2006年の『The Ultimate Fighter 3』でともに戦い、2007年9月の『UFC 75』でスプリット判定の接戦を繰り広げたマイケル・ビスピンとマット・ハミルがそれぞれの喪失と再生を語った。
2025年1月、ハミルが40年以上、失っていた聴覚を高度な補聴器により取り戻したことを報告。それを知った、かつての戦友ビスピンが祝福した。
(C)hammerhamill
ロチェスター工科大学在学時にレスリングのNCAAディヴィジョン3で3度の優勝を果たしているハミルは、生まれつき聴覚障害を持っており、試合ではラウンド間のインターバルに、手話でセコンドの指示を受けていた。
TUF3ではマイク・ニッケルズに勝利するも負傷でシーズンから離脱。同チームのビスピンがライトヘビー級で優勝。翌2007年にハミルとビスピンは『UFC 75』で対戦し、スプリット判定でビスピンが勝利している。ビスピンにとって、キャリア初の判定での決着だった。
ビスピンは、自身の出演映画『Den of Thieves 2』のプロモーション取材のなかで、ハミルについて、「TUFでは波乱万丈の関係だった。僕は若かったし、マット・ハミルのことを“僕に勝てる可能性のある唯一の男”として見ていた。それゆえに僕はライバル心をむき出しにしたし、若くて未熟だった。彼には彼のやり方があり、僕には僕のやり方があった。それが気のせいだったかどうかはわからないけど、もうずいぶん昔のことだからね」と、トラッシュトーカーだった現役時代に、“ザ・ハンマー”をライバルとして見ていたことを明かす。
そして、「私たちは戦った。とても接戦だった。2007年のことで、もう20年近く前のことだ。それ以来、私は彼の幸せを願ってきた。今回、ハミルが聴覚を取り戻したのを聞いたとき──私たちは何年もの間、親切で礼儀正しいツイートを何度かやり取りしてきたけど──それを聞いたときは、ただ、ただ大喜びしたよ」と、ハミルが聴覚を取り戻したことを祝福した。
息子たちの息づかいを一生聞くことはないと思っていた(ハミル)
2025年1月、マット・ハミルはインスタグラムに驚くべき報告を投稿した。
「史上最強のデジタル補聴器を手に入れました。41年間初めて、子供たちの声、人々が歩く音や笑う音を聞くことができます。ついに母の声を聞き、彼女は泣きました。兄パットの声も聞くのが楽しみです。ただ、彼がサイレンのような声でなければいいのですが。これは素晴らしいことですが、これらすべてに適応するのには時間がかかると思います。新年おめでとう!」
この投稿は、補聴器技術の進歩を示すとともに、長年、聴覚障害者コミュニティで人々を鼓舞してきたハミルと、同じような境遇の人々に希望を与えた。
ハミルは『The Ariel Helwani Show』で、41年ぶりに家族の声を聞いたときのことをこう振り返る。
「私が生まれて、2歳のときにはもう聞こえなくて重いラジオみたいなヘッドフォンがついている機械をぶらさげていた。今回、新たに開発された補聴器を試してみたんだ。つけてみたら、“わあ、すごい”と思ったよ。それを知って母は泣いた。そして子供たち2人を見ると、2人とも泣いていた。私は“ああ、これはすごいことだ”と思った。“夢って何個あるんだろう”って。まだ慣れていないから、立ち止まったり、座ったりして時間がかかるんだ。私は音を聞くことは期待していなかった。いくつか試したが、どれもうまくいかなかったから。予想外だったよ。息子たちの息づかいを一生聞くことはないと思っていたから」
いまハミルの2人の子どもたちがレスリングをしている。そして、甥のリアム・ハミルが2024年11月にプロMMAデビューを果たし、1R 24秒でTKO勝ちを収めた。
最初に補聴器をつけたときに聞いた音のことをハミルは忘れることができないという。
「ジムで、サンドバッグを叩くタン、トンという音が聴こえてきた。見渡してみると、甥のリアムがパンチしている音だ。あれが最初の瞬間で、決して忘れられない。彼がパンチを叩くと、その音が、自分の体に、耳に、押し寄せてくるようだった。あの瞬間はとてもアメイジングだった」
2月15日にリアムはオハイオでプロ2戦目を迎える。
「彼は本当に頑張っている。僕も彼と一緒に練習してきた。彼と一緒に練習すればするほど、身体が若返ってきて、“そうだ、また試合に出たい”って思えるようになったんだ。あれが好きなんだ。彼は負け知らずだから本当に元気がいい。その方がいい。僕は“ザ・ハンマー”と呼ばれたけど、彼も重い手を持っているから“ヒットマン” と呼ばれている。彼はかなり良くなっているよ」
マット・ハミル自身は、静寂のなかで自身の鼓動を感じながら戦ってきた。
「周囲の音が聞こえないのは試合では集中しやすいから、僕にとってはいいことなんだ。緊張しない。でも、コーチの声が聞こえないのが難点かな。インターバルでは手話で話せるけど、試合中にコーチの声が聞こえないんだ。ただ、今自分が持っているものに感謝しているよ」
2009年12月には、ジョン・ジョーンズから垂直エルボーの反則を受けて、“ボーンズ”に唯一の黒星をつけている。その12-6エルボーは2025年に反則から除外された。
UFC戦績は10勝5敗。2013年10月にチアゴ・シウバに判定負けでリリースされると、その後、WSOFやCombateで戦い、2018年4月にクリス・バーチュラーに判定勝ち。以降、ケージから遠ざかっている。しかし、公開した動画では、リアムとともにマットもスパーリングを行っている姿を見ることができる。
「何もしないのは嫌なんだ。レスリングとボクシングを続けたかった。いい状態を維持するためにはどうすればいいか、そういうことを考えてきた。この12年間、僕は常に、さあ、前に進もう、前に進もうという感じだった。だから、最後に一発やろうと。ジョン・ジョーンズと誰かを助けるために。でも、もし本当にそうなったらちゃんと準備するよ」と、ケージに忘れ物を取りに行くことも考えている。
そのときは、新しい補聴器をつけて入場を待つのも楽しみだという。
「リングで使うと壊れてしまうから、持っていくことはできない。入場曲は、僕は全然わからないから、僕のマネージャーが選んでくれてたんだけど、みんなはいい曲だと思っていたかな。『Simple Man』(レーナード・スキナード)
"Boy, don't you worry, you'll find yourselfFollow your heart and nothing elseAnd you can do this, oh baby, if you tryAll that I want for you, my son, is to be satisfied"
この曲の歌詞はOKだった。これまでは会場の振動を感じることができた。そして、そのハーモニーが僕にやる気を与えてくれるんだ」
[nextpage]
『片目だけでどうやって戦ったんだ?』ってよく言われるけど──(ビスピン)
(C)Zuffa LLC/UFC
マット・ハミル戦を経て、次戦で英国人として初のUFCメインイベントを戦ったマイケル・ビスピンは、2013年1月にビクトー・ベウフォートと対戦した。
2Rに左ハイキックでダウンを奪われ、パウンドでTKO負けを喫した、この試合で右目が網膜剥離になったが、現役を続けられなくなると思い、すぐには医師の診断を受けなかった。
同年10月にマーク・ムニョスと対戦予定だったが、試合前の練習帰りに徐々に視界が暗くなり、帰宅したところで完全に光が失われ、手術を行っている。
UFCの殿堂入りを果たしたいま、マイケル・ビスピンは、当時の負傷が彼の人生にどのような影響を与えたかについて、公式インタビューや、MMA JUNKIEで語っている。
「右目の視力は2013年以来、ほとんどなかった。メディカルチェックはギリギリ通過していた。タッチ・アンド・ゴーだ。トレーニングキャンプをフルにこなして、コミッションドクターに追い返されるのがいつも怖かった。
難しかったよ。メディカルテストに合格するためには、視力テストがあって、できる日もあれば、できない日もあった。でも、幸運なことに、俺はぎりぎり合格することができた。
でも、計量の日、コミッションでも視力をチェックされた。いつもビクビクしてたよ。ほんの数年前のことなのに。俺の目はひどかった。今はもっとひどい。当時はもう少しマシだった。でも目を見れば、健康でないことは明らかだった。医者が言うには、目を覆って、指を何本立てているかを見分けられるかどうかだと。
だから、視力テストで、俺とヘッドコーチのジェイソン・パリロはくだらない暗号まで考えた。1回咳き込んだら指1本、あくびをしたら指2本とか。正直、彼らはその形のテストを一度もやらなかった。彼らはただ『見えているか?』と聞き、俺は『……ああ』と答えていた。
『片目だけでどうやって戦ったんだ?』ってよく言われるけど、『とても苦労して』って答えてたよ」とビスピンは振り返る。
「簡単じゃなかった。自分のスタイルを完全に変える必要があった。片方の目だけだと奥行きを認識するのがとても難しかったから。物を掴みに行っては外し、2度目、3度目には掴むということがよくあった。でも、以前はジャブをよく使っていたんだけど、一度コンタクトすれば、脳というのは素晴らしいもので、少しは距離を測れるようになるんだ」と、グラップリングで相手に触れることで、間合いを掴んでいたという。
そして、何より、ビスピンにとってはケージに入って試合が出来ることが、喜びだったという。
「ある意味、試合は簡単だったんだ。トレーニングキャンプにお金をかけて、それに全力を注いでいる。どこへでも飛んでいく。それなのに試合の前日、外されるかもしれない。だからストレスは大きかった。そして、試合に出られるとなった時、“今なら戦える。もう大丈夫。今は幸せだ。今、俺がしなければならないのは、実際にケージに入って試合をすることだけだ”って」
常に“当たり前じゃない”なかで戦ってきた。
「それにしても、聴覚を取り戻したハミルにとってなんて美しい日だろう。彼の子供たちや両親の声が聞こえてきたんだ。こういうことは、俺たちにとっては当たり前のことなのに。彼の気持ちを想像すると、これ以上嬉しいことはない。
最近のテクノロジーの進歩には驚かされるよ。新しい目とか、そういう話があるのは知っている。イーロン・マスク、その新しい目の一つでも売ってくれたら、俺はまた……」と、UFC殿堂入りした“伯爵”は義眼の右目で笑顔を見せている。