。チャンピオンとしてだけじゃなくて、人として」
──かっこいい父親になりたいと仰っていましたが。
「これを死ぬまで続けないといけないなという。これで調子こいて変わってしまったらそれは違うと思うので。自分が信じていたことが自信になった感覚ですね。もし今回負けていたら、もうほんとうに終わっていたかもしれない。本当、ゼロか百かっていうか。もうラスト、今回も自分はやるべきことをやるだけやったんで、負けたらもう本当にもう辞めようっていう、そんくらいの気持ちでした。もう多分、糸が切れたような感じになってたと思います。
でも、これで間違いなかったっていうことが、今回これで証明されたんで。ということは、引き続きそれをもっと磨いていこうっていう感覚によりなりましたね」
──今回負けたら辞めようと……。
「自分の中でやりたいことやって、家族も犠牲にして、食事だったり。もうすべての生活をかけて、もう最後だって。もうこれで最後で周りにわがままを聞いてもらって、自分がやりたいようにやったんで。さすがにもうこれで負けたら、みんなにそんなことは(お願い)できないなと思って。もう限界だったというか。だってこれで負けたら、それは正解じゃないというわけじゃないですか。その時はめっちゃ落ちていたと思います」
──今回の試合のために、試合前は家族と距離を置いてきたわけですね。
「そうですね。実家の方に行ってもらって別居して。母と弟が近くに住んでるんですけど。今回も俺が食事代とかお金出すから、とお願いして2人預けて、もうすべて自分がやりたいようにして」
──試合前に自分の気持ちにも甘えが出ないように?
「それもですし、やっぱり僕は何回も言ってたんですけど、特攻隊とかそういう精神が好きで。全てを犠牲にして散っていった人間だと思うので。僕はそれを体現したいと思って。生か死かの、そういう時代があって。死んでも、犠牲になっても守るという。今のご時世、経験する必要はないですけど、勝手に自分で“どんな気持ちなんだろう”と想像して。家族と離れて自分をもう極限まで追い込んで、それをやりたかったという感じです」
──特攻隊の精神が戦う時のメンタリティに近いのではと感じる?
「そうですね、ただ以前と自分も違うのは、戦略も野生だけじゃなくて、戦略だったり技術だったりも兼ね備えた上で、“もう負けてもいいや”ぐらいな感じなんです。前の自分は負けに行ってるような感じで、全力を出して負けるならいいんですが、バカみたいに殴り合いして負けるとかじゃないんです。やることやってきたから、もう戦略とかは身についていて“あとは無理、行こう”と、ひたすら弱い自分を打ちのめすイメージっていうだけですね。そこで技術とか考えてたら遅れるんで」
──10代の頃はやんちゃだったそうですが、今だとあまりそのイメージが湧かんないんですが、どこが転換点だったのですか?
「鹿児島から18歳の時に出てきたっていうのも、向こうのヤンチャ系の人達も、悪いことしてたらやっぱり痛い目に合うんだなって思って。そこで1回“もう俺は真面目に生きる”って思って。でも、まだ全然荒削りなんで、そこからデビュー戦で負けたり、親友が亡くなったり、仏教学んだり、いろんな出来事があってどんどん削られていって丸くなって、今に至る感じですね」
──木喰のような仏像彫もされていますね。
「『バガボンド』の宮本武蔵が彫っているシーンがきっかけで(木彫)、やっぱりそういう境地の人が彫るってことは、なにか意味があると思って。仏を彫るのって、弱い自分を認めて、そこに向き合う意味もあります」
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王者の期間をどれだけ長く続けれるか。他団体との戦いがもしあるとしたら──
――ONEではデメトリアス・ジョンソン、モラエスに敗れるなど紆余曲折あっての王座戴冠だったと思います。ONEのベルトにこだわってここまできた道のりを振り返っていかがですか。
「今の成り行きというか、今僕が与えられているものの中で、自分にしかできないストーリーというか、もう散々いいところでベルトを獲れなくて、いつもいいところでやられていたので、ストーリー的には一番いいところで、最後の最後でベルトを獲れたっていう思いがありますね」
──アドリアーノに勝って、今後はまず防衛戦も含めて試合があると思うんですが、次の相手として、どういった選手とやりたいでしょうか。
「用意された相手を、ただもう判定とかじゃなくてKOで倒すのをこのまま積み重ねていければ、自ずと(自分の)価値は上がるのかなと。つまんない試合というか、流して勝ったりとか、そういうのがなければKOになる。5Rもあるので、それを続けていければ。相手が誰であろうが、弱いやつは絶対タイトルマッチに上がって来ないと思うんで。ONEとかUFCとかだと」
──DJは「フライ級の3強がATTにいる。アレッシャンドリ・パントージャ、アドリアーノ・モラエス、堀口恭司だ」と。そのアドリアーノに勝ってチャンピオンになったことで、それこそパントージャや堀口選手と比べられるというか、並べて見られることも増えると思います。若松選手のプライドだとか、負けないという気持ちもあるでしょうか。
「まあでも、真実なんて。“その他の人”は正直もう戯言だと思ってるんで。自分が最強。自分の中身が一番強いんで。それに勝てば自分が最強だって分かってるんで、そういう声はもう正直、気にならないです」
──ダニー・キンガッドに勝ち、アドリアーノ・モラエスに勝ったら、なかなか相手もいないなか、モラエスと再戦ということもあるかもしれません、そうなったときは……。
「誰でも受けますね。もう用意された方だったら。相手は関係ないです]
──今はONEのベルトの価値を上げることがとりあえずの目標になりますか。
「そうですね。王者っていう期間をどれだけ僕のピークが落ちるまで長く続けれるかっていうのに焦点を合わせてます。ただ獲るだけだと意味ないんで、強い勝ち方を見せていくことで“これはもう絶対王者”っていうところまでやっぱり作っていきたいなっていう思いがあります」
──ONEのフライ級が一番だということを見せたい?
「はい。それこそ『若松と戦いたいからONEに』と、フライ級の選手が多くなるような状況にしたいので」
──一掃したら、将来的に他団体の強豪と、それを証明するために戦うことも?
「そこはもう流れに任せます。自然のままに。自分が(他団体に)行ってもいいですし。もしあるとしたら、UFCに限りますけど、そういう意思は全然あります。できるだけそれは求めていきたいです。ONEとの契約とかをしっかりやっていって。まずは、今回の勝利がまぐれじゃないっていうのをやっぱり見せないといけないんで」
──同じ日に野杁正明選手も勝利し、ベルトを巻きました。
「自分なんか、正直。野杁選手が行くんじゃないかなってずっと思ってました。だから驚きもしなかったんですよね。(試合後に会ったときは)『おめでとうございます』、と。お互い緊張が取れた感じで、すぐ会見だったんでそんなに喋れなかったんですけど。言葉を交わさなくてももう分かるみたいな感覚でした。すごかったですよね。あんな風にタワンチャイが倒れるとは。野杁選手はすごい化け物みたいな感じに爆発力出るじゃないですか。だから(戴冠は)全然納得するなっていう」
──武尊vs.ロッタンについては?
「本当に紙一重の戦いだったと思っています。お互いこう、野杁選手も言ってたんですけど、やっぱ怪我とかもあった中で、それも自分も聞いてたんで……それでも、そういう時にこそやってくれるって思っていて、試合もしてお互いもう最強な状態で戦ってるんで、ロッタンもよくあんな形で倒せるなと感じました」
──ところで試合後に、長南代表が控え室で若松選手に「これで終わりじゃない、これが始まりだ」と言っていましたね。
「本当に自分もそう思ってました。“これからが始まりだ”って。“ここから自分の時代だぞ”っていう思いはずっとありました」
──ONEジャパンにも聞きたいのですが、チャンピオンとして、これからさまざまな公式行事や、プロモーションで色々と喋ったり、盛り上げなくてはいけない立場になるんでしょうか。
ONE広報 チャンピオンは、そうですね。ONEの顔になると思います。いろんなところに出て行ってもらいます。
「自分は“うまく喋ろう”とか思っちゃうと、多分だめになっちゃうと思うんで。もう本当に心の胸の内だけを話す感じで。そして戦いで強くてそれが続けば、おのずと、顔になるのかなっていう思いです」
──さきほど「もし独身だったらハチャメチャになってた」とは一体どうなってたんでしょう?
「いやもう本当に。多分もうどこにでも喧嘩売ってたり、多分、アンチとかとも絶対、やってたと思います(笑)」
──そっちにハチャメチャでしたか! 結婚されてよかったです。最後にファンにメッセージを。
「おかげさまでチャンピオンになることができました。本当に自分一人じゃなくて、みんなのおかげで、やっぱりそれが力になって勝てた試合だと思うし、そういう力はやっぱり一人じゃ絶対出ないんで、本当に感謝してます。これからも最強を目指して行くので、応援よろしくお願いします!」
──ところで、今回のスーツは新調されたそうですね。
「このダブルのスーツは試合前に作って、勝って着ようと決めてました。ぜんぶイメージ通り、すべて計画通りです!」