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インタビュー

【RIZIN】なぜ朝倉未来はケラモフに敗れたのか? 161秒“必然”の一本勝ちの真実「あのとき朝倉は──」

2023/07/31 20:07
 2023年7月30日、さいたまスーパーアリーナで開催された『超RIZIN.2』のメインイベントにて、ヴガール・ケラモフ(アゼルバイジャン)が、朝倉未来(トライフォース赤坂)を1R 2分41秒、リアネイキドチョークで極めてタップを奪い、RIZINフェザー級のベルトを巻いた。  161秒の一本勝ちはどのように起きたのか。 外足の取り合いから、サウスポー構えの朝倉の前足へアプローチ  スタンドでの立ち合いは慎重だった。サウスポー構えの朝倉に対し、オーソドックス構えのケラモフの喧嘩四つの形。  ケラモフは右の蹴りをロー、ミドルと3発。さらに左のサイドキックでけん制。蹴りを出すことで距離感を確認し、それが後のテイクダウンへのフェイントにもなった。  朝倉も前手を触りながら、得意の左テンカオ・ヒザ蹴りのカウンターを狙っていたが、互いに蹴りが当たる距離で、先手を取ったのはケラモフ。テイクダウンを警戒する朝倉は、後手に回る出だしだった。  ケラモフは左前足を内側に向けていたが、互いに「外足」の取り合いのなか、朝倉が右ジャブのフェイントでステップインした瞬間、ケラモフの左前足と当たるくらいの距離に。  その右ジャブを伸ばしたところに、ケラモフは左足を朝倉の右足の外に踏み込み、右前足にシングルレッグ(片足タックル)テイクダウンに入った。  いつものオーソドックス構え同士の前足は、左足になり、ケラモフは利き手をすぐに伸ばすことが出来る。今回の喧嘩四つで、ケラモフはこの位置取りとタイミングで、サウスポー構えの朝倉の右前足を掴んでいる。  片足立ちになる朝倉に、掴んだ右足を両手で胸元まで持ち上げ、左足で朝倉の左足を刈ろうとするケラモフ。得意の軸足刈りを試みるが、朝倉は巧みなバランスで刈られず。ならばとすぐにケラモフは右足を掴んだまま押し込んで朝倉の体勢を崩すと、左手で足を掴んだまま、右フック!  前戦で堀江圭功が一瞬気を飛ばされた「際」の強打を2発打ち込むと、半身のままの朝倉の腰を左腕を回して抱き、右手とクラッチしてボディロック。左足を大きく踏み込んで軸足をバックステップさせないように固定して後方に投げた。  この瞬間、ひとつのアクシデントもあった。 [nextpage] 右足を着地出来なかった朝倉未来の誤算  ケラモフが右足を放して、朝倉のスタンドサイドについたとき、朝倉は右足を着地させようとしたが、ケラモフの組みがタイトなため、右足先がケラモフのファイトショーツにひっかかり、すぐには着地できなかった。 「組み技の力は想定内でした。ロックから倒された時、パンツに右足が引っかかって足を下ろせなくなってテイクダウンされて。動画見れば分かります」(朝倉)  しかし、ボディロックでサイドに密着され半身になっていた朝倉はほぼ死に体になっており、着地出来ていたとしても後方への投げは防げたかどうか。一瞬、右足の着地が遅れたこともあり、半身のまま倒された朝倉にとっては不運だった。  右足を外に出せなかった朝倉に対し、柔術でいうレッグドラッグの形になったケラモフは、右手で朝倉の折り畳まれた右ヒザを後方に押し流し、難なくパスガード。  マウントを奪い、左手で朝倉の首を引き付けて動きを制して、右手でパウンド・ヒジを打ち込んだ。このとき、朝倉は両手を伸ばしてパウンドを防ごうとし、右脇を開けており、首を抱えていたケラモフには、中島太一を極めたマウント三角絞めに行く選択肢もあった。  背中を着かされた朝倉に、パウンド・ヒジに加え、サブミッションのプレッシャーも与えていたケラモフ。朝倉はそのマウントを「マウントのキープ力というか、今までやった選手とは比べものにならないくらい強かったです」と振り返る。  タイトに寝かせてからは、上体を立てて、振りかぶる形でパウンドを打ち込んだケラモフ。そのスペースが出来たところで朝倉は被弾しながらも左ヒジをマット着いて上体を起こし、腰を引いてロープを背に座って片ヒザ立ちになることに成功している。  しかし、同時にケラモフもマウントに固執せず、中腰になり、片手をマット着いて立とうとする朝倉の首に右手を巻き、朝倉の左肩をすでに抱いている。  リアネイキドチョークをセットされる前に右肩を右に回して正対、あるいは脇を差したかった朝倉だが、マウントからのヒジ打ちを効かされていたからか、首もとのディフェンスが疎かに。「ブリッジしたあとにエビでケツを引けたので、背中がロープについていて、普通はあの体勢から極まることはないので、次に立ってからのことを考えていた」と、対処が遅れたことを語る。  このとき、ケラモフは、朝倉のバックを取るために動かしていたことを明かす。 「実際に私はマウントを取って、ヒジを落とし、最終的にはチョークで極めた。それぞれの動きのなかでこの瞬間を活かしたいとは思っていたけど、決して、そんなに焦ってはいなかったです。試合運びとしては最初は打撃でやり合ったけど、チームからは『絶対にグラウンドに持っていたほうが有利だ』と言われていたので、チャンスがあればテイクダウンを取りたいと思っていた。実際、ある程度の計画通りに実行してうまく行ったと思っています」 [nextpage] 堀江戦でも極めたシングルバック&サイドからのチョーク  朝倉の手を着いた立ち際、無防備だった首に腕を巻き、右足を外からかけていたケラモフ。朝倉も普段から練習を行っているトライフォース赤坂でのフルケージであれば、背後にスペースを作らず、相手に背中を譲らずに立ち上がっていたであろう、ケージレスリングの攻防。そこには互いに利点と難点があった。  ロープがたわむなか、ケラモフは左手を朝倉の背中ごしに回して、朝倉の右ヒジを押し込んで正対し辛いようにしてから、首に巻いていた右手とセット。肩から二の腕に組み替え、定石通り左手を朝倉の後ろ頭に差し込み、“真後ろ”に着かずとも、サイドから、最初はアゴ上だったが、組んだヒジを相手の胸に押し込むつけようにして、朝倉の頭を下げさせ、喉もとにリアネイキドチョークを絞めにいった。  朝倉は腰をロープとロープの間のスペースで逃がしてエスケープを試みるが、レフェリー陣が尻が逃げないように、あるいは落ちないように両手で壁を作ると、ケラモフは最初はアゴ上から、そして徐々に首もとに右腕を絞め込んで、朝倉からタップを奪った。 「タップするしないっていうのは、タップしないこともできるけど、タップせずに落ちるのは容易いこと。前回(クレベル戦)の時もタップしないことは良くないことだっていう世の中の風潮もあり、格闘技業界的にもそうなのかなと、あそこで“どう足掻いても落ちるしかなかった”のでタップしました」(朝倉)  この形は、ケラモフが前戦でも見せた、ほぼサイドバックからの得意のチョーク。堀江戦では相手の片足に外足をかけて両足で組むシングルバックだったが、朝倉戦では、中腰の朝倉に右足だけをかけて斜め後ろからチョークを極めた。  前戦に続く、シングルバックでのチョークに、朝倉は、「ケージだったというか、リングでも一緒だと思うのですけど、足も多分こっち側(左は)入ってなかったと思うんですよね。そのまま立てると、立つ準備をしていたのですけど、だんだん(首が)絞まっていって、そこが想定外でした」と、フィニッシュの展開を振り返る。  ケラモフは、シングルバックの形について、「全く心配はなかった。自分はあの状態でも相手をコントロールしていた。もちろん左足は自由だったけど、万が一、あのとき朝倉選手が立ち上がったとしても、彼をコントロールして勝てる自信はあったし、グラウンド状態で相手がブリッジしたりしていたけど、自分は常に彼の体をコントロールできていた自信があったので、勝てる自信がありました」と語る。  このサイド気味のチョークはなぜ極まったか。その際の動きを、ケラモフは本誌の取材に語ってくれた。 ──なぜサイド気味の位置からチョークを極められるのでしょうか。 「別に秘密はないよ。アサクラを極めたチョークは、僕が得意とする形さ。真後ろにいなくても極められる。チョークを極められそうになったら、君ならどうする?」 ──腰をずらして、肩を内側に向けて正対して相手の脇を差そうとしますね。 「その通りだ。でもこうすればどうなる?」 ケラモフが実演してくれた形は、相手のヒジを巧みに押し込んで右肩を内側に回させず、腰も動かすことができないタイトなものだった。そのバリエーションを相手の動きによって、ケラモフは自身のレスリングのなかに組み込んでいるという。 (C)U-NEXT  実は、ケラモフは試合直前に、このフィニッシュの形を放送で露わにしている。控え室でルスラン・エフェンディエフコーチを相手にシングルレッグテイクダウンからのバックテイクを、朝倉戦と同じ動きで、シミュレーションしていた。  今回のRIZINはリングでの戦いで、ケージであれば異なる部分も出て来るが、「ケージならもっとやりやすかった。今回リングでしたが、自分自身はあの場所であのチャンスを逃してはダメだと思っていたので、必ずやりきる自信があった」と、ケラモフはいう。 「朝倉選手と対戦することが分かったときから決して楽な試合にならないと分かっていた。自分としても丹念に準備してきたし、自分がひとつでもミスすれば決してそのミスを逃すことなく攻めてくる相手だから、これまでの選手と比べても2倍も3倍も用意周到に練習してきました」 [nextpage] 「3倍準備」のケラモフの身体の秘密  新フェザー級王者の練習環境を知る関係者は語る。 「あの身体は、たゆまぬ努力によって作られたもの。普段の食生活から非常に気を遣っていて、練習も非常に真面目。米国のキルクリフFCでファイトキャンプも行い、ハングリーに練習しているし、アゼルバイジャンでは日本のナショナルトレーニングセンターにあたる国立のアスリートトレーニング施設で最先端の指導を受けている。“2倍も3倍も用意周到に練習”したというのは、誇張ではありません」  今回は、朝倉兄弟のための『超』RIZINだった。朝倉未来と海のダブルタイトルマッチに、門下生のヒロヤの抜擢。海が怪我で欠場となったことで、朝倉未来がベルトを巻く大団円が期待されたフィナーレのメインイベントだった。  第1試合のヒロヤの試合から、朝倉ファンによる大歓声があがるなか、メインイベントでアウェーの空気に、ケラモフは違和感を感じることはなかったという。 「別に周りを見てたとえば“朝倉ファンが多いな”とかそういう特別な感情は持たなかった。自分はアゼルバイジャン以外の国で対戦することも多いし、そういう時は、対戦相手のファンがほとんどで自分を誰も応援していくれていない状況は何度も経験してきた。そんななかでも、いつもチームが後ろに控えて応援してくれているし、国では仲間や家族が支えてサポートしてくれる。どんな場所で戦うときもそれを感じていた。日本のファンは朝倉ファンが多いということを意識するようなことはありませんでした」  そして、11月4日には、アゼルバイジャンのバクー、ナショナルジムナステイックアリーナで、RIZIN初の海外大会の開催も決定。  王者としての帰還にケラモフは、「とても大きなモチベーションになります。バクーでやることは私やトフィック(ムサエフ)、メイマン(マメドフ)が日本で何度も試合で実力をみせて功績を築いてきた、その一部であると思うし、日本やRIZINに対する愛が実った結果だと思うので大変嬉しい」と、目を輝かせる。 [nextpage] 母国アゼルバイジャンでの凱旋試合の相手は──  首都バクーから車で2時間かかる、アゼルバイジャン北部のカスピ海沿岸の町ハチマスで生まれ育ったケラモフは、「私の実家は金持ちでもなく、田舎のほうで生まれ育って、遊びと言ったら外で喧嘩というか、格闘技の真似っこをする以外、遊ぶ方法がなかったので、毎日のように外に出て友達と遊びのような喧嘩をしていました。それを見た両親が『もうちょっとちゃんとした格闘技をやったほうがいいのでは』とオリオンファイトクラブに入れてくれたんです。そこで自然と格闘技を学ぶようになりました」と、格闘技との出会いを語る。  散打、サンボを経験し、2012年のプロMMAデビュー戦は、ロシアで現ACAバンタム級王者のオレッグ・ボリソフに判定負けだった。そこから18勝4敗の戦績を積み上げ、日本の“ 路上の伝説”をアウェーで破り、ベルトを巻いた。  注目は、新王者が今後、誰と戦うか、だ。 ケラモフは、「組織委員会で何人か候補者をあげてもらい、選べと言われれば選ぶし、言われた人と誰とでも戦う。クレベル(コイケ)でも斎藤(裕)でも、鈴木(千裕)であろうと、言われた人といつでも戦う用意がある」という。  目指すは長期政権だ。 「このベルトは長く自分のもとにあると信じている。RIZINの中でも自分の66kgは非常に優秀な選手が多い。たとえベルトを獲っても、1日も休まず練習しないとこれは保てないと思うので、肝に銘じていく」  フェザー級は、このケラモフと前王者クレベルの2強時代に入った。  王座戦線から一歩後退した朝倉は、試合直後は「今はとにかく今後のことは考えられない状況です」と語っていたが、試合翌日には、自身のSNSで再起を示唆している。 「RIZINでも俺が勝てる選手たくさんいるんだけれど、そことやって満足しているようだったら俺は辞めた方がいい。やるならトップを目指さないといけない中で、今回の負けというのは、格闘技に対するモチベーション的にはすぐに試合をしたいって気持ちじゃない」としつつも、「多分、やり返しに行きますよ、やっぱり。ここで軽々しく言えないけれど、ここで終わるわけにはいかないでしょう」(朝倉) 『超RIZIN.2』での衝撃の1R 戴冠劇。フェザー級の新王者の次戦は、ホームでの凱旋試合となる。
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