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コラム

【UFC】「それでも地球は回っている」──ブライス・ミッチェルをタップさせたジェアン・シウバの壮絶なトラウマと、吠える理由

2025/04/14 17:04
 2025年4月12日(日本時間13日)、米国フロリダ州マイアミのカセヤ・センターにて『UFC 314: Volkanovski vs. Lopes』(U-NEXT配信)が開催され、フェザー級新王者が誕生したアレクサンダー・ヴォルカノフスキーvs.ディエゴ・ロペスのほかに、同じ階級で注目のカードが行われた。 「地球球体説」vs.「地球平面説」の戦い──ジェアン・シウバvs.ブライス・ミッチェルのフェザー級戦は、試合前からさまざまな側面から語られてきた。  フェザー級13位のミッチェルは柔術バックボーンで、12月の前戦ではクロン・グレイシーの引き込みからの攻めを凌ぎスラムでKO勝ち。その後、ヒトラーを擁護する問題発言で謝罪に追い込まれている。  対するランク外のシウバは、ムエタイバックボーンで、2月の前戦では元K-1のメルシック・バグダサリアンを1R TKO。ミッチェルにお仕置きをすると名乗り出て、わずか2カ月後の連戦を引き受けた。  試合前には「地球平面説」を唱えるミッチェルに対し、会見で地球儀を持参。地球が丸く、天が動くのではなく地球が自転していることを示してみせた。 ▼フェザー級 5分3R〇ジェアン・シウバ(ブラジル)16勝2敗(UFC5勝0敗)※5連勝[2R 3分52秒 ニンジャチョーク]×ブライス・ミッチェル(米国)17勝3敗(UFC8勝3敗)  試合は、シウバのグローブタッチに応じないミッチェルが、クロンをも破ったグラップリングで勝負。ミッチェルのテイクダウン狙いに対し、シウバはカウンターのギロチンチョークで応戦するなど組みでも応戦した。  打撃で攻勢に立つシウバは2R、組み付いたミッチェルにニンジャチョーク! 仰向けになって防ごうとするミッチェルを上から絞めてタップを奪った。  UFC5戦無敗としたシウバは、勝利者インタビューで、Fighting Nerdsジム勢のトレードマークである壊れかけのおたく眼鏡をジョー・ローガンとともにかけて、「(ミッチェルがグローブタッチに応じなかったことについて)俺は本当にゲームの一部、プロモーションの一部だと思っていたので驚いたけど、どうやらそれは彼の一部であるようだ。彼のことを思うと悲しいね。ブライスは頭がおかしいと思うから。つまり、それが彼の一部であり、彼があんな風になるのは何かが間違っているんだ」と語った。 [nextpage] あの吠え声は、亡くなった兄のものだ  南極大陸は大陸ではなく、「地球大陸」の周りを取り囲む巨大な氷の壁だと主張するミッチェルに対し、シウバは徹底的なリアリストだ。試合前の動画では、「人生に置いていい加減なことはできない」と語り、壊れた眼鏡のように、自身における欠落について明かしている。  オクタゴンに向かいながら、犬のように吠え、コウモリのようにケージからぶら下がり、強烈な一撃を放つ直前に、1分おきに対戦相手とハイタッチをしたこともある。  今回の試合後のESPNのインタビューで、そのことについて聞かれたシウバは、言葉に詰まり、涙を流しながら、過去のトラウマについて明かした。  観客がシウバの犬の吠え声を真似てチャントのようにして応援をしていたことを聞き、「クソッ、それじゃもっと辛くなる」と、シルバはポルトガル語で言った。 「ここにいる時だけ感じるんだ。(亡くなった)兄の存在を。わかるだろ? あの吠え声は兄のものだ。幼い頃、ホットマートで犬をもらったんだ。小さくはないロットワイラーだった。それ以来、遊んでいる時、テレビを見ている時、学校にいる時、吠えることで感情を表すようになった。そのせいでとても苦しんだ。そんなことをするのは神経質な癖のようだったから……。  幼い頃、いじめられたこともあった。あの犬のことを思い出すたびに、あの吠え声が浮かんでくる。ただ心象風景が浮かぶんだ。そして兄とともにある。彼は今までで一番近くにいる。あの吠え声は、その感情を表現しているんだ」  試合前の母国のインタビューでは、そのトラウマについて、より詳細を語っていた。 「俺が学校で喧嘩をすると、いつも兄が守ってくれた。兄の死は一番の問題で、俺の人生で経験した最大の恐怖だった。兄は俺にとって父親のような存在だったから。それが突然いなくなって、俺の人生がどうなるのかという大きな恐怖が生まれた。世界で俺は孤独だった。誰かが俺を擁護し、より明確な道を示してくれるといいなと思っていたのに」  そしてシウバは、さらなる心の傷を明かす。 「母親が逮捕されるのを見た。3人の男がお袋を虐待し、そこに復讐するのを見たんだ。お袋はボクサーとしてのキャリアを捨ててまで俺たちを育てたのに、逮捕された。だから、兄弟よ、人生において、いい加減なことはできないんだ。逆境に立ち向かい、なりたい自分になるためには強くなければならない。だから、俺は最もアグレッシブな男なんだ。人生が俺を止めることは一度も無い。俺は攻撃的だから真っ向からぶつかり合い、何でも打ちのめす。あらゆる種類の問題を」  つらい日々を思い出し、感情的になり、涙を流すシウバだが、そのトラウマに向き合うことで戦いに向かえるという。 「人生って本当に大変だよ。どんなヤツよりも強く殴って来る。人生をやり遂げるために自分の人生を生きることだ。俺は一つひとつのことを強烈に生きている。そう生きることを愛して。苦しみであれ、幸福であれ、俺の人生で起こったことは何一つ置き去りにしたことはない。なぜなら過去に経験した喜びや悲しみが、俺に覚悟を決めさせ、俺に準備をさせるから。それを手放したくないんだ。  金網のなかでそれを表現できる。今では路上の喧嘩はせず、人々との口論も存在しない。MMAに出会い、すべてが大きく変わったんだ。今、俺はストレスを解消することができる。サンドバッグを叩き、ボクシングのスパーリングをして、ハードにトレーニングすれば、どうやってモチベーションを養うかが分かる。俺はアドレナリンを全部持っている。それを必要とする人々とは違って、エネルギーとアドレナリンを消費し、もっともっと供給する必要があるんだ」  試合の日は、「人生で一番幸せな日だ」という。 「好きなことができる。宙返りもできる。相手の顔をひっぱたくこともできる。何でもできるんだ。自分の好きなことができる。“犬を外に出す”ことができるんだから、人生で一番幸せな日だよ。僕はそれをするのが大好きなんだ」  自身のなかの猛る犬。それを飼い慣らし、解き放つために、孤独だったシウバの周りにはいま、Fighting Nerdsの戦友がいる。 「俺たちはお互いを高め合うことで、次のスターがより輝きを増していく。俺、マウリシオ・ルフィ、カルロス・プラテス、カイオ・ボハーリョ……誰かが輝こうとするたびに、みんながそれを後押しし、高めてくれるんだ」  格闘技がシウバの人生を変え、幸福にさせた。 「自分の夢を叶えることができる、このすべてが好きだ。オクタゴンにいることが大好きだ。ここにいるために、たくさんの苦労をしてきた。これが僕の家族だ。ここにいられて本当に幸せだ。だから15分しかないなかでベストを尽くす。幸せになるために──」  この日のメインでは、同朋のディエゴ・ロペスが、アレクサンダー・ヴォルカノフスキーに敗れた。36歳で王座に帰還した男もまた、ケージのなかで『逆境は特権だ』と語っている。  UFC5連勝のジェアン・シウバが猛犬を次に解き放つときは、5R戦になるかもしれない。
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