UFCがノミネートし、ファン投票により決められた2020年「サブミッション・オブ・ザ・イヤー」を、2020年10月24日の「UFC 254」でジャスティン・ゲイジー(米国)に三角絞めで一本勝ちしたハビブ・ヌルマゴメドフ(ロシア)が受賞。アメリカンキックボクシングアカデミー(AKA)の練習仲間のダニエル・コーミエー(DC)から記念の盾のサブライズ贈呈が行われた。
UFCの解説を務めるコーミエーは、「すべてを手に入れた男がここにいる、儲かってる?(笑)。ほらこれが2020年のサブミッション・オブ・ザ・イヤーだ。君が受賞したよ。ジャスティン・ゲイジーをマウントから極めた君の美しい三角絞めに」と、「UFC 257」アブダビ大会で従兄弟のウマルのセコンドのためにアブダビ入りしていた盟友に、記念の盾を手渡した。
続けて「AKAの柔術クラスで俺が教えている技だ。クラスのみんなも報われるよ」と、誇らしげな表情を浮かべた。
復帰が取り沙汰されているハビブは、それまで報道陣の前で厳しい表情を浮かべていたが、コーミエーの顔を見ると、すぐに顔がほころび、満面の笑みに。
盾を受け取ったハビブは「ありがとう。でもちょっと待てよ。みんに分かってほしいことがある。君は僕にこの技を教えてないよね。だって、君は三角絞めが何かも分かってないはずだ。トライしたことさえないはず」と指摘。
「えっ? 何? ちょっと待って、6カ月会ってなかったらそんな風に言うの? 俺達の友情ってそんなもんだったの?」と、おどけるコーミエーに、ハビブは「違う、違う。いま話しているのはサブミッションのこと、三角絞めのことだよ。君の足は太すぎて三角絞めなんか出来ないでしょ」と主張した。
コーミエーも負けずに「オイッ! 俺は太った引退したヤツだけど、だから何なんだ。君だって6パックを俺に見せてくれたときのことを覚えているかい?」と反撃。すると、ハビブはニヤリと笑って、「ん? 背中触ってみて」とコーミエーにうながした。
引退を表明しているUFC世界ライト級王者の背中をさすったDCは驚愕の表情で、「マジかよ! うわっ、デカ!」と、隆起したままのハビブの身体に驚きを隠さなかった。
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亡き父のお気に入り、腕を流さず極めた三角絞め
(C)Josh Hedges/Zuffa LLC via Getty Images
2020年10月24日、ジャスティン・ゲイジーとのUFC世界ライト級王座統一戦に臨んだハビブは、2R 1分34秒、三角絞めで暫定王者を失神させた。
試合は、終始圧力をかけるハビブに、下がりながらもカーフキックを当てたゲイジー。1Rのアウトサイドローは5発。2Rの最初のカーフキックで前足を流されたハビブは、この試合7発目のアウトサイドローキックを受けると身体を崩しながら、そのままマットに両ヒザを着いてのダブルレッグ(両足タックル)へ。
そのままゲイジーの脇を潜りバックを奪うと、両足をフック。正対してきたゲイジーからマウントを奪い、上から三角絞めの体勢となった。
左足で相手の右脇を開けさせ、右足で首を刈り、腕を脇に抱えて後方に倒れ込み、腕ひしぎ三角固めも狙える形から、上体を起こしてきたゲイジーに対し、右足を左足のヒザ裏で三角に組んだハビブ。
このとき、ハビブはゲイジーの右腕を内側に流さず、脇に挟んで外に置いたまま、相手と正対しないで絞めている。ゲイジーはタップするもレフェリーは気づかず、再度のタップの直後、失神した。それは、通常と異なり、モダン柔術家たちが見せる90度に角度をつけた三角絞めの極め方だった。
試合後、ハビブはコーミエーに、このマウントからの三角絞めは、父アブドゥルマナプが気に入っていた関節技であり、試合前にゲージーが「タップはしない」という言葉を聞いていたため、絞め技を選択したことを明かしている。父から受け継いだレスリングに柔道、コンバットサンボ、そして一時は敵対していたブラジリアン柔術の技術も採り入れ、ハビブは、最先端のMMAを戦っていた。
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近い将来のUFC復帰の計画はない
(C)Josh Hedges/Zuffa LLC via Getty Images
試合後、ハビブはケージのなかで、突如、引退を表明すると、「父についてきてくれていたみんなはもう10年以上の付き合いだ。AKAのチームのみんな、コーチのハビエル(メンデス)、本当に大好きだ。チームのみんなを愛している」と周囲に感謝の言葉を述べると、とりわけ親友であるコーミエーには「アイラブュー、デュード」と惜別の言葉を送った。
コーミエーとはレスリング繋がりもあり、慣れない米国生活のなかで、積極的にジョークでコミュニケーションを取ろうとする“DC”の影響でハビブの英語も上達した。
今回の受賞セレモニーは、そんな両者の信頼関係がうかがえるやりとりだったといえる。
この後、ハビブは「この賞は僕にとって、この競技における僕の業績においても非常に重要なものだ。年月が過ぎても歴史は残る。僕のキャリアにおいて長く記憶に残る瞬間がたくさんある」と、インスタグラムに記している。
引退発表後、地元の後進育成のために、ロシアのGorilla FCを買収し、Eagle FCとして運営。すでにプロデューサー業に舵を切っているハビブは、コーミエーに誇示した肉体を再びケージのなかで披露することはあるのか。
かつて目標として掲げていた「30戦無敗」まで、あと1試合を残しているが、ハビブは1月下旬、地元ロシアメディアに「このスポーツのほとんどすべてを達成した。お金を稼ごうとしたり、何かを求めて努力するファイターがたくさんいることを僕は知っている。(これ以上)僕が何をすべきか? 多くの人がこっちの気持ちを理解しようとしてくれない。何かが起こらない限り、僕がオクタゴンに戻ることはない」とあらためて復帰を否定。
MMAのトレーニングは続けているものの、「個人的な楽しみのため」であり、父が亡きいま、MMAを辞めるよう進言したハビブの母親の存在は、「僕に残された最も重要なもの」で、「母を失望させるようなことを強要しないでほしい」と、母親の意向に従うつもりであることを語った。
さらに、「近い将来のUFC復帰の計画はない。僕はそれを置き去りにしてきた。僕を苦しめるのではなく、今の僕が持っているものを楽しんでほしい。僕はこのレベルに到達するために多くの犠牲を払ってきたから」と語ったハビブ・ヌルマゴメドフ。
その現役最後の試合の動きは、日本でも「UFC Fight Pass」で確認することが可能だ。
UFCがノミネートし、ファン投票により決められた2020年の各賞のノミネート&受賞は以下の通り。UFCでは、各賞のハイライト動画を下記にアップしている。
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2020年 UFCファン投票 結果は──
◆サブミッション・オブ・ザ・イヤーハビブ・ヌルマゴメドフ(ロシア)
2020年10月24日「UFC 254」○[2R 1分34秒 三角絞め]ジャスティン・ゲイジー
◆デビュー・オブ・ザ・イヤーハムザト・チマエフ(チェチェン/スウェーデン)
2020年7月16日「UFC Fight Night」○[2R 1分12秒 ダースチョーク]ジョン・フィリップス※2020年、UFCで3戦3勝。
◆カムバック・オブ・ザ・イヤーベニール・ダリウシュ(イラン/米国)
2020年3月7日「UFC 248」○[2R 1分00秒 KO]ドラッカー・クロース※2R中盤にクロースの右フックでグラついたものの、左ストレートで逆転のKO勝ち。3戦連続となるパフォーマンス・オブ・ザ・ナイトを受賞。
◆イベント・オブ・ザ・イヤー「UFC 256: Figueiredo vs. Moreno」※2020年12月12日、同年最後のPPVイベント。メインでフィゲイレードが2度目の王座防衛に成功。
◆ノックアウト・オブ・ザ・イヤーホアキン・バックリー(米国)
2020年10月11日「UFC Fight Night」○[2R 2分03秒 KO]インパ・カサンガナイ※左ミドルキックをキャッチされたバックリーが、カウンターの右スピニングバックキックを顔面に当て、2RKO勝ち。