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高専柔道ゆかりの「無声堂」で井上靖『北の海』の世界を偲ぶ。七帝柔道OBら30数名が集まり技術交流と練習試合

2022/10/09 22:10
 2022年10月9日(日)、愛知県犬山市にある明治村の武道場「無声堂」に高専柔道や七帝柔道のOBや関係者ら30数名が全国から集まった。  技術研究や練習試合などで交流して先人たちの霊を弔い、また中学生や高校生の柔道部員たちのモチベーションに繋がれば、というもの。顔ぶれには地元名古屋大学柔道部OBのほか、九州大学OBや北海道大学OB、東北大学OB、東京大学OB、京都大学OBら遠くから駆けつけた者、東京で現在も高専柔道の技術を練習している「寝技研究会」や、鎌倉市内の柔道家が中心となって作る「鎌倉柔道協会」のメンバーも多数いた。  この無声堂は旧制第四高等学校(現在の金沢大学の前身)の武道場で、1917年(大正6年)に建造され、戦前の歴史を語る貴重な建造物として、1970年(昭和45年)に明治村に移築された。  作家の井上靖(1907-1991)が自伝的小説『北の海』で舞台としたことで有名で、作品中のほとんどの場面がこの無声堂での柔道の練習風景として描かれる。主人公の青年(井上靖がモデル)が旧制沼津中学5年修了の18歳時、四高柔道部の部員がやってきて「うちの柔道部へ入らないか。六高(現在の岡山大学)に勝って高専大会の優勝旗を奪還したい」とスカウトされる。 【写真】「無声堂」に高専柔道や七帝柔道のOBや関係者らが集まり、技研究会が行われた。  彼らが青春を賭けて打ち込んでいたこの高専柔道大会こそ、戦前、三角絞めなど多くの寝技技術を開発し、現在でも世界の格闘技史にその名が刻まれる「高専柔道」と呼ばれる寝技中心の特殊な柔道だった。 【写真】昭和3年頃とされる井上靖(前列右)と四高柔道部の面々。  主人公の“井上靖青年”は浪人生の身でありながら誘われるまま金沢へ赴き、四高柔道部の夏合宿に参加する。四高柔道部はその年も京都武徳殿で行われた高専大会で六高に連覇を許していたため、夏合宿は凄絶を極めた。このときのエピソードをモチーフに井上靖が当時の先輩たちを愛おしむように描いて、現在でも若い柔道家たちに読み継がれる柔道小説の名著となっている。 [nextpage] 15人対15人の団体戦抜き勝負は、いまでも行われている 【写真】当時、常勝を誇った旧制六高柔道部。試合会場の京都武徳殿からの優勝パレードには京都市民が大勢詰めかけた。  この高専柔道ルールは試合開始後いきなり寝技に持ち込んでもいいこと、15人対15人の団体戦抜き勝負で1試合が終わるのに数時間を要する総力戦だったこと、場外がないこと、寝技が膠着しても審判が「待て」をかけないことなどから、寝技研究の開発が凄まじいスピードで進んだ。  また学校対抗戦の嚆矢として全国の100校以上の学校が参戦し、大変な盛り上がりを見せていたという(高専大会の「高」は旧制高校を、「専」は旧制専門学校を指す言葉。旧制専門学校は例えば名大経済学部の前身となった名古屋高商や大阪大学医学部の前身となった大阪医専などがある)。後に高専柔道の寝技技術は地球の裏側ブラジルにまで伝わり、あのグレイシー柔術にも大きな影響を与えることになる。 【写真】1951年にブラジル・マラカナンスタジアムで行われた世紀の一戦、木村政彦vsエリオ・グレイシー。当時のブラジル紙は、木村がエリオの肘を極める写真を大きく使って報じた。現在ではこの腕がらみは、世界で「キムラロック」と呼ばれている。  現在、RIZINで活躍するホベルト・サトシ・ソウザや、クレベル・コイケら日系ブラジル人が、出稼ぎとして来日し、高専柔道からブラジリアン柔術に伝えられた三角絞めで、総合格闘技のなかで一本勝ちしていることは、そのルーツの国で高専柔道の技が回帰したことになる。 【写真】上はムサエフに三角絞めを極めるサトシ、下は朝倉未来を失神させたクレベルの三角絞め。2人は東京ドームで同日に同じ技で一本勝ちした。  旧制高校生たちは上記のルールで自主性や協調性を涵養し、戦後の政財官界で正力松太郎(讀賣新聞社社主/旧制四高)、永野重雄(新日鐵会長/旧制六高)、松前重義(東海大学創設者/旧制熊本工専)ら、OBたちが活躍した。  戦前の旧制学生では小学校6年間の後に旧制中学5年間があり、その後に旧制高校が3年、大学が3年間あったので、旧制高校生の年齢としては現在の大学生にあたり、卒業生のほとんどが帝国大学に進学した。 【写真】(左)井上靖が高専柔道のことを描いた自伝的小説『北の海』(当時中央公論社)の表紙。1968年から1969年にかけて中日新聞や西日本新聞などに連載され、柔道関係者に大きな反響を呼んだ。(写真右)『北の海』のなかに登場する一番人気のキャラ、柔道部に入るために何年も浪人しながら四高の近くに住んで柔道の練習ばかりしている豪傑“大天井”青年のモデル小坂光之介氏は、戦後、名古屋大学柔道部の師範を長くつとめた。これはそのときに巻いていた貴重な帯。  現在でも全国7つの旧帝国大学(北海道大学・東北大学・東京大学・名古屋大学・京都大学・大阪大学・九州大学)がこのルールを踏襲する15人対15人の団体戦の大会があり、七帝柔道、七大柔道などと呼ばれ、毎年7月に若者たちの熱い試合が戦われている。  あるOBは「コロナがあってここ数年大変でしたが、ようやく高校柔道や大学柔道に活気が戻ってきて、七帝戦も再開された。この寝技の柔道に興味がある中学生や高校生はぜひ入学して柔道部に入部してほしい。井上靖先生の『北の海』の世界がここにはそのまま残っています。寝技には立技のような運動神経より、工夫や研究が活きるので、白帯からスタートした者や体格に劣る者でも強い選手たちに勝てるようになります」と語っていた。
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