2025年12月6日(日本時間7日)米国ネヴァダ州ラスベガスのT-モバイルアリーナで開催される『UFC 323: Dvalishvili vs. Yan 2』(UFC Fight Pass/U-NEXT配信)。フライ級5位の平良達郎(日本/THE BLACKBELT JAPAN)が、元同級王者で現2位のブランドン・モレノ(メキシコ)と対戦する同大会のコメインにて、「UFC世界フライ級選手権試合」(5分5R)として、王者アレシャンドレ・ パントージャ(ブラジル)に、UFC5連勝中の24歳ジョシュア・ヴァン(ミャンマー)が挑戦する。
▼UFC世界フライ級選手権試合 5分5Rアレシャンドレ・ パントージャ(ブラジル)王者 30勝5敗(UFC14勝3敗)※UFC8連勝中ジョシュア・ヴァン(ミャンマー)挑戦者・15勝2敗(UFC8勝1敗)※UFC5連勝中
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パントージャは、フライ級で4度王座防衛中の絶対王者。ブラジルから渡米しATT入りし、2023年7月にブランドン・モレノにスプリット判定勝ちでフライ級王座を獲得。その後、ブランドン・ロイバル、スティーブ・エルセグに判定勝ちし、24年12月に朝倉海に2R リアネイキドチョークで一本勝ち。25年6月の前戦では、カイ・カラ=フランスを3R リアネイキドチョークに極めている。35歳。
ミャンマー出身のヴァンは、UFC5連勝中。21年のMMAデビューからわずか1年2カ月の8戦(7勝1敗)でUFCとの契約を決めると、23年6月から3連勝。24年7月にチャールズ・ジョンソンの右アッパーを被弾し、UFC4戦目で初黒星のTKO負けを喫したが、その後も連勝街道に。エドガー・チャイレス、コーディ・ダーデン、鶴屋怜に判定勝ちすると、25年6月にブルーノ・シウバを3R 右フックでTKO。そのわずか3週間後、マネル・ケイプの負傷欠場による緊急オファーを受けてロイバルと対戦。初回から得意の右ストレートを当てて尻もちを着かせると、ロイバルの左を被弾しながらも、3Rに関節蹴りを効かせて残り10秒で右を当ててダウンを奪いパウンド。判定3-0で勝利し、メイン後の勝者=パントージャとフェイスオフをかわしていた。
それから半年。同じラスベガスのT-モバイル・アリーナで両者はタイトルをかけて激突する。
UFCフライ級における最多勝利記録「14勝」、最多フィニッシュ勝利記録「8勝」、最多一本勝利記録「6勝」を誇る王者に対し、プロデビューからわずか4年でUFC王座挑戦権を得たヴァンが、メディアインタビューに応えた。地元でのポッドキャストでの発言も含め、紹介したい。
相手の得意なことばかりに気を取られて自分の強みを忘れてはいけない
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2001年にミャンマーのハカで生まれ、クリスチャンとして育ったヴァンは、母国の情勢悪化のため、10歳の時にマレーシアの難民キャンプ入り、2013年の13歳から米国テキサス州に移住。19歳で格闘技のトレーニングを始め、2021年にプロMMAデビューを果たした。
現在ヒューストンでダニエル・ピネダが主宰する「4オンス・ファイトクラブ」に所属し、MMA15勝2敗。UFCで8勝1敗の戦績を積んでいる。
ヴァンは、この4oz.Fight Clubでのトレーニングを「単なるコーチと生徒じゃない。兄弟みたいな関係なんだ。チームメイトのマイケル(アズウェル ※UFC1勝1敗)だって、俺がジムに来ないと必ず文句言ってくる。『メッセージしろよ、電話しろよ』って。たとえ応答したくなくても、ジムに行かなきゃいけない罪悪感みたいなのが湧いてくる。だからコーチやチームメイトには感謝してるよ。ジムに行くのが苦にならないようにしてくれるんだ」と、地元でのファイトキャンプを語る。
MMAを始める前、難民キャンプや異国の地で自身を守るために、拳で戦ってきた。その原体験が“The Fearless”(恐れ知らず)の異名を持つファイトスタイルに繋がった。
「ストリートファイトにはハートが必要だろ? だからMMAキャリアを始める前から、自分には闘争心とかそういうものがあるって分かっていた。だが、今言いたいのは、そこに技術を組み込むってことさ。今こそその精神をコントロールする時だ。コーチ陣には心から感謝している。試合当日も冷静さを保ち、集中力を維持させてくれた。本当に彼らのおかげで、今の自分がここにいる」と、MMAで成長したという。
11月最終週、試合前の追い込みが終わる頃、「自分のキャンプがもうすぐ終わるって分かって、本当に気分は最高だよ。試合がめちゃくちゃ楽しみだ。試合2週間前一番ハードなんだよ。わかるだろう? ここが一番追い込む週なんだ。でもそのあとのファイトウィークはリラックスして、減量して、そんな感じだよ。だからもうこの週を終わらせたいんだ。ほんと“全部を早く終わらせて”ベルトを持って家に帰るだけだよ」と、準備万端であるとした。
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2023年6月のUFCデビューからUFC9戦。25年はすでに3勝をマークしており、特に6月はわずか3週間の試合間隔でブランドン・ロイバルの相手としてスクランブル参戦し、判定勝ち。王座挑戦を手繰り寄せた。
多忙な1年を締めくくる大一番に向け「どれだけアクティブにしていても、キツい日はキツいし、楽な日は楽なんだよ。だから日によって押し切らなきゃいけない日もあるし、逆に楽に感じる日もある。ただ、日々を積み重ねるだけさ」といいながらも、「正直、最初は(パントージャとの試合を)10月とか11月にやれたら良かったって思ってた」と、6月のフェイスオフから4カ月後には試合をしてもよかったという。
「でもUFCはもっと時間をくれた。ロイヴァルにあの試合でめちゃくちゃ打たれたしね。だからUFCには感謝してる。これは完璧なタイミングだよ。パントージャ戦に向けてしっかり準備する時間もあったし、キャンプもゆっくり進められた。普通は残り7週間とか言われて、気づいたら6週間で、すぐキャンプに飛び込まなきゃいけない。それが怪我に繋がるんだ。でも今回はゆっくりじっくり進められて、怪我のリスクも少なかった」と、結果的に半年間の準備期間でコンディションを整えられたと語る。
強い柔術を武器とする王者との試合に向け、グラウンドの練習を怠ることなく、さらに自身の強みである打撃を活かすことを重点的に行ってきたという。
「トレーニングパートナーに新しい人は呼んでいない。自分は、自分が得意なことに集中したいタイプなんだ。多くの人がやりがちなミスは、相手の得意なことばかりに気を取られて自分の強みを忘れること。俺はそのミスはしない。自分の得意なところを磨きつつ、グラウンドもちゃんとやってる。12月6日になれば、どっちが強いか分かるよ」と、打ち勝つことに自信を見せた。
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どちらが先に相手の弱点を見抜くか
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6月のロイヴァル戦後、ケージサイドで4度目の王座防衛に成功したパントージャを見届けると、王者から「ジョシュア、来いよ」とケージの中に招かれた。王者をコールアウトしていた挑戦者は、「彼は素晴らしいチャンピオンだけど“ジョシュア・ヴァン”とは戦っていない」と、これまでの挑戦者とは違う、とアピールした。
その時のことをヴァンは、「フェイスオフしたけど、“ああ、こいつと戦うんだな”って。これが最も必然的な試合だと思っただけで、すぐキャンプに入った。だからもうあの時のことなんて忘れてる。ただ、パントージャの試合を観て良かったよ。彼は本当に良かった。彼のゲームに弱点を見つけるのは難しいんだ。でも言った通りさ、誰もが改善すべき点や取り組むべき課題を持っているってこと。試合当日、俺はただ彼の試合運びに集中して、勝つ方法を見つけたんだ。だから彼が試合に何をもたらすか、本当に楽しみで仕方ないよ」と、勝ち筋を見つけたという。
“怖れ知らず”の打撃を持つヴァンに対し、パントージャにとってはいかに立ち合い、組むか。ヴァンはその間隙を突くことになる。それを挑戦者は「チェスのような」駆け引きと評した。
「テイクダウンだけを見れば、パントージャは俺を倒せないと思う。でも彼はテイクダウン専門じゃない。プレッシャーをかけてくるタイプで、そこから展開を作る。それが彼の危険なところなんだ。だから彼がただシュート(テイクダウン)してくるだけなら、俺は一日中ブロックし続けるぜ。彼にはテイクダウンされないと思う。(パントージャの打撃と組みのミックスについて)それに対しても準備はできてる。その夜、彼がどんな手を出そうとも準備はできてる。覚えておけよ。彼がひたすら攻めてきても、俺も手はある。いつもフリーショットってわけじゃない。タイミングとかを計らなきゃいけない。だからこの試合は“どっちが先に相手の弱点を見抜くか”──そういう戦いになると思う。彼が俺を分析する前にね。チェスのような駆け引きになるだろう」
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そして、ヴァンにとってはUFCで初の5R戦を迎える。
「5Rまで行くなら、5R戦う準備はできてる。“お前が5Rやるなら俺もやるぜ”って感じだ。(FURY FCで5R戦を経験し、2R一本勝ちしたが)ただリングに上がって相手の戦い方を見て対応するだけだ。我慢強くいられるとかそういうのは無理なんだ。相手が持ち込むものだから、試合ごとに違う。ゲームプランとかそういうものは……時には機能するけど、大抵は計画なんて“窓から飛び出す”んだ。俺は状況に応じて相手の持ち味に合わせるタイプだから、ただ待ってる、相手がその夜何を持ってくるのかを。ストライキングかもしれないし、あるいは俺をテイクダウンするかもしれない。でも俺はあらゆる事態に万全の準備をしている。
後半戦に行っても、最初のラウンドと同じ仕事だ。わかるだろ? 俺は試合で疲れを覚えることなんて滅多にない。俺はトレーニングキャンプを信じている。コーチ陣も信頼している。だから準備は万全だ。今回も同じように臨む」と、5R戦に不安はない。
一方で、5Rの王座戦の経験豊富なパントージャが後半に動きが落ちるという指摘に対しては、異を唱える。
「近年の試合で、多くの人がパントージャの後半のペースダウンを指摘していたし、確かにそう見えた。でもモレノ戦やロイヴァル戦を見てくれ。疲れて見えたけど、実際は疲れてないと思うんだ。だって実際に何ラウンドも戦い抜いてるんだから。あれは彼のパース配分やファイトスタイルなんだよ。だから何て言うか、ケージに入って自分の目で確かめるしかない」
5R戦う準備も覚悟もできているが、勝負どころはその前に来ると考えている。
「3R以内でノックアウトできる気がしてる。もしできなくても、きっと激戦になるよ。あいつも本気で来るだろうし、俺も本気で行くからね。3R以内を狙ってるけど、5R戦う準備も完璧にできてる。みんなゲームプランを立てるけど、試合当日は全然違うからね。相手が何を持ってきても全部対応できる準備がある」と、難攻不落の王者の攻略に自信を見せた。
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ミャンマーという国を世界に知ってもらうために──
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パントージャがプロになった2007年、まだヴァンは6歳だった。ミャンマーの山岳地帯で「友達と遊んでたよ。だって俺は田舎出身だし、そういう感じだからな。鼻水垂らしながら“サッカーでもしようぜ”って」という少年時代から、祖国を離れ、2017年にフロイド・メイウェザーとコナー・マクレガーが戦った試合で、MMAの存在を知った。
「当時の俺は高校生で、UFCとかMMAが何かすら知らなかったんだ。だから、今回の試合が『歴代最高のフライ級王者を倒す試合』と問われて、『デメトリアス・ジョンソンと比べてどうか?』と言われても、ジョンソンの試合を見たことが無いんだよ。俺が見てきたのはパントージャだけ。もちろんジョンソンが偉大なのは分かってる。でも今の俺にとっては、パントージャが一番の存在なんだよ。俺が見てきたものだからね」
かつて憧れた存在で、2人の間には11歳の差がある。メディアは、それをパントージャの言葉を引用し「旧世代と新世代の戦い」と位置付けるが、ヴァンはその括りを否定する。
「ああいう話は好きじゃないんだよ。相手が『歳を取ってるから』とか、そういう話をされたくない。若いとか年寄りとか、そういう構図にしたくないんだ。パントージャはみんなが“倒せない”と言う相手なんだ。それでいい。そこを変える必要はない。“歳だから”とか言わないでほしい。彼は最高の状態で来ると思うよ。だからそこだけ見てほしい」
(C)thefearlessmma1 ではなぜ、ヴァンにとって「今が新時代を切り開くのに最適なタイミング」なのか。
「UFCで敗北を喫して(※2024年7月にチャールズ・ジョンソンに3R KO負け)復帰して5連勝した。ここまでどれくらい早かったのかはよく分からない。だって俺は一度負けてるし、少し時間がかかった。でも今の自分の位置にはすごく満足してるよ。精神的にも肉体的にも準備が整ってる。神様は完璧な計画を持ってると思ってるし、全部理由があって起きてる。間違いなく今がベルトを賭けて戦う完璧なタイミングなんだ。5Rにわたる激闘に備えているのも間違いない。もしまた年間最優秀試合候補になるような戦いが必要なら、俺は準備万端だ」
フライ級戦線が活発化した現在、王者パントージャvs.1位ヴァンと同日に、2位モレノvs.5位・平良達郎が組まれ、翌週に3位ロイヴァルvs.6位ケイプの試合も待っている。さらに、前週ではタギル・ウランベコフに一本勝ちした元UFCコンテンダーの堀口恭司が8位にランクインした。
「ベルト取ったら、間違いなくたくさん選択肢があるよ。楽しみだ。でも、目の前の目標は12月6日に彼を倒すこと。それが終わったら、UFCが望むことをやるよ。誰と戦うかなんて、俺が選ぶ立場じゃない。彼は偉大なチャンピオンだ。俺たちの階級をどう代表しているかとか、そういう姿勢も好きだ。彼は自分を主張している。だから俺がレジェンドのパントージャと同じケージに立てるってだけで、もう言葉にならないよ、わかるだろ? それ自体が祝福なんだ。早くオクタゴンで彼と対面したい」
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この試合の意味は、現UFC世界王者で最年少の王者になることや、アジア初の男子世界王者になることよりも、ヴァンにとって大事なことがある。
「ミャンマーにベルトを持ち帰ること──それが一番大きい意味のひとつだよ。ミャンマーという国を世界に知ってもらうためにね。みんなミャンマーを知らないし、名前すらうまく言えないから。だから自分がミャンマーを代表して戦えるのは、自分の人生の中でも最高の瞬間のひとつになると思う。母も家族も、教会の牧師も来るんだ。自分が積み上げてきたものを見せて、国を代表するのが待ちきれないよ。12月6日(日本時間7日)が来るのが本当に楽しみだ」──ミャンマーの国旗の中央に位置する星のごとく、ジョシュア・ヴァンは、世界最高峰の舞台で大きく輝くか。