MMA
コラム

【RIZIN】朝倉未来はなぜ斎藤裕に敗れたのか──物議を醸したRIZINの判定をひもとく

2020/12/07 22:12
 2020年11月21日の『RIZIN.25』のメインイベントで、RIZINフェザー級タイトルマッチ(5分3R)が行われ、判定3-0で斎藤裕(パラエストラ小岩)が、朝倉未来(トライフォース赤坂)に勝利。初代王者となった。  勝者は歓喜し、敗者は驚きの表情を隠さなかった王座戦の判定。ユニファイドルールとは異なるRIZINルールでの斎藤vs.朝倉の判定は、いかなるものだったのか? まず、前提としてRIZINの判定はどのように行われているのか、ポイントを以下に列挙する。 ◆RIZINのジャッジ・競技運営は、外部団体である「一般社団法人日本MMA審判機構(JMOC)」が行っている。※基本的に、各試合の担当レフェリー・ジャッジのシフトはJMOCが決め、直前まで明かされない。 ◆RIZINのジャッジはラウンド毎の10点法ではなく、「15分間の試合全体で評価」するトータルジャッジ。 ◆RIZINの判定基準の優先順位 1. 相手に与えたダメージ(50%)↓2. アグレッシブネス(30%)↓3. ジェネラルシップ(20%) ◆イエローカード(減点)はマイナス20%。口頭による「注意」「警告」は判定に影響しない。  上記4点を踏まえた上で、今回の斎藤vs.朝倉戦について取材を進めた。 「ダメージ」の判定割合は50パーセントを占める  RIZINの判定基準において、興味深いのは上記の各「評価項目」に「評価割合」のパーセンテージが割り振られていることだ。  ジャッジは、赤コーナーと青コーナーの各選手に上記の「ダメージ」「アグレッシブネス」「ジェネラルシップ」の3項目のスコアを記入。そこに優劣が見られない場合、「0」をつけてもいいことになっている。  しかしトータルでの「マスト判定」のため、「ダメージ」「アグレッシブネス」で双方に差が無く「0」をつけた場合でも、優先順位最後の「ジェネラルシップ」では必ず差を見い出して、採点することになっている。  斎藤vs.朝倉戦ではどうだったのか。  RIZIN公式サイトで「教えてチャーリー!」のコーナーを持つ、RIZIN海外事業担当・柏木信吾氏は、「試合の後にジャッジペーパーを見せてもらったんですけど、3名ともほぼ同じだったんです。ジャッジは全員『ダメージは相殺した』と言う風に見ていました。インパクトでは差がついていない、と判断していたんです」と採点を明かす。  具体的には、ジャッジ3名が「ダメージ」で双方に「0」。ジャッジ2名が「アグレッシブネス」で「30」を斎藤につけ、「ジェネラルシップ」でも「20」を斎藤につけている。そして1名が「アグレッシブネス」でも甲乙つけがたく双方に「0」。最後の「ジェネラルシップ」のマスト判定で「20」を斎藤につけている。  よって、ジャッジ3者ともに斎藤を支持。判定は3-0で斎藤がベルトを巻いた。  3名のジャッジはなぜ斎藤と朝倉に「ダメージ」点を与えなかったのか。スコアのうち半分を占め、最も大きな割合を持つ「ダメージ」とは、そもそも何なのか。  RIZINにおけるダメージとは「効果的なダメージ、サブミッションアドバンテージ」とされており、「どちらの選手が、相手により大きなインパクトを与え、より一本・KOに近づいたのか」を指すのだという。 「ニアフィニッシュ」同様に解釈が分かれれるため、主観が入り込む要素が多いが、明確な“ダウン”、関節技での“キャッチ”(確かな極まり具合)を取ることは、「ダメージ」と判断されるだろう。 [nextpage] 斎藤の「ダメージ」は相殺された  朝倉未来は斎藤裕からフラッシュダウン気味に2度、斎藤の腰を落とさせている。そこで斎藤もヒザをマットに着くことなく、すぐに体勢を立て直し、逆に右の攻撃を当てて押し戻している。  最も「ダメージ」が感じられるこの場面について、柏木氏は「ジャッジは全員『ダメージは相殺した』と見ていた」という。 「ダメージの50」を取るには至らない、と判断されたのは「僕が思うに、斎藤選手がフラッシュダウンとかの後に亀にならないとか、すぐ立ち上がって打ち返したりとか、そういった行動がジャッジに響いて、ダメージを相殺したという判断になったんだと思います」と、ダメージを感じさせないリカバリーと、斎藤のポーカーフェイスが引き寄せた勝利だと、解説する。 「ダメージ」とは、「その攻撃によって選手がどのような状態になったか」を見られる。前述した通り、ラウンド毎の採点ではないRIZINでは、朝倉が取ったニアダウンは、試合全体の中でのダメージとして取るには不十分であったのか。試合への影響度が感じられない状態であれば、ダメージでは差をつけづらい、とジャッジが考えてもおかしくない。  そして、鼻骨骨折した斎藤はほんとうに「ポーカーフェイス」だったのか。これまでプロで25試合を戦ってきた斎藤の黒星は4つ。その敗戦はいずれも判定で、KO負けは一度も無い。伝統派空手出身の斎藤自身の身体にも打撃による「ダメージ」の蓄積が少なかったことが、今回の大一番でのリカバリーにも奏功していると思われる。  3人のジャッジがダメージ「0」。カウンタースタイルの朝倉に比べ、積極的で攻撃的に試合を支配していた斎藤の「アグレッシブネス」もしくは「ジェネラルシップ」が評価され、王座は斎藤のものとなった。 [nextpage] 命運を賭けた「テイクダウン」 「ダメージ」に続く「アグレッシブネス」(ノックアウト、一本を狙う攻撃)と考えられる斎藤の動きのひとつに、テイクダウンが挙げられる。  2R、斎藤は右の蹴りを当てて、ワンツーの連打から四つに組むと、朝倉を引き出してテイクダウンを狙った。この場面、朝倉は思わずロープの下から腕を2度ひっかけ、バランスを保っている。ケージではないリングでは起こりうることだが、この行為は場外逃避により「口頭警告」となっている。  イエローカードであれば採点上マイナス20%だが、減点は無し。柏木氏は本誌の取材に、「『口頭の警告・注意』はジャッジングに反映されません。ただ、ロープ掴みをする注意を受けたということは、そもそもが相手の方がアグレッシブだからという見方は出来ます」と語る。  1Rに一度、斎藤は朝倉の左を掻い潜って組むが、残り時間も少なく本格的にクリンチを仕掛けてはいない。ここで力を使うと後半に消耗する可能性もあるからだ。  そして、2Rに2度、勝負のテイクダウンに入った。テイクダウントライにはパワーと勇気が必要だ。テイクダウンを取るために、相手の間合いに入ること。崩して倒し、殴る・極めるポジションまで奪うのにどれほど腕が張り、スタミナを使うか。  試合の命運を賭けてテイクダウンを仕掛けた側が、ロープ掴みでテイクダウンを逃げられたら明らかに不利。そしてストライカーにとっては、テイクダウンを切ることで試合の流れを掴むことが出来る。RIZINが「リングスポーツ」である以上、再考が求められる反則の裁定になるだろう。  2Rの斎藤のもうひとつのテイクダウン。朝倉が得意とする左の蹴り足を掴んで上半身を押し込むニータップにより、朝倉を尻餅まで着かせている。  ただ、テイクダウンされただけであればダメージは無い。斎藤に背中を預けながら立ち上がった朝倉は、コーナーまで移動し、頭をロープの外に出しながら、ケージレスリングさながらに肩をコーナーマットにつけて正対に成功している。  しかし、この攻防後、朝倉は蹴り足を掴まれることを警戒し、得意の左の蹴りを躊躇するようになる。  そして「ジェネラルシップ」。立ち技・組み技の双方において、いかにリングを支配し、相手をコントロールするか。「エリアコントロール」が「ジェネラルシップ」の採点として評価される。  斎藤は、朝倉よりMMAとしてのトータルの戦いで上回ることで、この「ジェネラルシップ」でも優位に立ったといえる。  ファイターが確実に勝つためには自らの手でフィニッシュすること。だが、それは様々な選択肢と攻防のなかで、何をしてもいいし、何をしなくてもいいMMAで、フィニッシュに向かう積み重ねのなかで生まれることでもある。 [nextpage] 試合もジャッジも「生もの」 「ダメージ」とは主観だ。  たとえば、脳を揺らす頭部へのダメージと手足へのダメージをどうとらえるか。  脳震盪に直接繋がる可能性のある頭部への打撃は、ミドルやローキックよりも早くKOに繋がりやすいという見方もある。  しかし、もしミドルキックを腕でブロックし続けたら、そのダメージにより腕は上がらなくなり、パンチは打てなくなるだろう。もしローキックを足にもらい続けたら、ステップを踏みづらくなり、蹴りはもちろんパンチも手打ちになるだろう。  斎藤vs.朝倉戦で、勝者は鼻骨骨折し、敗者は顔を腫らさず会場を後にした。 「MMAでもモニターによるジャッジが必要だ」という声も聞く。たしかに反則行為の検証に動画をスローモーションで見返すことはあるだろう。  しかし、試合もジャッジも「生もの」だ。  血の通ったファイター同士が戦う、“いま・ここ”で起きていることを、その場でジャッジするのは、スローモーションで見返す動画とは異なる。  ジャッジするための共通の基準や認識は必要だが、各ジャッジの採点が異なることがあるのは当然だ。ジャッジの立ち位置によって、見える攻撃と見えない攻撃、見える防御と見えない防御がある。だからこそ、ジャッジはリングの3方に分かれてチェックしている。  そして、どの攻撃が効いている・あるいは効いていないのかは、そのメカニズムを知ることが必須だ。  打撃はクーリンヒットしているのか、あるいは避けてダメージを軽減させているのか。極め技では、技術的にどこがどう極まっているのか。たとえば絞め技では、選手の息遣いなどからもその極まり具合を感じ取ることが出来る。  1994年の「UFC 2」から試合を裁き続ける“ビッグ”・ジョン・マッカーシーは言う。 「誰もがMMAのすべてを知ることはできません。見たことも聞いたこともないことが常にありえます。このスポーツは急速に進化しています。あなたは、それと共に進化するか、遅れていくか、どちらかです」  いまなおMMA(Mixed Martial Arts)は進化し続けている。それがこのファイトスポーツの難しさであり、面白さでもある。その進化を、見る側もアップデートしていくことで、より格闘技を愉しむことが出来るのは間違いない。
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