2020年9月27日にさいたまスーパーアリーナで開催された「Yogibo presents RIZIN.24」が、YouTubeでも公式のフルファイトが公開され、ファイターたちによる各試合の分析が進んでいる。
セミファイナルで行われた朝倉海(トライフォース赤坂)vs.昇侍(トイカツ道場)では、トップファイターたちが「海の強さ」について語っており、そこでは年末の「朝倉海vs.堀口恭司 2」の再戦の予想にまで話が及んでいる。
なかでも、朝倉海も出稽古に訪れていた和術慧舟會HEARTSの大沢ケンジ代表と、海と対戦した昇侍本人による振り返りと分析が話題を呼んでいる。
現RIZINバンタム級王者の朝倉海とノンタイトルで対戦した元PANCRASEライト級王者の昇侍。試合は1R2分37秒、カウンターの右ストレートからサッカーキックで海がTKO勝利し、あらためて大晦日出陣を宣言している。
試合後の会見で海は、「作戦を立てていた通りに戦えましたし、向き合った瞬間も映像で見た通りでした」と、昇侍の動きが想定通りで作戦通りに戦えたとし、ダウンを奪った右のカウンターについても、「あれで倒せると思ってました。試合前にも言ってたんですけど、昇侍選手が近い距離でのフックを得意にしているので、遠い距離から軽い攻撃を当てて、踏み込んでいって右のクロスカウンターを当てるという作戦を立てていました」と、作戦通りの一撃を遂行させたことを明かしている。
また昇侍は、海の打撃について「キレとかスピード、瞬発力が飛び抜けているのは分かっていましたし、向かい合ってどれくらい誤差があるのかというのを最初にちょっと見たくて、ディフェンスを中心にパンチを見て、ブロッキングしてガードを固めて見ていたんですけど……」と序盤の攻防を語ると、いざ攻撃に転じようとしたときの海の巧さについて、「自分がオフェンスを仕掛けようと、ディフェンスの意識が下がった瞬間に、もしかしたら相手が狙っていたのかもしれないですけど、プレッシャーをかけて打っていこうとしたところを、完全に右のカウンターを合わせられたと、自分なりに解析しています」と振り返った。
昇侍にとって、予想外だった海の進化とは何だったのか。大沢との対談で昇侍はこう振り返る。
「チャンスはファーストコンタクトしかないと思っていて、勢いのある選手って勝ち気で思い切って来てきてくれる。だからファーストコンタクトで、こちらが右ストレートをカウンターで合わせてやろうと思ってたんですよ。その狙いをちょっとだけ見せたらすぐに警戒されて、そこからだいぶ“散らされました”」
相手の攻撃の届かない距離で、打撃を散らして、有効打を当てていく。大沢はフィニッシュに至る流れのなかで、海の蹴りに注目する。
「海はめっちゃ散らしてきたでしょ。頭の方に左ハイでパチンと来て、それで(昇侍の)意識が左ハイに行って、(パンチに対して迂闊に)頭が下げられなくなる。反応も遅れたかなと」との大沢の指摘に、昇侍も「あれ(左の蹴り)でダッキングがすごくしにくくなりました。あの一発で。戦略が並じゃないですね。(自分に)詰めさせるように誘い込んでバチーンと(カウンターを合わせる)」と、これまで以上に海の攻撃のバリエーションが増えたことで、昇侍は海の距離でコントロールされることを嫌い、自身の得意な距離に強引に持ち込もうとした。
「縦の距離とリーチも長いので、近くに入らないと勝負できない。詰めてプレッシャーをかけて中に入って得意な距離で戦うプランでした。乱戦に持ち込んでヒジ打ちや組みを入れたダーティーボクシングで雑に行けば、チャンスが来るかなと思ったんですけど、(昇侍の作戦を)完全に想定している感じでした。海選手は中間距離でパンチ・キックを散らして届かない距離で攻撃。僕は詰めなくてはいけないので詰めたところにカウンターを合わされました」(昇侍)
大沢も海の進化のひとつが、試合の組み立て方にあるという。
「海の組み立てはいい。以前は左ボディと右ストレートを織り交ぜて、どっちか分からないというだけだったけど、いまはさらに、インローだったりボディだったり、こうして(上下にレベルチェンジのフェイントを入れたり)スイッチしたりしてる。蹴りも以前のスナップをきかせた空手の蹴りから変えて、種類も増えている」と海の“散らし”の種類が増えたことに言及。
昇侍はその散らしでさえも「インロー、まだ痛いです。朝倉兄弟2人ともそうなんでしょうけど、海選手、蹴りも強い。ストレートも直突きで打ってきたりして、そんなに直突きは効かないんですけど、ノーモーションでタイミングをズラして、(カウンターを)合わされないように散らして打ってきた」と証言する。
そしてフィニッシュへ。
「海選手が右ストレートが得意なのは分かっていたので、こっち側(相手の左手の外側)にポジションを取っていれば、右ストレートは見える。でも海選手はストレートを当てるために自分も左に入ってズラして、ここ(ブロッキングの間)から入って来るパンチを打ってきた」
PANCRASEに来日したジョゼ・アルド、DEEPではチェ・ドゥホと、後のUFCファイターとも戦っている昇侍は、世界レベルのトップストライカーと海を比べ、「本当に同格、それ以上くらいのパンチのキレ、倒せるパンチを持っています。自分は打たれ強さにほんとうに自信があったんですけど、吹っ飛ばされましたよね。右ストレートで」と、そのフィニッシュブローがワールドクラスであることを語っている。
最後は、サッカーキックでレフェリーを呼び込んだ。
海は「そんなに思い切りは入っていなかったかなと思って、次に行く準備はしていたんですけど止められちゃったんで、もう2発くらい入れようかなと思っていました」と、流れのなかで冷静にフィニッシュを狙っていたという。
昇侍は「もう必死だったんで、とにかくやりたいという気持ちは強くて、“何で?”という気持ちはありましたけど……」とTKOを振り返りながらも、「試合後、リング上で海選手は『対戦してくれてありがとうございます』と言ってくれて。ほんとうにいい男ですよ。スポーツマンで、日本の格闘技を本気で盛り上げようとしている。言ったら、僕と対戦する必要もなかったのに、短いスパンの中で試合の機会を与えてくれた」と、RIZINを背負う1人として、さいたま大会で重責を背負って戦った海を讃えた。
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金原正徳「待つことが出来る、いまの海は凄い」
海の進化と成長を『待てるようになったこと』と語るのは、元UFCファイターの金原正徳だ。
かつて、和術慧舟會HEARTSでのプロ練習で海と拳を交えている金原は自身のYouTubeで、「海が試合後のインタビューで『昇侍選手はフック系が強い』と、事前に自分も思っていたことを言っていて、マルちゃん(昇侍)はたしかにショートの距離がめちゃめちゃ強い。ロングレンジで真っすぐバンバンと打撃をやるんじゃなくて、泥臭くショートで打ち合うから、試合前の予想で自分は『海が舐めなければ』と言っていたのは、舐めてると打ち合っちゃうから、そうしなければ海有利と考えていた」と、その分析力を評価する。
さらに、「最近の海の安定率の高さは『待つことができる』こと。昔、海と練習していた時に、『熱くなっちゃうと足を止めて打ち合っちゃう癖があるから、打って当たっても1回待って、相手の攻撃のリターンに合わせて攻撃したら、もっと自分がもらうリスクが無くなるよ。テイクダウンに入ることも出来るし、目も反応の良さもスピードもあるから、1個待てればもっとお前は強くなるよ』とアドバイスしたことがあったけど、いまはその通りの強い選手になってきた」と、決めどころでの冷静さがついてきたことを指摘。
「昇侍戦のときも、打ち合いになったときに、パッと打ち返しを見て右ストレートを入れた。堀口戦のときも当てて詰めて、堀口選手が大きく振ってきたのを待ってヒザ蹴りを入れている。ボクシングをやってテクニックがついて、そういう距離感だったりが出来たというのもあると思う。ああやって“待つことが出来る”ようになったのはほんとうに海にとって凄いことで、待てれば、彼はキックもパンチもボディも何でもできるから、その反応やスピードに対応できる選手はなかなかいない」と、その成長に舌を巻く。
海が昇侍を下した同日、同じバンタム級で瀧澤謙太(フリー)と金太郎(パンクラス大阪稲垣組)が熱戦を繰り広げた。その金太郎のセコンドについたのが、PANCRASEストロー級王者の北方大地だ。
北方は戦前、ベテランの昇侍について「強くて上手いから生き残っている」と評価し、「海選手は苦戦するんじゃないか。判定まで持ち込まれる」と予想していたが、大会後、「短い期間で試合に出て、あの試合を当たり前のようにやり遂げる朝倉海選手に恐怖を感じました。ほんとうに世界を目指しているなと感じますし、それぐらいのレベルでやっている。マススパーのようにじわじわと詰めて倒す。汗もかかず息も乱れていないように見えました。そして、まだまだ強くなっているという……次元が違う」と脱帽。
さらに「(同門の後輩の)金太郎が(海と)『戦いたい』と言っていたこともあって、素直に評価できない自分がいたけど、あの試合を見て、いまの段階では一回りも二回りも違うと認めざるをえない。素晴らしいファイターでした」と、バンタム級で抜けた存在であるとした。
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どうなる!?「朝倉海 vs.堀口恭司 2」
では、いったいどんなファイターなら海を攻略できるのか。
北方は「海選手にとって、もし苦手なスタイルがあるとしたら『ボクシングの上手なレスラー』になる」という。
「ヘンリー・セフード(北京五輪金メダリストにして元UFC世界バンタム級&フライ級二階級同時王者)のような“ボクレス”の強い選手。ボクシングテクニックがあってテイクダウンのプレッシャーが強い選手相手にはどうなるか」。
その根拠は前回のマネル・ケイプ(アンゴラ)戦にあるという。「テイクダウン(TD)の動きがあることでTDデフェンスに意識を行かせる。そうするとパンチが効く。そしてレスリングで倒した後はグラウンドキープ力が強い選手が、海選手を抑え込めるか。まだ寝技には未知数の部分がある」と、分析する。
海の次戦は、満を持して、2019年8月以来となる大晦日の堀口恭司戦へと向かうことになる。
2019年11月に右膝前十字靭帯断裂と半月板損傷の手術を行った堀口は、全治10カ月の診断のなか、9月大会を回避し、年末の再戦に向け、昇侍戦後、「年末が楽しみだ!!」とツイート。アメリカン・トップチームのマイク・ブラウンコーチも「世界最速のバンタム級を忘れていないかい? 堀口恭司は100%に戻っている。今年の終わりまでに、彼はこの惑星の誰にでも勝つことができることを示すと確信している」と、復活に太鼓判を押している。
「朝倉海vs.堀口恭司 2」について、海と拳を交えた昇侍は「年末もたぶん……(海が)普通に勝つんじゃないかなと思います。(堀口と)やったことはないのですが、海選手は打撃のレベルに関しては群を抜いています。試合の組み立ても精神面もストイックさも『日本の総合格闘技界を背負って、世界の頂点を獲るのが自分の使命』と言っていて、その自覚がある。そういう選手はこれからもまた伸びると思うし、隙が無いですよね。どんどん強くなっている」と、海の連勝を予想。
前述の金原も「ちょっと堀口戦も、これをやられちゃうと海の方が有利なんじゃないのかなという気持ちに傾いてきました」と、海有利を予想する。その上で、「海が怪我しなかったのが大きい。第二の堀口選手のようにならなくてよかった」とも語る。
9月15日に27日大会への緊急参戦が発表された海は、8月大会に続く連戦でコンディションが心配されたが、「常にいつでも戦える状態にしていたので問題ありませんでした」とコメント。
しかし、金原は水垣偉弥との対談で、「今回、海が出なきゃいけない理由は……海が背負う必要は全く無いと思っていました。ほかの選手がもっと手を挙げて出るべきじゃないかと。前回メインを張った選手がまたメイン級でやらなきゃいけないダメージは尋常じゃない。試合をしすぎて身体の負担が……試合をするって、怪我が無くても精神的にも肉体的にも見えない疲労やダメージがすごくあるから」と危惧し、結果的に「怪我無く年末を迎えされそうで、よかったです」と語っている。
同じバンタム級ファイターたちの海の評価は高まる一方だ。
バンタム級四天王の一人で、2019年10月の海戦での顎の2カ所の骨折から大晦日再起を目指す佐々木憂流迦は、「海選手のパンチがめちゃくちゃ強かった。フィニッシュの前にもかぶせ気味の右が当たっていたけど、昇侍選手はすごく頑丈で飛ばなくて、最後のワンツーで飛ばした。ここで終わらせるという爆発力をあらためて感じました」と刺激を受けた様子。
扇久保博正(修斗世界フライ級王者)と同門のパラエストラ千葉の修斗世界バンタム級暫定王者(正規王者の佐藤将光はONE Championship参戦中)の岡田遼は、「“絶対王者が何でもないワンマッチを落としがち説”は立証されなかった。距離がすごく上手で、ロングレンジから強力な攻撃を出せて、パンチ主体ながら、効果的なところで蹴りも出す。扇久保さんとの試合のときも凄くいい蹴りを出していたし、ヒザ蹴りも殺傷力がある。ほんとうに素晴らしい選手」と評している。
果たして、「朝倉海 vs.堀口恭司 2」はどうなるか。Bellator世界バンタム級新王者のフアン・アーチュレッタ(米国)は両者に対戦を呼び掛け、本誌『ゴング格闘技』11月号のロングインタビューではその勝敗を予想している。世界が注目する再戦まで、あと3カ月だ。