漫画やアニメ、ゲームの登場人物やキャラクターに扮する「コスプレ」。コスチューム・プレイを語源とする和製英語だが、コンテンツの世界への広がりとともに、英語でも「cosplay」として認知されている。
もともとは15世紀の仮面舞踏会での仮装から、1930年代から1940年代の世界SF大会=ワールドコン(The World Science Fiction Convention)での仮装大会、1960年代のアカデミーコン(Academy of Comic-Book Fans and Collectors)、1970年代のゴールデン・ステート・コミック・ブック・コンベンション=“コミコン”でのコスチューム・ショーと、当初はコミックやSF・特撮ファンタジー映画などの影響が強い仮装パーティーだった。
しかし、日本では1970年代からの同人誌即売会であるコミックマーケット通称“コミケ”にて、漫画やアニメの扮装をするコスチュームプレイが“コスプレ”と呼ばれるようになり、1980年代からメディアでも多くのコスプレイヤーが紹介されるようになった。
格闘技界では、英語圏でオタクがクールと言われる以前に、元UFC世界ウェルター級王者のカーロス・ニュートンが勝利後にかめはめ波を披露するなど、漫画・アニメファンを公言する選手が現れ、日本でも須藤元気がブルース・リーやジャッキー・チェンのオマージュ溢れる入場が話題を呼んだ。
ファイター兼本格的コスプレイヤーとして入場以外でも話題を呼んだのは長島☆自演乙☆雄一郎だ。涼宮ハルヒ、初音ミク、矢澤にこなど数多くのコスプレレパートリーを持つが、なかでも2010年大晦日、青木真也戦では、『探偵オペラ ミルキィホームズ』の主演声優陣をバックダンサーに明智小衣のコスプレで入場した長島は、同番組を制作するブシロードをスポンサーにつけて試合を行うなど、自身の嗜好をマネタイズした先駆者と言えよう。
現在では、本計量を終えたファイターが公開計量時にコスプレを披露したり、試合で好きなキャラクターのコスプレで花道を入場するファイターは少なくない。また、ハロウィンイベントなどで、K-1ファイターたちが仮装を披露するなど、コスプレは一般的となっている。
【写真】毎回、ハロウィンのK-1イベントで気合いの入ったコスプレをする城戸康裕。前回は、ドラクエⅢのゾーマになった。
ファンをエンターテインし、自身もハイプするコスプレには、それぞれのファイターの嗜好や哲学なども現れている。国内外のファイターによるコスプレを下記に紹介しよう。
現在のMMAファイターでもっともハイレベルなコスプレイヤーはUFCで3連勝と活躍中のアンジェラ・ヒル(米国)だろう。5月16日のUFCフロリダ大会で、ノヴァウニオンのクラウディア・ガデーリャ(ブラジル)との対戦が決定しているヒルは、もともとクーパー・ユニオンの美術学校で学士号を取得しており、ファイターになる前は、アニメーターとバーテンダーを仕事としていた。
INVICTA FC時代から、『アフロサムライ』や『ストリートファイター』のダルシム、RPGゲーム『Fallout4』などのクオリティの高いコスプレを披露していたヒルは、コミコンにも参加するなど筋金入りのコスプレイヤーだ。2017年2月のUFC再デビュー戦では、前日計量で『ストリートファイター』のサガットのコスプレで登場。ムエタイスタイルから最後の両手をクロスして笑う仕草まで“完コピ”し、会場を沸かせた。
INVICTAでは、RIZINで浜崎朱加と対戦したジン・ユ・フレイ(米国)もコスプレ好きとして知られる。これまでもDCコミックスの『ワンダーウーマン』、『ストリートファイター』の春麗(チュン・リー)などを筋骨隆々の身体とともに披露し、話題を呼んだ。
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アジアから、日本女子ファイターもコスプレを披露
春麗といえば、アジアではONE Championshipで活躍中の日系タイ人選手イシゲ・リカ(石毛里佳)も入場時にその衣装を着用している。イシゲも大のコスプレファンで、これまでも『パワーレンジャー』『セーラームーン』『ブルース・リー』などのコスプレで入場。ハロウィンには、SNSで『ハーレイ・クイン』のコスプレにも挑戦した。
イシゲにMMAを指導したシャノン・ウィラチャイ(タイ)もコスプレ好きとして知られる。“春麗”イシゲのコーナーマンとして『ストリートファイター』のリュウのコスプレで付き添ったかと思えば、合宿中に日本の漫画でハリウッドでの実写映画化も決定した『ワンパンマン』のスーツ画像をSNSにアップ。
さらに自身の入場でも、『アラジンと魔法のランプ』のアラジン、パワードスーツを身に付けた『アイアンマン』、『ポケモン』のサトシ、DC映画『ザ・フラッシュ』、ピクサーの『Mr.インクレディブル』、『西遊記』の孫悟空、さらに『ドラゴンボール』のベジータなどのコスプレで花道を歩いている。
ベジータは古くはUFCファイターのマーカス・ブリメージもコスプレするなど、世界中で認知度の高いキャラクターとなっている。
ほかにもONEでは、元ONEキックボクシング・フライ級王者ペッダム・ペッティンディーアカデミー(タイ)もコスプレ好きのファイターだ。王座を獲得した試合でのハーレイ・クインの元恋人の『ジョーカー』での入場や『ライオンキング』、『ジョーズ』ばりの謎のサメ着ぐるみなど、ロッタンの『アイアンマン』のお面同様に、「楽しんで入場すること」が大好きなのだという。
昨年末の「Bellator JAPAN」で鮮烈なKO勝ちを披露した“MVP”ことマイケル・“ヴェノム”・ペイジ(英国)もロンドンのコミケに参加するほどのナードだ。日本のアニメファンとしても知られており、入場コスチュームに『NARUTO』のイタチを使用し、NARUTO走りで花道を滑走した。試合後には、「子どもの頃から長い間見ていた『NARUTO』のコスプレで、日本の文化に対する敬意を表したかった」と答えている。
また、地元で開催された「Bellator LONDON」では、勝利後にポケモンキャップを被り、モンスターボールを相手に転がすなど“リアルポケモンハンター”ぶりを披露。また、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』でサノスが装着しているガントレットを試合直後に着けた際には、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』主演のクリス・プラットとケージサイドで共演を果たしている。
そのクリス・プラットはハワイのマウイ島でホームレス生活を送っていたときに女優のレイ・ドーン・チョンに見出され映画デビューを果たしているが、そんな奇跡が起きるハワイのファイターにも、コスプレで入場する選手は多い。現Bellator世界女子フライ級王者のイリマ=レイ・マクファーレンは、ディズニーの『リロ・アンド・スティッチ』のコンビで計量に登場。4度の防衛に成功している。
日本発、世界で活躍するファイターたちも負けていない。
幼少の頃に『ドラゴンボール』やスーパー戦隊シリーズのヒーローに憧れ、マサチューセッツ大学アマースト校で日本語と日本文学を専攻。在学中の2003年9月から翌年6月まで国際基督教大学(ICU)に留学し、クロスポイント吉祥寺、和術慧舟會などで格闘技の練習を積んだ女子UFCファイターのロクサン・モダフェリ(米国)はコスプレファイターの先駆者的存在だ。INVICTA時代にはドリームワークスのアニメ『シーラ』のコスプレで、かつてドルフ・ラングレンが映画で演じたヒーマンとの特写も残している。2020年1月の「UFC 246」ではMMA8戦無敗だったメイシー・バーバーに初黒星をつけるなど、円熟味を増しているロクサンの今後にも注目だ。
また、元RIZIN女子スーパーアトム級&元Invicta FC世界アトム級王者の浜崎朱加(AACC)は『NARUTO』好きを公言しているが、ハロウィンでは『進撃の巨人』のコスプレで立体機動装置まで着用している姿を公開。
その浜崎と出稽古で練習を積み、現在ONEで3連勝中の平田樹(K-Clann)は『ドラゴンボール』の人造人間18号姿が話題を呼んだ。
柔術家として世界柔術選手権4連覇の偉業を成し遂げた湯浅麗歌子は、大の「初音ミク好き」として知られるが、大晦日に『鬼滅の刃』の竈門禰豆子(ねずこ)のコスプレをinstagramで披露しており、その髪の一部はミクのエメラルドグリーンから真紅に変わっている。
男子では元ONEストロー級世界チャンピオンの内藤禎貴(内藤のび太)が『ドラえもん』のキャラクター「野比のび太」の衣装で入場するが、修斗時代のジャイアン貴裕との入場時からすでにそのキャラクターは認知されており、その粘り強いファイトスタイルも相まって、コスプレの範疇を超えた内藤の試合スタイルの一部となっている。
選手自身が主人公となる戦いのなかでも、愛するキャラクターのコスプレをすることで集中力を増すファイターもいる。その戦いは、現実のヒーロー・ヒロインとなって、将来、彼らのコスプレを再びコスプレする選手が現れるのかもしれない。