『IRE』のプロデューサーとしてABEMAと連携、5月上旬に米国へ渡り、NAGAニューオリンズ大会でノーギ・エキスパートクラスのフライ級とフェザー級で優勝。6月25日には、ウェールズで『Polaris 20』に参戦し判定勝ちと、精力的に世界のグラップリングのいまを探求する高橋“SUBMISSION”雄己(和術慧舟會HEARTS)が、その言語化能力を活かし、海外遠征の模様を報告している。
そこで高橋が気付いた「世界のグラップリングが強い3つの理由」とは何か。本誌の追加取材と併せて紹介したい。
名古屋出身で、高校時代に静岡学園柔道部に所属した高橋は、青木真也の後輩にあたる。当時を「結構、寝技の時間が長かった。粘り強い柔道をやる部で、試合も長く見る傾向にあった」と振り返る高橋は、現在は道衣を脱ぎ、日本で数少ないグラップリングの専門職として活動。グラップリングの探求のためにMMAにも挑戦し、プロ修斗で2勝1敗の戦績をあげている。
【写真】10th PLANETのエデー・ブラボー総帥と。
「日本では岩本健汰選手のように『グラップリングの選手だよ』という人は少ない。『柔術家』だったり、『MMAファイター』だったりすることが多いですが、米国では、10th PLANETだったり、様々なジムで当たり前にノーギ(道衣無し)の専門家がいる」と日米の違いを語る高橋。
米国西海岸の「10th PLANET OCEANSIDE」を訪れた高橋は「QUINTET」でも活躍したジオ・マルティネスらの指導を受けた。
スパーリングでは、ジオがパスからキムラ、後ろ三角絞めへ。腕をクラッチして防ぐ高橋に、ジオはゆっくりと三角に入れていない腕のヒジを両手で引き寄せて絞めてタップを奪う姿が映し出されている。
「根本的に(日本とは)地力がちょっと離れている気がします。もう一段階上げないとついていけない」という高橋は、米国でのグラップリングの状況を以下の3点にまとめて分かりやすく説明する。
①平日の昼間に多くの生徒が集まる。グラップリングブームが定着している
ニューヨークのヘンゾ・グレイシーアカデミーでは、朝7時半にも関わらず、50人のビジネスマンやセレブたちがクラスに参加。ノートにテクニックのディテールを記すなど、熱心にグラップリングに取り組んでいる姿が映し出されている。それは、一般会員にそれだけのグラップリングの需要があり、ビジネスとしても成立していることを物語っている。
「バギーチョークも柔術歴の浅い白帯選手が発案したとされるほど、いまのグラップリングは日進月歩で動いている」という高橋。競技人口が増えることで斬新な技術が生まれ、そのレベルが急速に加速する可能性を秘めているジャンルだ。
②技術を隠さず、オープンに伝え合うことで、新たな技術が日々生まれている
【写真】ヘンゾ・グレイシー道場では高橋が朝クラスを代行指導した。
ニューヨークのブルックリンには、ヘンゾ道場の別支部ヘンゾ・グレイシーファイトアカデミーがあり、そこではインストラクターとして、かつて今成正和に「KASAI Pro6」で勝利し、「EBI15」で優勝していいるジョン・カレスティンがインストラクターを務めている。
そのカラテスティンとスパーリングする高橋。下になるカレスティンはニーシールドから、高橋の下足をハーフガードに挟み、うつ伏せになってスイープしてみせた。そして内ヒール。このスイープについて、本誌で追加取材すると、高橋は「温故知新」の動きだと語る。
(C)ABEMA
「僕に限らず、ノーギでボトムを取る際にニーシールドをメインに使う選手は多いと思います。その理由としてはサドルロック系の足関節技との噛み合せが良い事が大きいかと。
あのスイープについては柔術歴の長い練習仲間の方によると、実は以前ギで流行った動きらしいのですが、人知れず下火になっていったと。この話を聞いて、あのスイープはその足関節技との噛み合せの良さが最近になって発見され、ノーギでその価値を見直されているものだと認識しました。
(C)ABEMA
内ヒールも、この仕組みを分からずにスイープから入らせてしまったもので、僕も目下研究中ではありますが、仕掛ける際に重要な点は、スネで足の付け根を抑えて挟んだ足を外旋させる事。その時に自分の足首同士を組んで離さない事、だと思います。
海外の最近の試合をよく観ると、あの形で相手を崩す動きは多くの選手が多用しています。やっぱり知らないと色んな仕掛けを許してしまうので、使う人が多いなら知っていないといけない技術でした。教えてもらってからは多少対処出来ていたので。
グラップリングはすごい勢いで進化している。誰もが新しい情報にアクセスできるのでレベルアップする。時間はかかっても次第に世界中に浸透すると思います」
技術は回り、さらにアップデートされる。高橋は「レッグロックはまだ終わっていない」という。サドルロックからの内ヒール、Kガードを作って50/50からヒール、そして、50/50とサドルロックを併用してヒールを極める時代が来ると予想し、それを「レッグロック4.0」と命名した。
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③初心者から上級者まで誰もが参加できる大会が頻繁に開催されている
その後、高橋は撮影取材を兼ねて、ルイジアナ州ニューオリンズ開催のNAGA(北米グラップリング協会)に出場。このNAGAでは、道衣ありも、ノーギも、米国のあらゆる州で毎週のように大会が開催されている。
NAGAでは、フライ級とフェザー級にエントリー。さっそく、ニーシールドからの足関節も極め、二階級で優勝を果たした。
「6月に控えていたPolarisの前哨戦にしたいという思いもありエントリーしました。昨年、MMAの試合(山内渉に判定0-2負け)に出た際に、試合中のアクシデントで肩を脱臼してかなりブランクが空いたこともあり、その間、国外で海外選手と対戦が無かった事から、大一番の前に一つ試合を挟みたかったというのが個人的な理由です。あとはロケとしても撮れ高になるとも思ったので、出国当初から出られるなら出たいと考えていました」
自ら出場した大会であらためて米国グラップリングの裾野の広さを感じた高橋。
「ビキナークラスもキッズクラスもあって、いろんな層の目標となれる大会。それもグラップリングが根付く一因だと思います。実力を発揮する場がたくさんあって、世界的な有名な舞台にも押し上げやすい。先進国ならではの階段が出来ている。NAGAのようなものがあるといい」
【写真】ONEで青木に判定勝ちしたケイド・ルオトロと、ゲイリー・トノンに一本勝ちしたタイ・ルオトロと。
「グラップリング先進国ならではの階段」について、本誌の取材に高橋は「普及」と「ステップアップ」の両面を指摘する。
「NAGAはグラップリング人口の増加に一役買っていると思いました。僕はグラップリングのコンテンツとしての本質は『do スポーツ』だと考えていて、柔術と合わせて人口を増加させていく事が発展の道筋だと思ってます。オープン参加で様々なカテゴリのあるNAGAのような大会の存在は、競技が盛り上がるには非常に重要です。
ただ、選手目線で現地を羨ましいと思ったのは全く別の切り口で。柔術やグラップリングの世界では獲得タイトル以上に“誰とどんな試合をしたか、誰に勝ったか”を評価される事が多くあります。そんな中で、現地には世界的有名選手がすぐ近くにいて大きなオープン大会に出れば彼らと当たる事が出来る。『世界のトップクラス』と評価される為に、獲るべき首とあいまみえるには、僕ら日本の選手はすべからく国を出なければならないことを考えると、これはかなり羨ましいです。大会の規模や数、制度以上に個人的に大きな違いは『大会に出てくる人』の知名度とクオリティです」
米国遠征から帰国後、HEARTSでの自身のクラスに還元している。
「国際的な競争力で勝ち上がるには、柔術の地力も必要で、Polarisでも団体戦で米国対ブラジルの対抗戦でブラジルが勝ったのは、寝技の地力が上だと感じました。ADCCの地区ではアジア・オセアニアが弱い。米国西海岸に、ブラジル、そして欧州には世界のトップに追随する選手がいる。練習環境に何を求めるか。自分のように身体が小さいと、日本にいた方が練習相手は多かったりもします。
米国がすごく進んでいてまったく別世界のような感覚があったけど、実際行ってみると必ずしもそうではない。国の規模的な違いはあれど、発展すべきプロセスで発展してきただけ。必要なのは“技術を枠を超えて普及させていく、そのプラットフォームを整えなければいけない”ということ。目標にしていいレベルだと思いました。日本も着実に前には進んでいるし、足りていないながらも、間違った方向に進んではいない。このまま積み重ねていけば必ず正解に、最先端にたどりつくと思いました」
【写真】RIZINで渡部修斗に判定勝ちした須藤拓真とスパーリングする高橋。
柔術、ノーギグラップリング、コンバット柔術、MMAに繋がるPROGRESS、トップ選手を次々と獲得しているONEのケージグラップリング……世界で様々な形でグラップリングは広まっている。もともと組み技を好む日本のグラップリングに置いても、その競技規模、市場、技術が高まるポテンシャルは秘めている。高橋はいま、それぞれのステークホルダーをつなぐプラットフォーム作りを考えているという。果たして日本のグラップリングも世界へと繋がるか。
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高橋サブミッションが見た『WNO15』「トップからのゲームメイク、スクランブルの向上で立ち技と寝技の切れ目がなくなって来ている」
(C)WNO
「『WNO(Who's Number One)15』を見ても、あのヘンゾ道場で見てニーシールドのスイープの動きは、よく見ると使う人ちらほらいますね。ただ、もうボトムゲーム&足関節技のみで、プログラップリングの主流であるレフェリー判定有りのサブオンリーを戦うのは流行りじゃないように改めて感じました。
つまり、最近のファイトスタイルの流行り廃りとして、
①足関の発達でボトムゲームのレベルが向上。↓②ガードに入らない中長期のパスの発達でトップゲームのレベルが向上(トップが比較的安全にボトムを削るゲームメイクが出来るようになってきた)。↓③みんな下になりたくなくなって、上の取り合いで立ち技のレベルが向上。
ざっくりとですが、このような流れを最近感じていました。加えて『WNO15』では、スクランブルのレベルの高さが印象的でした。
④立ち技のレベルアップの先に、立ち技と寝技の切れ目がなくなって来ている。
いまはそういうフェーズに来ているのでしょうか。その背景として、立ち技技術の向上でクリーンテイクダウンが起こりづらくなり、スクランブル技術の向上を余儀なくされたなどの側面もあるかも知れませんが、とにかくスクランブルの技術が必要になっていて、その発達が見られていると感じました」