那須川がステップインして強く打ち込んだ右のジャブ
2022年6月19日(日)東京ドームにて開催された『THE MATCH 2022』のメインイベントで、武尊(K-1 GYM SAGAMI-ONO KREST/K-1 WORLD GPスーパー・フェザー級王者)に判定5-0で勝利し、キックボクシング42戦無敗で終えた那須川天心(TARGET/Cygames/RISE世界フェザー級王者)。
那須川はいかにして武尊を攻略したのか。ラウンド毎に紐といてみよう。
21:08に試合開始のゴングは鳴った。那須川はサウスポーのセオリーである右回りではなく左回り、武尊はスタンスを広くとってベタ足で近付いていく。ファーストアタックは那須川の左ストレート、これは武尊が右手で受ける。武尊が右ミドルを蹴ると那須川はすぐに左ローを返す。那須川はバックステップから前へ出ての左ハイ、武尊が右ミドルを蹴るとすぐに那須川がワンツーをリターン。那須川は右回りに変えるとジャブを突く。ここから那須川は右ジャブを多用し始めた。
「右が当たらなかったらどうしようと考えていたんですけれど、ジャブからしっかり組み立てることが出来たので。右のジャブが自分の中のキーポイントだったのでそこから組み立てることが出来て、いつもより落ちついて戦えましたね」
ジャブ、ワンツーを繰り出す那須川。ジャブをとんどん打ってリズムを作る那須川は、武尊が圧をかけて前へ出てくるタイミングでジャブと前蹴り。出鼻を挫かれる武尊だが、それでも前へ出て距離を詰めてくる。那須川はステップで回り込みながらその突進をかわしていく。
インから打つジャブ、ワンツー、前蹴りを被弾する武尊だがすぐに前へ出る。那須川はそこへ右フック、左ストレートを合わせに行き、武尊が右ストレート(那須川も左ストレート)から左フックを返そうとしたところへコンパクトな左フックを打ち、ダウンを奪った。
「会心の左でしたね。カウンターというかコンパクトに狙う、大きくならないで刀のように刹那というか、それを意識していた。最後に確認したパンチでダウンが取れましたね」と、刀で斬るようなイメージで練習していた左フックだったという。
おそらく那須川は、ジャブや前蹴りで遠い距離を作り、武尊に近い距離が勝負どころだと思わせておいて距離を詰めてきた武尊が必ず一発では終わらないところで返しのパンチに返しのカウンターをコンパクトに当てる、ということは狙っていたのではないだろうか。
「僕、相手のセコンドの声がよく聞こえていて『ジャブは捨てろ』と相手のセコンドがずっと言っていたので、あえてジャブを踏み込もうと思って思い切り打ちましたね。それでジャブで止めることが出来たので。本当はジャブをポンポンと(軽く)打とうと思っていたんですけれど、相手セコンドの声が聞こえたので踏み込んで強く打とうと思って打った感じです」
つまり、ジャブは意識しないでいいという相手側のセコンドの声を聞き、その逆をつくようにならば強く打ち込もうと考えた那須川。この判断が功を奏した。
那須川はジャブから左ボディも叩くが、武尊が前蹴りを空振りしたところで左フックを打とうとした那須川にバッティングとなってしまう。これで那須川は右目のダメージを訴え、試合は一時中断。ドクターチェックの後、試合は再開。那須川はやはりバックステップで下がりながら武尊が前へ出てくるところへジャブと左ストレートを狙う。
武尊は圧をかけて距離を詰めると、右フックから左フック、そしてもう一度右フックと連打を放つ。那須川はジャブを突くが前に出る力を強めた武尊をなかなか止めることが出来ず、武尊の左脇の下を潜るようなウィービングで組み付く。武尊はこれにイラついたか、那須川を投げてしまい那須川は腰を強打。再びインターバルがとられる。
再開後も強いジャブで武尊を仰け反らせる那須川。武尊が右フックを打って来ると、那須川は右脇を潜ってのクリンチで連打を止める。武尊は焦ったか、フックの振りが大きめとなり、那須川はダッキングでかわしていく。バックステップで距離をとりながらジャブを突く那須川。
3R、さらに圧を強めて距離を詰めてくる武尊に那須川はジャブ、左フックを合わせて組み付く。当ててはバックステップ、当ててはウィービングして武尊の右脇を潜ろうとする那須川。
「展開的には相手は絶対に来るから、そこに全部合わせる、そういったイメージでやっていましたね」
ダウンを奪われている以上、3Rは倒しに行くしかない。武尊がそう来ることを予測して、そこへ攻撃を合わせることにしたという。那須川のジャブをもらった武尊は笑みを浮かべ、ノーガードで“来い”と手招き。しかし、ここで那須川は冷静だった。
「ここで乗ったらいけないなっていう風に思いました。全部研究して、笑ったらこのパンチが来るとか。そういう対策もしていたので。笑ったらこのパンチが来るとか、笑ったらこういう動きをするって癖とかも全部やってきたので、だから落ち着いて出来たと思います」
武尊が笑うのは打ち合いを望むとき。そうなった時に武尊が何をするかまで那須川は研究していたという。もちろん、そこで打ち合いに乗らないことは決めていた。那須川はジャブ、左フックを打ってクリンチ。ダッキングとウィービングを駆使し、武尊のパンチをかわしながら左ストレートを当てていく那須川。
最後は打って当たってもその場に居付かず、バックステップで外すなり、頭を振って武尊のフックを潜り抜けたりとヒット&アウェイを続けた那須川。試合終了のゴングが鳴ると左拳を突き上げた。
キックボクシングでは、頭を下げるダッキングやウィービングは蹴りやヒザ蹴りがあるため危険とされる。しかし、前へ出て距離を詰めた武尊はパンチで勝負を仕掛けると呼んでいたのだろう。ダッキングやウィービングはパンチを避けた後に反撃しやすく、実際、那須川は避けてすぐに打ち、離れるを繰り返していた。
「時間がゆっくりな感じでしたね。パンチも中で戦ったりしましたけれど見えたりしたし、ガードを高くしっかり上げてっていうのも出来たし、何か不思議な感覚でしたね」と、武尊のパンチはよく見えていたと那須川。相手のパンチがよく見えるのは自分の距離で戦っているということ。それがジャブで作り出した距離だった。解説の魔裟斗も「天心の距離」と口にしていた。
判定は5-0で那須川の勝利。ジャッジ3名が30-28で1Rのダウン差のみ、1名が3Rに那須川に10-9を付け、1名が2Rに武尊に10-9を付けた。決定的だったのは1Rのダウンであり、その後の武尊の挽回を許さなかった形だ。
武尊最大の武器である圧=プレッシャーをまともには受けず、詰めようとした瞬間にジャブや前蹴りで出鼻を挫く、武尊が得意な距離に入って来てもクリンチで連打をさせない、そして蹴りが出ない終盤はダッキングやウィービングでかわしながら打つ。まさに武尊の癖や戦い方を徹底的に研究し、作戦を遂行して得た勝利だと言えるだろう。