中盤以降、明らかに疲れが見え始めた桜庭。90分も戦った後に、よく20kg差の相手と15分戦い抜いたものだ
1986年10月に創刊され、30年以上の歴史を誇る格闘技雑誌『ゴング格闘技』が、秘蔵写真と共に過去5月にあった歴史的な試合や様々な出来事を振り返る。30回目は2000年5月1日、東京ドームで行われた『PRIDE GRANDPRIX 2000 決勝戦』より、桜庭和志(高田道場)vsイゴール・ボブチャンチン(ウクライナ)の準決勝戦。
準々決勝でホイス・グレイシーと1時間30分にわたる歴史的一戦を行った桜庭。消耗が激しく、準決勝を棄権するのではとの憶測も流れたが、桜庭は戦うことを選んだ。4試合を挟んで休憩できたのはわずか1時間強。しかも、無差別級トーナメントということで、相手は102.2kg(桜庭は82.3kg)のイゴール・ボブチャンチン(ウクライナ)だ。
キックボクシングをベースに持つボブチャンチンは、1998年10月の『PRIDE.4』で初来日。小路晃、マーク・ケアーらと対戦し、準々決勝ではゲーリー・グッドリッジを降して7戦負けなしで桜庭との準決勝に臨んだ。
短期決戦。桜庭が勝てるとしたらそれだけだった。ワンツーから左ハイキックを放った桜庭は、ボブチャンチンのローに合わせてタックルからパスガード。そして腕十字へのコンビネーションで最大のチャンスを作るが、これは極まらず。
ボブチャンチンはパワーを活かしたスープレックスとパウンドで逆転を狙うが、桜庭は再びタックルからテイクダウン。足関節技を狙う。勝負を焦らず、相手のボディにパンチを放ちながら適度な距離を取り、無駄なスタミナは使わない。
試合中盤、グラウンドから抜け出して放ったボブチャンチンの投げから、試合の流れは大きく変わった。亀の状態から機を窺う桜庭の顔面にパンチを連打、桜庭はガードを固めるが、脇腹と顔面、頭部に打ち分けた強烈なパンチに、勝負の行方は大きく揺れた。防戦一方となった桜庭の額からは血が滲み、顔面はみるみるうちに紅潮する。
「パンチが重くて気が狂いそうになるぐらい」とは、試合後の桜庭の言葉だ。機を見て逃れ、再びタックルを狙うが、すでにスタミナが切れていて距離も合わず、桜庭、ボブチャンチンとも決定打のないままゴングは鳴った。
判定はドロー。15分1Rで延長戦は15分のため、すぐさま延長戦が告げられたが、ここで勝負の幕を降ろしたのは高田延彦の投じたタオルだった。桜庭は「(タオルを入れてもらったのは)自分自身の判断でした。もうできない、そう思ったんです。スタミナが切れてきたら、戦う気力が萎えてきました」と、試合後に打ち明けた。
体重差20kgについては「いつも大きい相手とスパーリングしているので、あまり気にならなかった」と言い、「後頭部まで響いて我慢ができないぐらいだった」とボブチャンチンの強打を形容した。
(写真)「もっと練習して強くなります」と桜庭
TKOで敗れた桜庭だが、日本格闘技史上に残る長時間にわたる戦い、そしてUFCの黎明期に最強を誇ったホイス・グレイシーを破り、その伝説に終止符を打った功績と、極度の疲労の中、ボブチャンチンと互角の勝負を繰り広げたファイティングスピリットに、観客は惜しみない拍手を送った。