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【訃報】アントニオ猪木氏の訃報に青木真也「僕は猪木会長に作られた」「闘魂は連鎖する」──ナカシマ戦で極めた直伝のフェイスロック秘話を語る

2022/10/01 11:10
 元プロレスラーで、参議院議員を2期務めたアントニオ猪木(本名・猪木寛至)さんが1日、自宅で死去した。79歳だった。難病「全身性アミロイドーシス」で闘病中だった。  プロレスの中で「異種格闘技戦」を行い、1976年(昭和51年)6月には、日本武道館でモハメド・アリ(米国)と15Rを戦いドローとなっている。  1日にONE ChampionshipのABEMA解説を務めた青木真也は、放送中に訃報を聞き、「言葉が出てこない」と絶句し、「僕は猪木会長に作られた」と、IGF(イノキ・ゲノム・フェデレーション)で戦った思い出などを語った。  青木は、「猪木会長は、強さ、戦いをプロレスの中でも格闘技の中でも出していくということを、自分の思想信念、主義主張の中で大事にしていた。今、格闘技の中で強さ、戦いがない中で、アントニオ猪木が求める強さ、戦いを格闘界、マット界に残していきたいです」と遺志を継いでいくことを語った。 【写真】IGFでツイスター、グラウンドコブラを極める青木 「もうちょっと見ていていただきたかった、教えていいただきたかった」という青木は、続けて、2021年1月に北米の強豪ジェームズ・ナカシマと対戦前に、猪木氏から直に教えを受けたことをあらためて紹介した。 「都内のお蕎麦屋さんで、猪木会長にお会いして『俺にチョークかけてみろ』って言ってくれて、あれだけ顔が大きいから極まるわけもなくて。猪木会長は『フェイスロックでやるんだよ』と言って、教えてもらった思い出があります。会長は(体調が悪くても)自分の足で歩きましたからね。車椅子に乗られているのも薄々感づいているんですが『じゃあな』って自分の足で歩いていかれた。そのあたりも、アントニオ猪木としてのこだわり、レスラーとしてのこだわりを感じました。ほんの30分、40分の時間でしたが、もっとあの時間がほしかった」と時折、言葉を詰まらせながら語った。  青木は、猪木氏との面会後、ジェームズ・ナカシマを1R、フェイスロック(ネックロック)で極めて一本勝ち。 (C)ONE Championship  試合解説中の青木は、「これからだと思っていたので、本当に言葉が出ないというか……。解説の時に訃報を聞いて『どんなことがあっても笑いながら歩いていこうぜ』というアントニオ猪木の言葉ですが、いま目の前の仕事を一生懸命やらないといけないなと思いました。僕の場合は猪木会長に教わった人たちに教えていただいた人間ですが、日本の格闘技、強さと戦い、いまは無き『ストロングスタイル』を作った人だし、いまストロングスタイルを格闘技界でやっているのは僕だけ。ストロングスタイル、強さ、戦いみたいなものを残していかないといけないと思っています」と決意。  また、大会終了後も「気持ちを切らさず話そうと思いましたが、どの試合が印象にと問われると、アントニオ猪木の方が大きくて……。僕が目指していたもの、マインドですね。以前、古舘伊知郎さんがアントニオ猪木の引退試合(※ドン・フライがグラウンドコブラでギブアップ)で『闘魂は連鎖する』と言っていましたが、それぞれがそれぞれの持ち場で仕事をする。僕も帰って、もう一度あの文面を読み返したいです」と語った。 ◆古舘伊知郎(1988年4月4日・東京ドーム「アントニオ猪木引退試合」にて) 『闘う旅人、アントニオ猪木。今、相手のいないリングにたった一人で佇んでいます。思えば38年に及ぶプロレス人生。旅から旅への連続であり、そして猪木の精神も旅の連続であった。安住の場所を嫌い、突き進んでは出口を求め、飛び出しては次なる場所に歩を進め、ドン底からの新日旗揚げ、世界王者とのストロングマッチ、大物日本人対決、格闘技世界一決定戦、IWGP、巖流島、人質解放、国会に卍固め、魔性のスリーパー……決して人生に保険をかけることなく、その刹那、刹那を燃やし続ければよいという生き様。猪木はこの後の舵をどの方向にとろうというのか。一人ひとりのファンの胸には今、どんな闘いの情景が写し出されているのか。猪木は、すべての人間が内包している闘う魂をリング上で代演する宿命にあった。しかし、この瞬間をもって猪木はリングから姿を消す……。我々はどうやって火を灯していけばいいのか。物質に恵まれた世紀末、商業主義に踊る世紀末、情報が豊かでとても心が貧しい世の中、一人で闘うことを忘れかけた人々。もう我々は闘魂に癒されながら時代の砂漠を彷徨ってはいられない。我々は今日をもって猪木から自立しなければならない。闘魂の欠片を携えて、今度は我々が旅に出る番だ。闘魂は連鎖する。1943年2月20日、鶴見に生まれしひとりの男の子。姓名、猪木寛至、闘魂の火種。貴方を見続けることが出来たことを光栄に思います。燃える闘魂に感謝。ありがとう、アントニオ猪木!』
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