入念なウォーミングアップを済ませ、コスチュームとベルトを身に付けてリングに上がったスミス
1986年10月に創刊され、30年以上の歴史を誇る格闘技雑誌『ゴング格闘技』が、秘蔵写真と共に過去6月にあった歴史的な試合や様々な出来事を振り返る。第6回目は1990年6月30日、日本武道館にて開催された全日本キックボクシング連盟『INSPIRING WARS HEAT 630』で起きていた“事件”について触れよう。
（写真）来日後も日本のジムで練習を積んでいたスミス
全日本キックボクシング連盟が日本武道館で開催するビッグマッチ『INSPIRING WARS HEAT 630』へ向けて、同大会を主催するオールジャパン・エンタープライズ（以下AJE）が会見で驚きの発表をした。
事の起こりはこうだ。1989年11月29日に東京ドームにて開催されたUWF大会で、6年間無敗の男、WKA世界ヘビー級王者モーリス・スミス（アメリカ）が異種格闘技戦で鈴木みのる（UWF）にKO勝ち。この一戦の直後に、高田延彦（UWF）がある雑誌に「スミスに挑戦したい」といったコメントが掲載された。
そこでAJEはスミスが受諾する形で、武道館で高田の挑戦を受けると発表。「6月30日、モーリス・スミスは武道館のリングに上がります。試合開始のゴングが鳴るまで高田選手が来るのを待ちます。もし、高田選手が当日、リングに姿を現さない場合には10カウントゴングを鳴らし、鳴り終わるまでに来なければスミスの勝利とします」とぶち上げたのである。
これに対して高田は4月15日に博多スターレーンで行われたUWFの大会にて、「モーリス・スミスのことは全然気にしてないよ」と無視の構え。高田が武道館に姿を現さない場合、10カウントゴングを鳴らすとのことだが…の問いには「鳴らすんなら、勝手に鳴らせばいいんじゃない」と憮然とした表情で答えた。
AJEからすれば「高田の挑戦を受けた」、高田からすれば「勝手にマッチメイクされても」ということだろう。しかし、普通に考えれば実現するはずのないことをAJEはなぜ一方的に仕掛けたのか。おそらく、当時人気絶頂にあったUWFに対するリアルファイト側からのけん制であり、高田の口をふさいでやろうとの狙いがあったのではないか。もちろん、ビッグマッチ開催の話題作りの一面もあっただろう。
格闘技ファンの大多数からも「実現するわけがない」との声があがっていた。試合不成立は分かり切っていた。
しかし、6月30日の試合当日。スミスは入念なウォーミングアップを済ませ、試合をするためにシェイプされた身体にガウンとトレードマークのサングラス、そしてWKA世界ヘビー級王座のベルトを巻いてリングに上がった。
「モーリス・スミス選手の入場です」リングアナのコールでスミスの入場テーマ曲が流れ、スミスはセコンドを従えて入場。リングインすると軽くシャドーボクシングを見せた。反対側のコーナーに高田の姿は…当然あるわけがなく「この試合は不成立です」とリングアナ。スミスは肩をすくめて退場していった。
後日、スミスは「本当に残念だ。ミスター・タカダは俺を恐れていたのだろう。とにかく武道館では試合がしたかった。ミクスドマッチ（異種格闘技戦）は嫌いじゃないよ。ルールや試合のスタイルの違いはあるが興味は一応あるね」と、本気で高田と異種格闘技戦を行うつもりだったと話した。
