蹴りで止めようとするフィリォ(左)だったが、バンナは構わず突進して左ストレートを直撃させた
1986年10月に創刊され、30年以上の歴史を誇る格闘技雑誌『ゴング格闘技』が、秘蔵写真と共に過去4月にあった歴史的な試合や様々な出来事を振り返る。45回目は2000年4月23日に大阪ドームで開催された『K-1 THE MILLENNIUM』より、ジェロム・レ・バンナ(フランス)vsフランシスコ・フィリォ(ブラジル)の “千年に一度のKO劇”と呼ばれた衝撃KO決着。
フィリォは前年の1999年11月に開催された極真会館の『第7回全世界空手道選手権大会』で優勝、同大会史上初の外国人世界王者となった。空手に専念していたため、K-1出場は1999年4月のアーネスト・ホーストに初回KO勝ちして以来、約1年ぶりとなる。
一方、バンナは1999年10月~12月のK-1グランプリで決勝トーナメントに進出するも、準決勝でホーストにKO負けを喫している。
1Rが開始されるとサウスポーのバンナにフィリォは左ミドルでけん制。バンナは右へ回り込みながら軽くジャブを出して様子をうかがう風。バンナの右回りに合わせてフィリォも右へ回っていき、両者がリング中央で円を描く。
緊迫した間合いの取り合いが続いたが、フィリォは試合後に「お互いどう出てくるかにらみ合っていましたが、先に手を出した方が勝ったと自分では思っています」と振り返っている。バンナは「最初にローを蹴ったのはパンチにつなぐため。ミドルを蹴ったのは自分の力強さを彼に印象付けたかった」という。
しかし、徐々にプレッシャーを強めるバンナにフィリォがやや後退。サイドキックで押し返すが、バンナも右ローを返す。再び回り込む両者。バンナは何度かフェイントをかけ、そのたびにフィリォの前に出ている左手が反応する。
ジャブを出し、上体を動かして飛び込む機会をうかがうバンナ。左ハイを出すとフィリォはすかさず右ローを返す。そして再び向かい合ったところで、バンナが一気に飛び込んで左ストレートを命中させる。フィリォは左サイドキックで止めようとしたがバンナの突進は止まらず、横倒しに。1R2分2秒、痙攣を起こして失神する衝撃KO劇となった。
試合後、フィリォは「K-1からある期間、離れていたことで、リングでの戦いから離れていたことが原因だったのではないかと、と思います」と敗因を語った。