1勝4敗──RIZIN2デイズの日本対海外勢の戦績は、惨敗だった。それは、パンデミックのなかの“箱庭”的大会から、RIZINが“開国”した証だった。
2022年4月16日と17日、東京・武蔵野の森総合スポーツプラザ メインアリーナにて、『RIZIN TRIGGER 3rd』と『RIZIN.35』が連続開催された。
▼第10試合 RIZINライト級(71kg)タイトルマッチ 5分3R○ホベルト・サトシ・ソウザ(ボンサイ柔術)王者[1R 3分32秒 腕十字]×ジョニー・ケース(米国)挑戦者※サトシが2度目の王座防衛に成功
▼第5試合 ライト級(71kg)5分3R×武田光司(BRAVE)[2R 1分35秒 フロントチョーク]○スパイク・カーライル(米国)
▼第4試合 120kg契約 5分3R○シビサイ頌真(パラエストラ東京/巌流島)[1R 1分36秒 TKO] ※マウントからヒジ×リハーズ・ビギス(ラトビア
▼第2試合 フェザー級(66kg)5分3R○ヴガール・ケラモフ(アゼルバイジャン)[1R 2分00秒 三角絞め]×中島太一(ロータス世田谷)※PANCRASEバンタム級暫定王者
▼第1試合 フェザー級(66kg)5分3R○カイル・アグォン(グアム)[判定3-0]×芦田崇宏(BRAVE)
▼TRIGGER 第9試合 RIZINライト級(71kg)5分3R×矢地祐介(フリー)[2R 3分14秒 TKO]○ルイス・グスタボ(ブラジル)
新型コロナウイルス感染拡大の影響から、スポーツのみならず、世界が鎖国化するなか、格闘技界もさまざまな工夫を凝らして、無観客の大会をファンに届けた。
シリーズを細分化し、スタジオマッチによるPPVでの有料放送による採算性の強化、海外選手の入国が困難ななか、国内の外国人選手、特にそれまでメジャー舞台に器用されることが少なかった“日系”外国人選手の登用、そして、国内選手も人気YouTuberの起用や、選手のバックボーンやキャラクターを重視し、“ストーリー化”することで、大会全体がパッケージとして、その世界観を楽しめるように制作されてきた。
国内での越境対決や過酷なグランプリもあり、傍目には、さほどパンデミック前と遜色ない熱量を作り上げることに成功してきたが、その間、層の厚い海外とのレベル差がどのくらい開いているかは、ふたを開けてみないと分からない状況でもあった。
日本人が外国人に負けて、私はちょっと悲しい(サトシ)
週末の2大会で海を越えてきた勝者は語る。
「コージ(武田光司)が上に乗っている時に、彼の息が上がっていったから、自分はこのまま落ち着いて我慢していれば、最終的に自分の時間はやってくると考えていて、実際そうなった。RIZINとBellatorのコネクションがあることで、選手が両団体を行き来できるのは素晴らしい。両団体のチャンピオンになるのが目標だ」(カーライル)
「(中島太一の)“足を取れる”とテイクダウンした瞬間に感じた。(片足を片手で持ち上げ、軸足を払いテイクダウン。背中についたところを中島の正対際にパスしてマウント。右脇に足を差し入れ、マウントから三角絞めで失神させた)すぐにグランドに移行するのを随分練習してきた。それを活かせた。(牛久絢太郎vs.斎藤裕は)“強い者が勝つ” と私は思っている。強い人に勝ってもらい戦いたい」(ケラモフ)
「試合前と特に思っていたことと変わりはなくて、彼(芦田崇宏)が打撃で来るだろうとと思っていたし自分の方がグラップリング能力は高いと思っていた。アシダのギロチンもしっかりハンドファイティングできていたので、ほとんど極まっていなかった。今回の試合に向けてたくさんレスリングを強化し、テイクダウンも簡単に取れた。リストコントロールをして、パウンドを打つ。全部出したよ」(アグォン)
「ヤチ(矢地祐介)は強い選手だとは思うけど、直近3試合を見たけど、試合後も印象は変わっていない。この試合は自分が12歳の頃から毎日やっていることと同じ。特に何も変わっていない。僕は2年間止まっていたわけではなく、練習を続けていた。難しい局面が自分を強くしてくれると信じている。この2年間、パンデミックでジムでの指導も出来ず、困窮した状況にあった。でもそういう状況が自分を強くしてくれた、成長させてくれたと思う」(グスタボ) 一方、対海外勢で勝利した日本人は、シビサイ頌真のみ。日本在住で日本でMMAファイターになった“日系ブラジル人”のホベルト・サトシ・ソウザを日本勢と呼ぶこともできるだろう。
「国内だとヘビー級ってデータがあって知り合いとかも出ていたりするのですが、海外の選手はデータがあまりないし得体の知れない感じがあったので、それを味わえたのは久々で、国内選手とは違う緊張感がたくさんあってすごくいい経験になりました」(シビサイ)
「昨日と今日、日本人が外国人に負けて、私はちょっと悲しいです。今日私が勝ったから、まだRIZINのベルトは日本に残るのは本当に良かったです。他の人が来ても絶対RIZINと、日本の名前も守りたいです」(サトシ)
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経営的な判断を考えると正直、日本人選手の戦いだけで「そのままにしておけばいいじゃないか」という声は無くもない。でも──(榊原CEO)
このパンデミックの間、開催された大会後に、ある関係者は「危機感を覚えた」と語っていた。
「確かにものたりない。それでも日本人選手だけの大会でもライバルストーリーもあり、見られるものにはなっていた。でも競技レベルが低い選手の試合もあり、愕然とした思いを感じたのも確かです。このままでは行けない──様々な痛みは伴うものの、それがいちはやく開国に至った経緯でもあります」
海外選手を1人招聘するだけでも、セコンドを含め、多くの経費がかかる。それが東欧やブラジルならなおさらだ。
【写真】ホテルの大部屋2つを1週間貸し切り、2つのマットを用意。サウナも多い日本でもタトウーを入れた海外選手用に簡易サウナも備えられた。もちろん体重計も置かれているが「時々、自室へ持って行ってしまう選手がいて困る」(柏木信吾・RIZIN渉外担当)
今回の結果を受けて、国内メジャーのRIZINは、どこに舵を切るか。2大会後に榊原信行CEOに聞くと、「戦いの舞台をもう一度ワールドワイドにダイナミックに展開していきたい」と、海外強豪の招聘に、より積極的に動くことを明言する。
「RIZINぐらいが外国人選手を呼ばないと、ほかのプロモーションもなかなか呼ばないと思うんですね。僕らはここで満足していたくないんですよ。やっぱり島国である日本の中だけの戦いの舞台にとどまる気が無い。1人の外国人選手を呼ぶだけでも、セコンドを含め渡航費用や滞在費用がかかりますし、いまでもまだホテルの中で借り切って、専用のトレーニングルームも作って選手たちのコンディション調整の環境を整えています。当然、通訳の費用もかかる」と、採算度外視の部分もありながら、世界に開かれたMMAフェデレーションであることを榊原CEOは諦めない、という。
「正直、日本人選手の戦いだけで、この2年半のことを考えると“そのままにしておけばいいじゃないか”というのは、経営的な判断を考えると、無くもないんです。でも、そんなのつまらないんでね。どれだけ日本人選手が弱いか、というのは外国人選手を連れてくればはっきりすることだし、逆にそういう外国人選手を向こうに回して、世界標準で戦える──やっぱり、今回のように強い外国人選手を見せれば、ファンも“ちょっと違うね”というのを感じてもらえると思います。ただ、海の向こうではそういう選手たちが、別に今回、UFCやBellatorのランカーを呼んできたわけでもなく、まだまだ上がいる、そういう選手たちの中でも戦っていける日本人選手を、僕は作っていきたいし、そのための努力は──RIZINを運営する僕らの会社は『株式会社ドリームファクトリーワールドワイド』という名前だから、ドメスティックじゃなく、ワールドワイドに攻めたい、という、ここは諦めずに、そういう方向でやっていきたいと思います」と、対世界に通用する日本人選手の育成と、RIZINをワールドワイドな舞台として、あらためて世界に打って出る意欲を語った。
そのひとつが、協力関係にある、Bellatorとの対抗戦や、日本大会でのクロスプロモーションだ。
「Bellatorとの対抗戦も積極的にやるべきだと思いますし、この2日間は1勝4敗ですが、まだまだ、RIZINで活躍している選手にもたくさん戦いに飢えて、海外選手と戦いたいと前向きな選手がたくさんいます。今週末のBellatorハワイ大会に行って、スコット・コーカーともミーティングをしてこようと思っていますので、ぜひ、対抗戦も実現させたいなと思います」と、榊原CEOは、今週からハワイ入りし、今後のプランをコーカー代表と話う合う予定であることを明かしている。
ときを同じくして、米国でもBellatorのスコット・コーカー代表が4月12日の会見で「RIZINとのクロスプロモーションの話は、サカキバラとハワイで話すことになっている。年末に日本大会を開催したい」と展望を語っている。
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パトリッキー「サトシを尊敬している。対抗戦に出られたら光栄だ」
榊原CEOは、対世界の最右翼として、ジョニー・ケースとのリヴェンジマッチで一本勝ちし、RIZINライト級王座の2度目の防衛に成功したホベルト・サトシ・ソウザの名前を挙げる。
「日本と海外選手の差はある。でも、サトシだったら、ピットブル(パトリッキー・フレイレ)に勝てるんじゃないかな、という風に、今日の試合を見ると楽勝で勝てそうな気がしたけど……まあ、でも見てみたいじゃないですか」と、堀口恭司に続く、ダブルチャンピオンの夢を、MMA14勝1敗のサトシに託すつもりだ。
東京2デイズのメインを勝利で締めた王者サトシは、試合後、Bellatorライト級王者のパトリッキー・フレイレとの対戦を問われ、「まだすぐはできない。私は彼の打撃のレベル、いろいろな長い経験を持っていることも知っているし、レベルも分かる。自分はもっと練習したいし、もっとポイントを直したり、自信を上げたい」と、王者が甘い相手ではないことを理解している。
その上で、「そのことについて私はよく考えるのだけど、もちろんいつも向上したいと思っていて、後ろには戻りたくないのもたしか。彼(パトリッキー)を目標にしている。なぜなら、彼は世界のチャンピオンだから」と、キャリアのハイライトに向かう構えがあることも語っている。
その言葉に、パトリッキーも呼応。SNSで、「まずタイトル防衛戦をやりたい。その後、BellatorとRIZINの対抗戦があるなら、その試合に出られたら光栄だ。サトシをとても尊敬している。きっと素晴らしい試合になるだろう。それから日本でピットブルブラザーズの生徒たちがRIZINで戦う姿も見たい」と、ライト級王座防衛後に、対抗戦でサトシとダブル王座戦に臨む用意があるとした。
また、榊原CEOは、かねがね対抗戦の日本勢の候補として、バンタム級GP王者の扇久保博正、朝倉兄弟、そしてRIZIN5戦無敗5連続一本勝ちのクレベル・コイケ(5月5日に萩原京平と対戦)らの名前を挙げている。現在Bellatorに参戦中の渡辺華奈(5月13日にデニス・キールホルツと対戦)、前Invicta王者アリーシャ・ザペテラに勝利している浅倉カンナらも候補に挙がってくるだろう。
Bellatorからの評価も高い扇久保は、さっそくSNSで「おい、ダンタスよ、12年前にやられてるけど、俺はあの時とは比べ物にならないくらい強くなってるからな。あの時も3R途中まで勝ってたしな。闘えることになったらブラジルまでぶっ飛ばしてやる」と、2010年5月の修斗で逆転負けしたエドゥアルド・ダンタスとの雪辱戦をアピールしている。また、現在渡米中でマネル・ケイプとラスベガスで合流中の朝倉海も、ハワイ大会を注視している。
ハワイ2デイズの初日となる4月22日(日本時間23日)の『Bellator 278』には、2019年ライト級GP優勝のトフィック・ムサエフが地元のザック・ゼインを相手にサークルケージデビュー戦に臨む。さらに翌日4月23日(日本時間24日)の『Bellator 279』には、いよいよ堀口恭司が再起戦。Bellatorバンタム級ワールドGP1回戦として、強豪パッチー・ミックスと対戦する(いずれも日本ではU-NEXTで生配信)。
『Bellator 279』4月23日(日本時間24日)
▼Bellator世界バンタム級選手権試合&ワールドGP1回戦 5分5Rフアン・アーチュレッタ(米国)25勝3敗ラフェオン・ストッツ(米国)17勝1敗
▼Bellatorバンタム級ワールドGP1回戦 5分5R堀口恭司(日本)29勝4敗パッチー・ミックス(米国)15勝1敗
『Bellator 278』4月22日(日本時間23日)
▼ライト級 5分3Rトフィック・ムサエフ(アゼルバイジャン)18勝4敗ザック・ゼイン(米国)15勝11敗
▼Bellatorバンタム級ワールドGPワイルドカード 5分3Rジョシュ・ヒル(カナダ)21勝4敗エンリケ・バルゾラ(ペルー)17勝5敗2分
▼Bellatorバンタム級ワールドGPワイルドカード 5分3Rジョネル・ルゴ(米国)8勝0敗ダニー・サバテーロ(米国)11勝1敗
ほかにも、バンタム級では、アーチュレッタvs.ストッツのGP1回戦にして王座戦の5R、さらに元UFCで1月にダリオン・コールドウェルにTKO勝ちしたバルゾラ(写真上)、堀口と同門のATTで、UFCで勝ち越していたブレット・ジョンズに5月に判定勝ちしたサバテーロ(写真下)と、強豪が出場する。
現地で2大会を視察する榊原CEOは、「理想的なのは、日本人のチャンピオンがいて、外国勢を迎え撃つ──ほんとうにPRIDEのような形で、世界のトップアスリートを日本に招聘するというのは、いますぐは無理だけど、我々がフェデレーションという形をとっているのは、世界の各団体と交渉できるということ。UFCとはなかなか交渉がうまくいかないけど、少しずつ交渉の距離は縮まっていると思うし、ONE Championshipとだって、向こうがどう思うかは別として、僕は会って話をして、青木真也でも秋山成勲でも、ぜひ引っ張ってきたいなと思っていますから、僕のアクションとしては世界のトッププロモーションと交渉して、交わっていけたらなと思っています」と、全方位外交を掲げた。
対世界を望むなら、彼らの戦いを日本のファイターもファンもチェックしておく必要がある。“箱庭”から“開国”は、まだ始まったばかりだ。