2024年3月20日、国立代々木競技場第一体育館で開催された『TRHD presents K-1 WORLD MAX 2024 -70kg世界最強決定トーナメント開幕戦』は、世界トーナメント優勝候補の和島大海、ジョーカーの璃久、初参戦の中島玲の日本代表3名が開幕戦でKO負けというショッキングな結末となった。元K-1MAX日本王者で世界大会準優勝の佐藤嘉洋氏に、今年の開幕戦を振り返ってもらいながら、各選手の分析や決勝トーナメントの行方を占ってもらった。
オウヤン・フェンには昭和を感じる
――3月に開催されたK-1 WORLD MAX開幕戦は、およそ14年ぶりのMAX世界トーナメント復活になりました。過去MAX世界大会に出場してきた佐藤さんから見て、今回のMAX開幕戦はどんな印象を受けましたか?
「率直な感想は、肉体が頑丈そうな外国人が揃っていたなと思いました。7月7日の決勝トーナメントもガチガチの潰し合いになることは間違いないですね」
――その中でも和島大海選手、璃久選手、中島玲選手の3人の日本代表が一回戦でKO負けというショッキングな結果になりました。
「和島選手は昨年末にオウヤン・フェン選手に負けて、今回はかなりの覚悟で開幕戦に臨んできたと思います。オランダのダリル・フェルドンク選手と戦いましたが、接近してカーフキックを当てていき、わずか数発で効かせていたように見えました」
――最終的に和島選手は、1RにパンチをもらいKO負けとなりました。
「僕は、戦略的には悪くなかったと思います。和島選手の足を削っていくスタイルは、変えなくていいのではないかとさえ思いましたね。今回は、少し深く入り過ぎてパンチをもらってしまった印象でした。でも、ジョムトーン選手に勝った時の経験、タイでシッティチャイ選手と練習したことは必ず活きてくると思います。何よりも数発でカーフを効かせる、あの攻撃力は魅力です」
――和島選手の敗因は、踏み込み過ぎて距離を見誤ったと。
「結果論で考えれば、敗因のひとつはそうなると思いますけど、距離をそこまで緻密に計算しながら戦えるかというと実際には難しいですね。フェルドンク選手が踏み込んだと見ることもできるわけですから。それよりも和島選手のダメージが心配です。自分もそうでしたがKO負けを喫すると、これまで耐えられてきた攻撃をもらい倒れることが出てくる場合があります。とくに和島選手は連続でKO負けを喫していますので、少しダメージを抜く期間が必要かもしれません」
――和島選手をKOしたフェルドンク選手は、どう分析していますか?
「パワーがあるなと思いました。技術的には、世界レベルで比較するとそこまで高くはない印象でしたが、前へ出る圧力とパワーがありましたね。フィジカルでテクニックを凌駕できてしまうのが、この階級の特徴だと思いますので、その意味では世界レベルなのかもしれません。フェルドンク選手、そしてストーヤン・コプリヴレンスキー選手に勝ったカスペル・ムシンスキ選手も、身体の頑丈さの違いが勝敗の差になったと思っています」
――フェルドンク選手にも驚きましたが、ムシンスキ選手がシュートボクシングの海人選手と互角に戦ったストーヤン選手から判定勝ちを奪った試合も衝撃を受けました。
「ムシンスキ選手については、顔面ディフェンスですね
――顔面ディフェンス?
「ええ、彼は顔面でパンチを受けているんです。武尊選手もそうなんですけど、顔面でパンチを受け流して、それで自分のペースを掴んでいくんです」
――つまり、打たれ強さということになりますね。
「はい、簡単に言えば打たれ強さです。アゴが上がるようなパンチを打たれても、それを潰して打ち返してくる。そうなると、攻撃した選手はどんどん消耗してきます。あの世界トップクラスにいるストーヤン選手が、ダウンを喫して負けました。ムシンスキ選手が化ける可能性は十分にありますよ。僕が期待しているのは、このムシンスキ選手です」
――そんなに期待値が高いですか。
「驚異的なタフネスが魅力的です。怯まずにガンガン前へ出ていくので、ハートも強いだろうなと思います。横からのパンチでも平然としていたので、あれはかなり打たれ強いです。昔から70kgは身体が頑丈な海外選手が多いのが特徴なんですが、その壁をあらためて感じましたね」
――和島選手をKOして知名度を上げたオウヤン・フェン選手は、どう分析していますか。
「完成度が高いですね。蹴りとパンチのバランスもいいし、精神力も強い。中国の格闘技のレベルは、ここまで高くなってきたのかなと思いました。コンプリートファイターですね。5段階評価のオール5までは達していませんが、オール4くらいはあるように思います。中国立ち技格闘技の集大成というか、最高傑作に近いのではないでしょうか」
――オウヤン選手は、崩れるイメージがまったく想像できないですね。
「彼はブアカーオ選手のような何でも対応できるコンプリートファイターというよりも、昔の昭和初期のキックボクサーにあった“和”を感じます」
――オウヤン選手から感じる“和”ですか?
「ええ、和ですね。昭和を感じます。崩れない、強い、技術が高く穴がない。サムライのイメージです」
――決勝トーナメント抽選会は、みんなオウヤン選手との対戦を避けていました。
「分かりますね。例えオウヤン選手に勝てたとしても、ただでは終わらないような覚悟が必要になってきます。戦う立場からすると一番嫌なのは、攻めどころが分からない選手。パンチ力のある選手は、そこを注意して戦略を立てていけばいいですけど、スキのない選手と戦う時には、今の自分の実力・総力が試されるわけです。運の要素が低くなってくるため、いい勝負ができても判定になる可能性が高くなる。そこで勝てればいいですけど、丈夫でスキがない、ハートも強い、これはかなり厄介なんですよね」
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ムジンスキの顔面ディフェンスは侮れない
――オウヤン選手の決勝トーナメント一回戦の相手はワイルドカードになっていまして、まだ誰になるのか未定です。
「だったら、ブアカーオ選手がいいんじゃないですか! 僕は、ブアカーオ選手とオウヤン選手の試合が見たいですね」
――さすがにブアカーオ選手が3試合を戦うのは、年齢的にも厳しいのでは。
「それでも僕は、見たいですね。オウヤン選手がトップのタイ人と戦っていないならば、ブアカーオ選手が勝てる可能性も十分にありますから」
――オウヤン選手に勝つのは、ブアカーオ選手だと。
「ムエタイのトップ選手の初めての相手がブアカーオ選手だと、あのオウヤン選手でも苦戦すると思います。どちらが勝つにしても、注目の一戦になりますね」
――他に注目選手はいますか?
「ブラジルの選手ですね」
――璃久選手をTKOで下したデング・シルバ選手ですね。190cmの身長と圧倒的な攻撃力 で、彼を優勝候補に挙げる人もいます。
「耐久力がどこまであるかですね。身長190cmで体重70kgだと、肉体的に縦に細くなります。必然的に筋肉量が少なくなるため、ローキックへの耐性がどこまであるかが気になるところ。また、自分が蹴った時にスネを痛めるリスクも出てくるため、そこはこの前の試合だけでは分からない未知の部分ですね。でも、攻撃力はめちゃくちゃ高いです。映像では彼の動きは遅く見えるかもしれませんが、空に飛んでいる飛行機を地上から見ているのと同じで、実際には速いと思います。遠心力が思い切りかかっているパンチなので、かなり重かったはずですよ」
――デング選手の攻撃力は脅威ですね。とくに2階からの打ち下ろしのパンチは。
「デング選手の強打を受ける距離にいたら、耐えられる選手は少ないでしょうね。僕だったら、いかに彼の遠心力がかかった攻撃の距離を外せるかをテーマに戦います。一番、強い攻撃が飛んできた時に、少し前へ出てインパクトの瞬間を外す。オウヤン選手は、これが非常にうまいので、2人の対戦を見たいですね。逆にデング選手が、距離を外された時に、どんな二次的な攻撃を出せるか、そこも見たいです」
――あと開幕戦で驚いたのは、活躍が期待されていた実績のあるムエタイのタナンチャイ・シッソンピーノン選手が、K-1ルールに順応できなかったことです。
「タナンチャイ選手の参戦が決まり、僕は仲間に“凄い選手が来るから注目して”と言っていたくらい注目していたんです。でも、試合後はみんなに謝りました(苦笑)。両スネを痛めていたのかなと思うくらいミドルキックを蹴らなかったですよね」
――試合中にセコンドの顔を気にして見ていたくらいなので、戸惑っていたのでは。
「ロマーノ・バクボード選手が距離を潰したのはありましたが、普通、あのくらいのレベルのタイ人ならば、接近させないように戦えるんですよね。腕を破壊するくらいのミドルキック地獄が見られると期待していたので、見れなくて残念でした」
――K-1ルールに適応してきたタナンチャイ選手の次戦に期待したいですね。
「逆にバクボード選手が、タナンチャイ選手の良さを出させなかったと見た方がいいのかもしれません。マラット・グレゴリアン選手のようにガンガン前へ出る作戦をしていましたので、大化けする可能性もありますよ」
――あとはゾーラ・アカピャン選手も優勝候補と言われています。
「ウクライナのタラス・ナチュック選手と戦ったアカピャン選手は、凄く体幹がしっかりしているなと思いました。技を出した時に右のガードをまったく下げないので、軸がブレていない。ジャブを打つ時に、逆の腕がまったく動かない選手は脇腹の筋肉が強いことが多いんですけど、アカピャン選手もそうですね。軸がブレないので、相手は攻撃を予測することが難しい。今回はウクライナの選手が強かったのでアカピャン選手の強さが際立たなかったですが、上位に行く実力があるように見えました」
――決勝トーナメント一回戦は、オウヤンvs.X、デングvs.フェルドンク、アキモフvsバクボード、ムシンスキvs.アカピャンになっていますが、この時点で誰が優勝しそうですか。
「Xが誰かにもよりますが、準決勝はオウヤン選手とデング選手、バクボード選手とムシンスキ選手が戦うのではないでしょうか。そしてオウヤン選手とムシンスキ選手が決勝を争うのではないかと見ています」
――ムシンスキ選手の評価は高いですね。
「あの顔面ディフェンスは脅威です。オウヤン選手が総合力で優勝すると思いますが、ムジンスキ選手の顔面ディフェンスは侮れないとみています」
――優勝はオウヤン選手で、サプライズを起こすとすればムシンスキ選手と。それにしても、まだ無名の選手がここまで強いと日本の選手は今後が厳しいですね。
「いえ、ここに日本の選手をどんどん放り込んであげればいいんですよ。昔のK-1MAXの時もそうでしたが、最初は通用しないと思われていても、段々と通用するようになっていきます。そういう選手が必ず出てきます。最初は犠牲になった選手もいるかと思いますが、それも日本のレベルが上がるための糧になります。どうしたら世界で勝てるようになるのかというのが、見えてくるんです。
だんだんと日本人が勝つための方法が見えてきますので、まったく問題にすることはないです。ここがワールドクラスのスタンダードだとしても、ここから立ち上がってほしいですね。絶対に日本人が勝てる階級なので、僕は逆襲に期待しています」