MMA
インタビュー

【UFC】シャーウス・オリヴェイラが巨人を討ち倒すためのダヴィデの石──恵まれない子供たちへ「彼らは彼らが望むところに行くことができる」

2022/05/26 12:05
『UFC 274: Oliveira vs. Gaethje』(5月7日)で「UFC世界ライト級選手権試合」に臨んだシャーウス・オリヴェイラ(ブラジル)が、ジャスティン・ゲイジー(米国)を1R 3分22秒 リアネイキドチョークで極めて、UFC11連勝を飾った。  その時、彼は父からもらった小石とともにオクタゴンに向かっていた。 (C)Zuffa LLC  その試合は「変則タイトルマツチ」だった。オリヴェイラが前日計量で155.5ポンドと0.5ポンドオーバー。いったん体重をクリアした王者は、体重計の表示に問題があったと主張したが、ライト級王座を剥奪。ゲイジーが勝利した場合のみライト級王座を獲得するという変則のタイトルマッチに臨んだ。  試合は、柔術家だったオリヴェイラが打撃を習得し、レスリングを習得した、その進化が問われる内容となった。  序盤からシュートボクセ仕込みの首相撲&ヒザ蹴り、右オーバーハンドを当てたオリヴェイラだが、直後にゲイジーの右ショートアッパーでダウンを喫する。  最大のチャンスも、ガードポジションを取るオリヴェイラに、ゲイジーは深追いはせず。グラウンド&パウンドには行かず、スタンドで待ち構えたゲイジーは、さらに右を当てるとオリヴェイラの引き込みもスラムして離れ、徹底したスタンド勝負に出た。  右ローを打ち下ろしたゲイジーだが、距離が近くなったところでオリヴェイラは、左手でゲイジの首を押さえに。そこに右アッパー、右ストレートをかぶせるゲイジーに、オリヴェイラは左手で頭を押さえたまま右ストレート!  後方にダウンしたゲイジーが上体を立てたところにオリヴェイラはすぐさまバックを奪い、右足を腰にかけるも左足はゲイジーがシングルレッグで足を手繰りにきていたため左腕の上からかけて、腕十字狙いから後ろ三角絞めへ。これを亀になってスクランブルするゲイジーに、オリヴェイラは三角を解除。  流れるように背中に乗り直し、すぐさまバックから今度は4の字ロックで組んでリアネイキドチョークへ。いったんは後ろ手を剥がしたゲイジーだが、腕を掴むことは出来ず、すぐに絞め直したオリヴェイラがゲイジーをタップさせた。  立ち上がり、腰にベルトを巻くポーズを示したオリヴェイラは、師匠ジョルジ・パチーユ・マカコらと熱いハグをかわし「(体重計に)奇妙なことが起きたけど、チャンピオンの名はシャーウス・オリヴェイラだ。僕がチャンピオンでベルトはここにあるべきだ。誰とでも戦う。コナー・マクレガー、やるか?」とマイクで話した。  試合後の会見でダナ・ホワイト代表は、オリヴェイラが空位となった王座の決定戦に進むことを明言。同時にライト級3位のイスラム・マカチェフはSNSで「おめでとう、アブダビ(10月22日の「UFC281」)でやろう」と記している。 [nextpage] 「二度と歩けないかもしれない」オリヴェイラが柔術大会で優勝  シャーウス・オリヴェイラは、試合後、1枚の写真を投稿した。 「いつも私とともに!」と記されたその石は、父親が彼に託したもので、聖書の少年ダヴィデが巨人ゴリアテを倒すのに使った石を象徴しているという。  物語でダヴィデは、ゴリアテを討つために、王サウルから鎧と剣を渡されるが、ダヴィデはそれらを脱ぎ捨て、武器は石のみの軽装で巨人と対峙。その額に石を打ち込み、倒れたゴリアテの剣で首を斬り落としたとされる。  オリヴェイラは、父からもらったこの石を試合時に必ず携え、勇気を得ている。  ブラジルサンパウロ州グアルジャのファヴェーラ(貧民街)で、父フランシスコと母オザナ・オリヴェイラのもと生まれ育ったシャーウスは、幼少期にサッカーを経験したが、7歳の時に心雑音とリウマチ熱を発症し、歩行困難となり、サッカーを辞めて入院した。  9歳から2年間の入院時には、ドクターから「歩くことは出来ないかもしれない」と宣告された。11歳で退院できたものの、週に2回抗生物質の注射を打たなければならず、激しい身体活動は避けるようにアドバイスされた。  しかし、その時、オリヴェイラは2つのメダルを獲得していた。ドクターが「不可能だ」と言った2カ月後、地元のブラジリアン柔術の大会に出場し、優勝していたのだ。  オリヴェイラが住む町は“ブロンクス”と呼ばれる。ニューヨーク州のブロンクス区に由来するその名は、ポルトガル語のスラングで貧民街を意味する。  ファヴェーラの柔術道場に通ったオリヴェイラに、月謝を払う余裕はなかった。しかし、叔父が柔術アカデミーのコーチと知り合いだったため、無料でトレーニングを受けることができた。その後グアルジャで「柔術などの格闘技を習うことで子供たちを犯罪から遠ざける」ソーシャルプロジェクトも始まり、奨学金で柔術を学んでいる。  手足の問題がなくなる18歳まで注射を受け続けたオリヴェイラを支えるため、父は食肉処理場で働き、地元の農家の市場で卵を販売、母は学校と校長の家で掃除婦として働いた。寝る間も惜しみ、路上でチーズやスナック、段ボールなども売って子供たちを養う日々。UFCのインタビュー動画で、オザナは「彼は足を動かすことが出来ず、深刻な状態でした。彼のベッドの隣りの床で寝て、朝5時に起きて仕事をした後、病院に戻りました。家に帰らずに病院から仕事に行くことも多かったです」と、当時を振り返る。  オリヴェイラは、2003年に白帯として初のメジャータイトルを獲得し、青帯時代には、のちのRIZIN王者ホベルト・サトシ・ソウザとも対戦。ブラジリアン柔術では、ボンサイ柔術のサトシの牙城を崩すことは出来なかったが、2008年にプロMMAデビューを果たすと、12連勝でUFCと契約。2010年にダレン・エルキンスを腕十字に極め、エフレイン・エスクデロにもリアネイキドチョークで一本勝ちし、マカコとエリクソン・カルドソからブラジリアン柔術の黒帯を授与されている。 [nextpage] 「ブロンクスからやって来た男」が手にした石は誰にでも── 「二度と歩けない可能性がある」と言われたとき、オリヴェイラ一家は諦めることを拒否した。  18歳になるまで注射を続けたオリヴェイラは、もう十分だと判断した。 「こんな風に治療を続けて、好きなことをしないよりも死にたい」と、オリヴェイラは当時の両親に語ったという。  2008年3月15日、オリヴェイラはチームメイトのフラビオ・アルバロが怪我のために、「Predador FC 9」ウェルター級GPを欠場せざるをえなくなったとき、18歳でプロのMMAデビューを果たす機会を得た。1階級下の彼は、のちのUFCファイターであるヴィスカルジ・アンドラージを含む3人をフィニッシュし、その日“ドゥ・ブロンクス”のニックネームが授けられた。 “ブロンクスからやって来た男”は、本誌の取材にこう話した。 「当初、僕がフォーカスしていたのは柔術で、それが僕が最も愛したものだ。多くの人々が僕にMMAに行くように言い続けた時があったけど、僕はMMAが好きじゃなかった。でも地元でチャンピオンになったとき、僕は本当にMMAが好きになり始めたんだ。家族や地域社会を助けることができることに気づいた。僕が学んだ最初の教訓のひとつは、お金をかけないこと。そのうえで好きなことをすること。僕はMMAをすることを本当に楽しみ始めた」  現在、オリヴェイラはグアルジャに住む恵まれない子供たちのために、無料の格闘技トレーニングを提供する非営利団体「シャーウス・オリベイラ・インスティテュート」を設立し、グアルジャのファヴェーラに約500食分の食料を寄付するなど、かつての自分のような子供たちに、困難にうちかつ機会を与えようとしている。  父フランシスコはかつて、息子たちとテレビの前に座り、ブルース・バッファーが選手をコールする姿を指して、「いつか彼は君の名前を言うだろう」と言った。  そして、息子たちにゴリアテを打ち負かすための石を、手渡した。オリヴェイラは、戦いの旅に出るたびにそれをポケットにしのばせる。 「僕は自分が欲しいものを手に入れるために毎日一生懸命働いている。立ち止まってそのすべてについて考えるとき、僕の家族は僕がしたことすべてを誇りに思うことができると思う。僕は何もないところから来て、今どこにいるのか見ている。UFCチャンピオンになって、たくさんのお金を稼ぐことができても、出身地や経験したことを忘れることはない。毎晩寝るとき、僕が誰であるかについて考える。  バスに乗るお金が無くて、柔術大会のあと何時間も歩いて家に帰ったのを覚えている。昼食時にサンドイッチを共有したことを覚えている。ファヴェーラで生まれたかどうかに関係なく、一生懸命働いたり、頑張ったりすれば、物事を手に入れることができることをみんなに示したいんだ。  子供たちに言いたい。あなたは盗む必要はありません、あなたは麻薬を輸送したり、何か間違ったことをしたりする必要はありません。僕は薬物を使用したことがなく、使用しなければならないと感じたこともありません。僕は、子供たちに彼らが、彼ら自身の手で人生にうち勝つことができることを示したい。彼らは彼らが望むところに行くことができる。再びベルトをファヴェーラに持ち帰り、すべての子供たちがそれに触れることができると想像してほしい。それはきっと貴重な機会になるだろう」  巨人を打ち倒す小石は、誰でも手に入れることが出来る──そう望みさえすれば。  そんなシャーウスを父フランシスコは、誇りに思うという。「彼は子供の頃からファイターで勝者です。医者は彼がサッカーボールを蹴ることができない、と言った。そしていま、彼を見てください」。
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