戸谷 勝負に人生を賭けるのは同時にリスクを背負うことでもあるけど、仮に負けたとしても生活できる保障があるから戦えるのか、逆に保障を絶った方が追い詰められてやる気になるのか。
青木 どうだろう。僕はすごいビビリだから、いつも自分が必ず飯が食えるような算段をしてしまう。23歳で警察を辞めて格闘技一本にした時から、生きていくのに手堅い契約をしてきた。ただ、それも最近は答えが変わってきて、日本で生きていく限り死ぬことはないと思うようになった。よく若い子たちに「おまえら、バイトしたら負けだぞ」と言うんだけど(笑)。つまり、時給を得るために消費した若い頃の時間は戻ってこないから、いま最低限の生活費を確保して好きなことをやった方が将来的には得だ、ということを教えたかった。
衣食住にかけるコストはどんどん安くなっているし、賢い人ほど「働いたら負けじゃない?」と思うようになっている。これ本気で僕は思っていて、例えば月15万円で好きなことをやってストレスのない生活と、月30万円で拘束と苦痛を与えられる生活を比べた時、今の若い子たちは前者の生活を選ぶ気がする。遊ぶのも食べるのもお金がかからない時代に生きてきた訳だし。それなのに若い世代を「貪欲じゃない、やる気がない」と批判するのは違うんじゃないかと思う。人の生き方も変わってきていますよね。
戸谷 僕は大学の教員をしているので入試の傾向を調べたりするんですが、最近、難関大学の倍率は下がっていて、偏差値の低くて入りやすい大学の方が倍率は上がっているんですよ。高校生の中でも安定志向が高まっているのかなと思います。その発想はどこから来ているんだろう?
青木 ちょうど練馬で一緒に練習している新卒の子がいるんですけど、北大を卒業したのに10人くらいの小さな広告会社に勤めていて、昼の練習に出ているんです。「北大出たのにこんなことやってていいのか? もっとちゃんと仕事やれよ」と言いましたけど、彼からしてみれば自分のキャリアを好きなように作りたいみたいで、格闘技で一時代を築いてやるというテンションでもないし、この感性って独特だなと。「おまえ格闘技のセンスないよ」とは、強く言っておきましたけど(笑)。
戸谷 青木さんも早稲田大学を出て、警察になってから格闘家に転身した異色のキャリアですよね?
青木 僕は静岡出身の一人っ子で、格闘技をやること自体、親は反対でした。在学中は遊びだからと許してくれましたが、まさか格闘技の選手になりたいと言い出すなんて思わなかったでしょう。とりあえず警察に入ったけど、人生であれほど辛い時間はなかった。自分のやりたいことがあるのに、自分の人生が送れなかったから。飯が食えるから幸せなのではないと、その時に強く思いましたね。父親には「なぜそんなに試合するんだ。もっと安全なキャリアがあるじゃないか」と言われますが、「銭はもらえても辛いことはあるんだよ」と僕が返すので、よく大喧嘩になります(笑)。それも世代の違いですね。
――戸谷さんにとって一番辛かった経験は?
戸谷 うーん……。大学院生の最後の年に休学して奨学金がもらえなくなったので、家の近所の某コーヒー店でバイトを始めたんですよ。昔、飲食でバイトした経験はあったのに、数年ブランクを挟んだら全然自分が働けなくなっていて、使えなくなっていて、それが一番辛かったです。若干うつ気味になって辞めたのですが、これじゃ普通の会社では働けないなと思って。
青木 やっぱり賢い人はキツイ状況にならないように、ちゃんと予防する。僕とかは割となんだかんだ生き延びていくし、自分で追い込んでいる感はある。
――その話は戸谷さんの勝負嫌いの話と何か関係があったりしますか?
戸谷 僕は感情的なものに触れるのが、すごく苦手。本当は会話もできるだけチャットにしたい。
青木 わかる、わかる!
戸谷 職場にスタッフが4人いますけど、全員同じ部屋にいるのにずっとチャットで会話している。全く声を発さない(笑)。さっき話していたコーヒー店のバイトでも、感情的な怒られ方をして、それで精神が参ってしまった。理屈で怒られるのは平気だけど、感情的に怒られるのは嫌。
青木 でも、感情的になっている人を見るのは面白いよね。僕はそこ平気だな。
戸谷 『ストロング本能』にも、北岡選手が試合前にバックヤードで相手の煽り映像を見て怒っていた様子に感銘を受けたことを書いていましたね(笑)。
青木 あれはメンタルトレーニングのセルフトークに近い。声を発するというのは、素晴らしい動作だと思う。自分がやるときも、サポートするときも、声を出すようにしている。そこは理屈じゃなくて声に出したほうがいい。「俺はできる、大丈夫」とか。最終的には手を握るとか、抱き合うとか原始的なところをすごく大切にしている。
戸谷 試合の場合、怒っている状態とクールな状態、どっちがパフォーマンスいい?
青木 僕の論ですけど、勝負事に熱くなる奴はダメですよ。みんな勝負は叩きのめすものだと思っているけど、全く違う。勝負事って揚げ足を取るものだから。例えば高校野球で2アウト満塁なら、やっぱり待つのはエラーでしょ。自分がどうこうするより、相手の失敗を待つ。熱くなると相手を倒すことしか考えないから、自分が揚げ足を取られます。理想的な試合前のルーティーンとしては、まず30分前くらいに一回気分をバーッと上げる。何か叫んだり、暴れたり、蹴っ飛ばしたりしてもいい。それから入場ゲートの前に来たら、すっと落ち着くのが一番いい。試合中は、次の動作を考えているようでは負け。勝手にパパっと身体が「オート」で動くようでないと。「相手がこう来たらどうしよう」とか考えるのは、試合の前まで。
――「オート」とは、本能で体を動かすということ?
青木 僕は「オート」と言っていますが、「本能」「ゾーン」など、人によって色んな言い方がある。100通りの表現があったとしても、事象は同じことだと思います。割とルーティーン化すればみんなできることだと思う。
――戸谷さんは哲学の対話の中で、「オート」「ゾーン」とかありますか?
戸谷 多分それに近いのは、学会での発表。僕は自分で「戸谷洋志」を演じている感覚を持ちます。よく本番前は、心の中でショートコントみたいに学会発表のシミュレーションをする。つまり、自分は自分を演じているだけであって、失敗しても傷つかないようにするためだと思う。
青木 失敗するシミュレーションもしますよね? 僕は「こうやってぶっ飛ばされる」みたいな領域までちゃんとやります。(成功と失敗の)両方やるからこそ安心する。
戸谷 打撃の試合だと、オートでカウンターが入ってKOとか、何となくはわかります。でも、青木さんの試合を見ていると、考えながら戦っているようにしか見えない。
青木 いや、あれは無意識でやっています。
戸谷 実はAbemaTV『AOKI AWARD』も見ていますが、青木選手が技術的な解説をされている時って本当にロジカルじゃないですか。微妙な動きの違いがその後の技に繋がるみたいな。
青木 それは練習の時から理屈を積み上げているから。再現性がなければマグレでしかないし、日々の練習でずっと考え続けています。試合で勝とうが負けようが、後から理詰めできないとダメだと思っている。試合は結果でしかなくて、その先が大事だから。(続く)
※青木、戸谷がそれぞれの「勝負」論を語る最終章は、発売中の『ゴング格闘技』7月号にて掲載。
Aoki Shinya
1983年5月9日生まれ。静岡県出身。小学生の頃から柔道を始め、2002年に全日本ジュニア強化選手に選抜される。早稲田大学在学中に、柔道から総合格闘技に転身。「修斗」ミドル級世界王座を獲得。大学卒業後、静岡県警に就職するも2カ月で退職して再び総合格闘家の道へ。そして「DREAM」「ONE FC」で世界ライト級チャンピオンに輝く。著書に『空気を読んではいけない』(幻冬舎)、『ストロング本能』(KADOKAWA)がある。
Toya Hiroshi
1988年、東京都世田谷区生まれ。専門は哲学、倫理学。博士(文学)。現在は大阪大学の特任助教。現代思想を中心に、科学技術をめぐる倫理のあり方を研究している。第31回暁烏敏賞受賞。著書に『Jポップで考える哲学―自分を問い直すための15曲』(講談社、2016年)、『ハンス・ヨナスを読む』(堀之内出版、2018年)、プロ棋士・糸谷哲郎との対談本『僕らの哲学的対話 棋士と哲学者』がある。
『ストロング本能』青木真也 著(KADOKAWA)
日本を代表する孤高の格闘家・青木真也が、本能を呼び覚まし「行動」と「成果」を最大化させる超実践的メソッドを初公開。人間関係、健康、仕事、お金、自己実現、目標達成など、すべてが思い通りに。
『僕らの哲学的対話 棋士と哲学者』戸谷洋志/糸谷哲郎 著(イースト・プレス)
哲学者×棋士という異色の哲学的対話が実現。1988年生まれの同世代の二人が勝負論や幸福論などを切り口に、「人間」を巡る様々な問いを考察していく。
『ゴング格闘技』7月号